ビジネスを切り拓く、4つの"D"と人間らしさ
Lobsterr 佐々木康裕氏×arca 辻愛沙子氏×NEC 高木健樹
Digital、Data、Design、Diversityといった現代のビジネスにおいて"D"から始まる4つのワードが必要不可欠な要素になっている。これらをどう捉え、実装していくかが企業の成長を左右すると言ってもいい。今回は、ビジネスデザイナーとしてあらゆる企業のコンサルティングを担いながら、スローメディア「Lobsterr」を主宰する佐々木康裕氏、クリエイティブで社会課題に向き合う企業「arca」の代表・辻愛沙子氏、DXを用いた顧客の課題解決、価値創造に取り組むNECの高木健樹と共に、"D"の正しい理解を通じて、いかにビジネスへ転用していくべきかを考えていく。
SPEAKER 話し手
佐々木康裕 氏
スローメディアLobsterr発起人
ビジネスデザイナー
辻愛沙子 氏
株式会社arca CEO
クリエイティブディレクター
高木健樹
NEC
クラウド・マネージドサービス部門
クラウド戦略統括部長
デザインはデータやデジタルを機能させる
――皆さんとのトークを通じて、現代のビジネスに欠かせないDigital, Data, Design, Diversityといった4つの"D"について理解を深めていきたいと思います。
辻氏:この4つの"D"は納得度がすごく高いです。
――これらが求められるようになった背景を、辻さんはどう捉えていますか?
辻氏:いまは過渡期の手前にある気がしていて、4つの"D"の必要性を感じる人が増えてきているフェーズなのかなと思っています。それと同時に、定量と定性のどちらを重んじるかという議論もあって。この2つを分断していいのかどうかが問われている時代なんじゃないかなと。「どちらにも大事なことがありそうだぞ」と気付き始めたところのような気がします。
佐々木氏:デジタル、データ、ダイバーシティの接着面をつくるのがデザインの役割だと思っています。デザインは人がどうやって気持ちよく人工物を使えるかということのプラクティスだと思うんです。例えば今日、僕はワイヤレスイヤホンを着けながら歩いて来たんですけど、大規模の道路工事をしていたんですね。だけど、まったく音が気にならなかったんです。なぜかというと、外側の音が大きいと、イヤホン側でノイズキャンセリングを強めて、耳に騒音が入らないようにしてくれるから。イヤホンを使っている自分が騒音に気付いていない状況はすごく“デザイン”されていると感じますし、そのデザインのおかげでデータやデジタルが機能しているとも言えます。
高木:利用者が気付かないなかでデジタル、データの恩恵を受けとれるようにするのが、いまのデザインだと。
佐々木氏:そうです。僕が好きな事例があって、ある企業がトロントの一部をスマートシティに変えようと計画したんですね。そこではドローンが飛んだり、ロボットが通ったり、何時に何人が街のベンチに座ったのかなどをデータ化するような計画だったんですけど、住民から大反対にあってプロジェクトが消滅しました。その後に立ち上がったプロジェクトはテクノロジーを後ろ側に引っ込めて、基本的に人から見えているものは自然のものにしたんですね。草木が豊かで、ドローンではなく鳥が飛んでいる、自然とのつながりが維持された街づくりの計画に変更されています。データやデジタルが向かう先はそうした方向性が良くて、そのように人間とテクノロジーの良い接地面をつくるために、デザインが機能する状態がいいと思うんです。
辻氏:すごく共感します。本来だったら、街づくりの意思決定者も青空や鳥を見たいと思うはずなのに、「データドリブンでいこう!」となって、それが目的化すると、見えなくなってしまうものがあるんですよね。
辻氏:少し抽象的な話ですけど、人類史的に見ると、文明優勢の時代と文化優勢の時代があると思っていて、どちらかが暴走すると淘汰されて、次の時代に移るということが常に起きて時代が前に進んでいったと思うんです。“文明”のあり方は、ピラミッドから戦国時代の鉄砲伝来、電気やインターネットの発明まで時代によって多岐に渡るけど、“文化”のあり方はいつの世もそんなに大きくは変わらない。人が何を見て幸せや美しさ、憩いや豊かさを感じるか、ということに尽きるんですよね。人間の感覚としては文化優勢がいいけど、それだけでは人類は進化しないから文明が必要になってくる。あえて情緒的な言い方をすると、新幹線は遠くで暮らす二人が限られた人生の中で、一度でも多く会えた方がいいから誕生した。電話も大切な人の声をいつでも聞けるために誕生した。でも、いまは文化的な部分がおざなりになって、文明の進化が目的化している気がします。
成功や失敗の経験があってこそ、真の課題を引き出せる
