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2016年03月09日

AI対談:スポーツ界のデータアナリスト×データサイエンティスト

データアナリストがスポーツに起こす革新とは――スポーツの勝敗を左右するビッグデータ活用

チーム戦術を人工知能が決定する日は来るか

──チームスポーツの戦術面では、データ分析はどれくらい活用されているのでしょうか?

渡辺氏:
 まず僕のようなアナリストは、自分の所属するチームの過去の試合や、練習時の各選手のプレーをすべてデータとして記録し、「このシチュエーションにおいて、この選手の動きにはこのような傾向がある」といったデータを常に蓄積しています。それを基に監督や選手に情報提供をして、チームの苦手な点の強化につなげたり、さまざまな戦術プランを提案するというのが役割のひとつ。

 また、試合の前には、同じように相手チームの傾向を分析し、自チームとの相性を考慮して、いくつかの具体的な作戦を提案します。そして実際に試合が始まったら、リアルタイムで両チームの動きや状態を分析し、状況に応じて「プランAからプランBへ」といった情報を送ります。もっとも、実際には試合中にできることは多くなく、やはり事前のトレーニングの部分でいかに的確な情報活用ができるかが問われますね。

本橋:
 機械学習が進化することで、対戦相手の特徴に応じて、その試合の作戦を機械が決めたり勧めたりしてくれるようなシステムができたら、研究者としては面白そうだと考えてしまいます。渡辺さんは、そういう取り組みはされていますか?

渡辺氏:
 いえ、スポーツはやはり「なまもの」なので、相手の過去のデータから事前にどれだけ戦略を練っていても、本番ではその通りには進みません。それに、選手が常にベンチを見ながら試合をするような姿勢になるのも良くないと思っています。

 たとえば、サーブでどこを狙うかひとつをとっても、データ的に成功率が高いからといって「右奥を狙え」と指示するのではなく、あくまでもヒントとして与えたい。アナリストは、決して指示する立場ではないんです。

 選手の意思決定に役立つ材料を与えて、最後は必ず自分で判断してもらいたい。やっぱりスポーツの主役は選手であって、選手たちは豊富な経験に基づいた、優れた勘や判断力を持っています。それに客観的な視点を与えて補助するのがアナリストの役割なんです。

本橋:なるほど。ビジネスの世界だと、いまは完全に機械主導の現場も増えてきています。入社間もないアルバイトの方でも、ベテラン社員と同じようなオペレーションができるので、それはそれで大いに意義のあることです。

 ただし、やはりプロの方、それこそスポーツ選手の第六感のようなものを機械が上回ることは、まだしばらくはできないと思う。だからこそ人間と人工知能が協調できたら、理想的な未来だと思うんですよ。

渡辺氏:
 面白いですね。確かに、選手の勘は非常に鋭いんですが、逆に“思い込み”もあるんですよ。それを取り払うために、データを活用してきた側面は大きいです。選手に「左から来るアタックに弱いんじゃないか?」と話すよりも、実際に成功数と失敗数の比較データを見せたほうが説得力は増します。

 よくスポーツサイエンスの領域は「後付けの理論」と揶揄されます。野球のイチロー選手が振り子打法で活躍したあとに、その打法のすごさを分析することはできても、イチロー選手より前に「振り子打法がすばらしい」と指導に生かせた人はいなかった。

 それが最近になってデータも増え、機械の精度も向上してきたことで、状況が変わりつつあります。仮説検証ばかりではなく、「こんなとき相手のセッターはどこにトスを上げるか」といった未来予測にも、機械学習を利用してチャレンジしています。

データの精度より、信頼関係の有無がモノをいう

──データ解析と機械学習の進化を突き詰めていくと、いずれは機械が指導者になるようなことも起きるのでしょうか?

渡辺氏:
 「機械がはじき出した分析結果をどこまで信じるか」という問題が出てくると思います。いまでこそ、チームのメンバーには、私が分析するデータはある程度信頼されていますが、初めから受け入れられていたわけではありません。

 私がアナリストになったのは学生時代ですが、そんな小僧から、いきなり「今度対戦するチームにはこんな特徴がある」と言われても、長年トップレベルで戦ってきた選手たちからすれば「若造に何が分かる」という感覚ですよね。

 まずはチームの一員として認められるために、長い年月をかけて練習中のボール拾いでもなんでもやって、少しずつ「渡辺が出してくるデータは役に立つ」と認めてもらって、ようやく今の信頼を得ています。

 それが機械学習の精度が上がったからといって、ある日「ぽんっ」と新しく導入された機械のいうことを選手や監督たちが、どこまで信じられるか。そこが難しいと思いませんか?

本橋:
 確かにビジネスの世界でも、機械がはじき出した答えをクライアントにどう信頼してもらえるかは課題ですね。いまの人工知能は、話題のディープ・ラーニング(深層学習)も含めて、「なぜ結果がそう導き出されるのか」、その理由が分からないブラックボックス型が注目されています。

 一方でこれを、例えば小売業の商品の売り上げ予測なら「明日は雨なので、通常よりも弁当の売れ行きが多いと予測します」と、理由の部分を明示してくれるホワイトボックス型にできれば、仮に予測が外れることがあっても店舗スタッフの納得度は上がると思うんですよ。われわれはホワイトボックス型の機械学習の研究開発や製品提供を行い、ブラックボックス型との使い分けをしています。

渡辺氏:
 そうかもしれません。現状では、その納得度が良くも悪くも人間同士の信頼関係に大きく依存していますからね。

「若い世代から光る人材」を発掘できるか

──ビッグデータ活用が普及していくと、将来的にスポーツはどう変化するでしょうか?

渡辺氏:
 戦術にも影響は与えると思いますが、一番変わるのはトレーニングだと思います。スポーツの世界は、目標がものすごくシンプルです。「勝ちたい」「優勝したい」「金メダルを取りたい」。特にチームスポーツだと、その目標に向けた意志の強さは、ビジネスの世界よりも強靭(きょうじん)かもしれません。

 ただ、逆にビジネスと違うのは「現状把握」が難しいことです。いま、自分たちに何ができていて、何ができていないのか。ライバルに比べてどのレベルにあるのか。試合中・練習中の細かいデータ収集ができるようになれば、個々人により最適なトレーニングが提案できるようになり、全体的な競技レベルの向上につながると思います。

本橋:
 教育の世界でも、いま「アダプティブ・ラーニング」が注目されつつありますね。生徒の習熟度に応じて、個々人に出す課題を変えていく手法です。教育の世界もスポーツと同じで、「あの学校に合格する」「このカリキュラムをすべて覚える」など、ゴールがはっきりしているので、似ている部分がありますね。

渡辺氏:
 そうですね。スポーツのデータ分析は、ゆくゆくは高校生、中学生にもどんどん広がっていくと思います。アナリストの力量が、チームの強さに大きく影響を与たり、若い頃から光る“逸材”を発掘することに直結したりする時代が、すでに来ているかもしれません。

(制作:NewsPicks BrandDesign)

渡辺啓太(わたなべ けいた)氏

日本スポーツアナリスト協会 代表理事、日本バレーボール協会 強化事業本部 全日本女子バレーボールチーム 情報戦略担当チーフアナリスト 女子強化委員会主事

大学時代から全日本シニア女子チームに帯同した後、日本バレーボール界初となる「ナショナルチーム専属アナリスト」に就任。日本オリンピック委員会強化スタッフとしても活躍する。
本橋洋介(もとはし ようすけ)

NEC ビッグデータ戦略本部 兼 情報・ナレッジ研究所 エキスパート

「異種混合学習技術」などNEC独自のAIを用いるデータサイエンティストとして、さまざまな企業にソリューション提供を行う一方で、先端的な機械学習の研究者という二面を併せ持つ。

※所属、役職は取材当時のものです。

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