――たしかに、文化と文明のバランスを取るのは難しいですね。
佐々木氏:今年、ノーベル経済学賞を受賞したメンバーの研究は、技術発展が進むほど格差は広がることを示したものです。いかに自分たちの労働投入量を少なくして、高いアウトプットを出せるかということに人類は邁進しているけど、そうなると結果として格差はますます広まってしまう。そうした文明の負の側面みたいなものは、これからしっかりと考えたほうがいいんだろうなと思います。デジタルやデータを目的化せずに、ヒューマニティ(人間らしさ)みたいなものを目的に置きながら 、手段としてのデータやデジタルをどう使っていくのかという視点が重要かなと。
高木:まさに、僕らもDXを目的化するのではなく、課題解決のためだと考えています。NECもかつてはユーザーではなく「この商品をどうするか」ということにフォーカスしていた時代がありました。さまざまな企業が得意分野で牽引して、クライアントの課題解決に向かうわけですけど、そこには多くのプレイヤーが入ってきていいはずなんです。これまでは競合関係だったとしても、これからは課題解決の中でうまくバトンパスができるパートナー関係になっていくんじゃないかと思いますし、個人的に実現したいことでもあります。
辻氏:テクノロジーの先端にいるNECも変革のタイミングなんですね。
高木:まさに試行錯誤中です。佐々木さんが言う接着面として、僕はDXにダイバーシティを接着するのがいいと思います。デザイン思考だけに頼るのではなく、さまざまな意見を正しいかもしれないと思って受け入れることで、新しい課題解決の方法が生まれやすい。その環境をNECの中でもつくろうと社内の変革に努力していて、社内のデータを可視化したり、社内DXをしたり、そのなかで大事なものはナレッジだと行き着いたんです。技術があること、すごいソリューションがあることも大事ですけど、成功や失敗の経験があってこそ、クライアントの真の課題を引き出せますし、課題解決の方法も用意しやすいはずですから。
辻氏:DXのナレッジが人間に貯まっていくというのも、どこか相反する感じでおもしろいです。
高木:NECがモノを売る会社からDXを牽引する会社に変わっていくなかで、他の企業も元々の事業体のコアが変わってきていて、その変化がものすごく速くなっている実感があります。10年くらい待たないと変わらなかったものが3年、5年で変わるようになってきた。そこでデータが必要になるんです。5年前は「DX?なんだそれ?」と思っている社員もいましたけど、いまは当たり前にデータを眺めています。それを元に、自分なりに課題の仮説を立ててトライすることも日常になってきたと感じますね。
DXの時代でも、意思決定するのは人間
――辻さんは仕事をする上でデータは重視していますか?
辻氏:私はブランディングに関わる業務がメインですけど、その上で、データは意思決定の根拠としてではなく、補足情報や課題の洗い出しをするタイミングで共通認識を持つために活用することを意識しています。というのも、生活調査などで可視化したデータが、必ずしもブランドの意思決定として正しいとは限らないからなんです。例えば、ABテストをしてどっちが売れるか検証するとき、コンプレックスを煽るようなAのデザインとそうでないBでは、前者がデータとしては数値が上回ってしまったりする訳です。
そうなったときに、データがそう示したのでコンプレックスを煽る訴求をしましょう、という意思決定をするのではなく、消費者が可視化したデータの背景や課題に向き合うことこそがブランドづくりであって、ブランドの役割なのではないかなと考えています。コンプレックスを煽られるような強いルッキズムが社会規範として存在している。それが故のデータである。では、既存のルッキズムの文脈とは異なる、恐怖訴求をひっくり返すようなエンパワーメント的な新しいメッセージングを出そう、と言った具合です。
高木:データは集めただけでは意味がありませんし、集まったデータに対してディスカッションして、いろいろな見方をしていかなければ真の価値は生まれません。データの見方はトライアンドエラーを繰り返してこそ意味があるんですね。
佐々木氏:データが集まるほど、クリエイティビティや経験値が求められます。イメージとしては、データが集まることはテーブルの上に食材がたくさん集まることに近いですよね。材料は多いほど、何をつくっていいかわからなくなる。
辻氏:食材が多いと困ります。結果として、材料を集めていくことが目的になってしまっていて。以前コンビニの商品開発をしていたときに、模擬店舗で商品のABテストを行ったんです。中身は一緒だけどAとBのパッケージを変えて、どちらを手にとってくれるかを検証する。そうすると、お客さんはどうしても既視感のあるデザインを選びがちだということが分かって。人間心理として仕方のないことだけど、データを集めるほど、前例踏襲的なものに集約されていく感覚がありました。だから、データ分析にどのくらいの労力を割くべきか、いつも悩んでしまいます。
佐々木氏:あるスポーツブランドが、あるときからデータドリブンなパフォーマンスマーケティングを進めたんです。ABテストをさらに高度化したような方法で、お客さんの反応を見ながらマーケティング施策をチューニングしていくというものでした。一見すると売上は上がるけど、ブランドが持つ神秘性や憧れみたいなものは消えていく。パフォーマンスマーケティングをして数字を上げることイコール、マス化していくということなので。
高木:すべて、同じ道に行きつくと。
佐々木氏:そうです。マス化していくと、流行を先導する人たちが「みんなが使っているからいいや」となって離れていく。そこから時間が経って、影響がジワジワと出て売上が下がっていく。人間にしか感じられない神秘性や憧れは、データが重要になるほど、大事になってくる気がします。
辻氏:いまはDXの時代かもしれないけど、だからこそ人間の意思は大事ですよね。定量化できるものは補助として存在するだけで、意思決定するのは人間だし、何が心を動かすものかを判断するのも人間。データをそのままではなく、その背景や解釈を丁寧に紐解き、そこに自分の意思を乗せることが何より大事だと思います。それにはある種の覚悟が必要ですけど、データだけを意思決定の材料にするのは、すごく危険なところがあるんじゃないかなと。
高木:データはダッシュボード的に、どこでも見られるようになっていて誰でも参照できるような状態を目指すのが一般的ですが、そこにバリューを与えるためにはやはりナレッジが重要です。経験則は数字にすることが難しいし、文字でも伝えにくい。まさにそのエッセンスを抽出して、クライアントに届けようとしているところが重要ですよね。
ダイバーシティ=視点
――辻さんの仕事はジェンダー関連の事例がひとつの特徴で、ダイバーシティが軸になることが多いと思いますが、その言葉をどう捉えていますか?
辻氏:まず、企画をつくる上で大事な要素が3つあると思っていて。それは「技術」と「実現力」、そして「視点」なんですね。技術は経験値によって培われるクラフトマンシップ。実現力はいろいろな人物や関係各所とのネットワークを持って物事を調整して、プロジェクトを前に進めること。そして、最後の視点に必要なのが、まさにダイバーシティだと思っていて。例えば、私は右の耳が聞こえないんですけど、それによって起こる不具合はなかなか当事者でなければ気付かないことだったりするんです。右耳難聴の人がイヤホンで音楽を聴くと、ステレオで流れるほとんどの曲は偏ってしか聴けなかったり。ビートルズを聴いても、「一生、歌が流れてこないなー」みたいな(笑)。もうひとつ、逆に私は右利きなので、左利きの人がビュッフェへ行ったときにスープが注ぎづらかったり、ドアノブが握りにくいということは当事者から聞くまで気付けなかった。このように、あらゆるサービスにおいて、多様な視点が関わっていることで補強できる不具合のようなものがあると思うんです。
佐々木氏:僕は左利きなので、それはすごくわかる(笑)。ビュッフェに置いてあるレードルは左利きにとって使いにくいんですよ。
辻氏:それって、その人の視点があるから知っていることであって、技術のように優劣がない、それこそ“多様”な力なんですよね。男女や老若も大事だけど、それだけじゃない固有性の視点が無数にある。そういう個々人の視点を価値として見出し、光を当てていくことがダイバーシティなのではと考えています。最近はダイバーシティという言葉の捉え方が「ソーシャルグッドとして取り組まなきゃいけない」という義務感のように受け止められる節があるように思うんですが、たくさんの視点があることで気付けなかった組織やサービスの課題に気付くことができるセーフティネットのようなものだと考えています。
高木:僕は昔から、自分を疑って仕事するようにしているんですね。部門のメンバーたちに伝えているのは「ちょっと視点をずらしてみよう」ということ。そこから新しい気付きが必ず出てきます。辻さんがダイバーシティを視点と表現したのは、とてもわかりやすくて腑に落ちました。最近は変数がすごく複雑で、その言葉をどう捉えるべきか悩んでいたんです。僕らの仕事も、多くの視点から見て意見を出し合って、そのアウトプットを最後にデータと合わせた上で納得できるということが理想的だなと。
Dで種を蒔き、芽を育てる
――高木さんは携わってきたDXのプロジェクトのなかで、どんな障壁を感じてきましたか?
高木:データドリブンでビジネスを進めたいという依頼ですが、そもそもクライアントがデータドリブンで我々に求めたのはシステムをつくることでした。ただ、システムがあったとしても、社員の方たちに素養がないと使いこなせないので、そのための教育プログラムをつくることになったんです。まずは勉強会を開いて知識を積み上げて、プロトタイプをつくっていきました。ひと事でデータドリブンと言っても、前段と準備に時間がかかって、本格的に実装したのは2年後になりました。
辻氏:社会課題の領域でも同じようなことがあります。SDGsの施策をやりたいという抽象的な相談をいただくことがあるんですけど、何のために、何をやるのかは不明瞭だったりするんです。それでもクライアントの中に種はあるので、ヒアリングしながら伴走して少しずつ明確なものにして、アウトプットに起こしていく。私たちが考えたアイデアからクリエイティブをつくって、納品して終わり、ではないんです。企画が生まれたことで、その会社やブランドはお客様から新たなイメージを期待されたり、その側面を信頼してもらえたりするようになるわけです。クライアントの中でも、そのテーマに関する関心や話題が増えて、専門家を招いて勉強会や当事者のお話を聞く会を開催したり、毎年同じ時期に継続したプロジェクトとして企画を出し続けることも多々あります。ゴールとしては、私たちがいない状態でアイデアやクリエイティブが生まれることなので、高木さんの話もまさにそういうことだなって。
佐々木氏:わかります。僕はクリストファー・ノーラン監督の『インセプション』という映画が好きなんですね。人の無意識下に入り込んで何かを埋め込み、あたかも自分が思いついて行動を変えたかのようにその人の行動を変える。あの世界観をやりたいと思っていて。
辻氏:私も好きな映画です。誰かに種を植えるような。
佐々木氏:僕は『Lobsterr』をそういうモチベーションでやっています。鮮やかで印象的なものが毎週月曜朝7時のニュースレターにあるかというと、そうではないけど、1行でも心に引っかかってほしい。それが無意識下に刷り込まれて読み手の何かが変わってくれるといいなと思いながら。お二人の話しにあった、伴走しながらクライアント側にも芽が出てくる話もとても共感しました。クライアント側の気付きを促していくことは大事だなと。
高木:本当の悩みはクライアントにしかわからないんですよね。
佐々木氏:その気付きがあると、ものすごいスピードでプロジェクトが回り始めます。ただ、データに基づく生産性向上の行き着く先は脱人間化しかない。だから、そこは属人化させた方がいいと思うんです。データドリブンで生産性向上を進めることを、どこかで止めないといけなくて。これは先週末におにぎり屋さんへ行ったときの話ですが、お店の方に「お米を炊くのが遅れたので、出来上がりまで30分かかります」と言われて、僕は少しイラッとしてしまったんですね。「おにぎり屋なのに予測してお米を炊いておかないのか……」と思ったけど、妻の「人間らしく仕事するからミスするんだよ」という言葉に反省しました(苦笑)。
高木:たしかに。街のおにぎり屋さんがデータをとって、この時間に何個出るなんて分析をしているというのは、かなり先進的かもしれないですね。
辻氏:いいエピソードですね(笑)。効率と人間らしさのバランスって大事。
佐々木氏:データドリブンで森林管理をしているドイツの事例があって、それは人間が頭にカメラを着けながら森を歩いて、そのカメラが自動的に木の写真を撮って、木に足りない栄養を自動判別してくれるというものなんです。それこそ、人間とテクノロジーのいいバランスだなと。森の様子をしっかりと感じながら、テクノロジーの力を借りて森林管理をしていくという。
高木:それは理想的ですね。そうじゃないと全自動になって、人間が介在する意味がなくなってしまいますから。データがあることで引っ張られるネガティブな側面もありますけど、正しく扱うことで意思決定ができるし課題も見えてきて、ビジネスがより発展していくはず。僕らも、そういう役割を担っていけたらと思います。