2016年07月11日
AI対談:AI開発ベンチャー社長×データサイエンティスト
将棋電王戦への挑戦から拡がるAI活用の可能性──生活に溶け込む「大衆化」が普及のカギ
「人とAIの協調」が未来を拓く
本橋:
NECも様々な分野でAIを使った事業展開を進めています。例えば、防災カメラが捉える群衆映像から混雑状況の把握・異変検知を行う「群衆行動解析技術」はその1つ。これは異変につながる「群衆全体の動きの変化」を、個人を特定することなくリアルタイムに解析する技術で、すでに東京都豊島区様で運用を始めています。災害時の帰宅困難者への早期対応や、混雑エリアでの事故・犯罪防止に効果が期待できます。
POSシステムを開発・提供する強みを活かし、流通・小売業でもAIを活用したビジネス展開をサポートしています。機械学習に過去の売り上げを入れることで、将来の売り上げを予測し、発注量を決定します。さらに、店舗の品揃え、最適な価格設定まで自動化するものを開発しています。さらに医療分野では健康診断や医療行為のデータを分析し、自治体の保険指導をサポートする取り組みも進めています。
林氏:
流通・小売業の場合、店舗によって客層や地域特性が異なります。それを加味した分析・提案は非常に難しいのではないですか。
本橋:
おっしゃる通りです。店舗ごとの特性を踏まえた分析を行うには、各店舗の数年分のデータの蓄積が必要です。祝祭日やイベント、行事などによって売上がどのように変動するか。そういったところまで見ていかなければならない。短期的に売上が上がっても、長期的に見て売上に貢献できなければ意味がないからです。
結果を追い求めるだけでなく「いかに人に納得してもらうか」という点も重視しています。例えば、AIが「明日はアイスクリームがたくさん売れるから発注量を3割増やせ」と提案したとします。真夏ならともかく、そうではない時期にこんな発注は通常ありえないわけです。人は経験則から「なんで?」となる。この「なんで?」を「そうなのか!」と思ってもらえるような裏付けが必要になるわけです。
AIには発見したルールを説明できない「ブラックボックス型」AIと、人とAIが協調して問題にあたる「ホワイトボックス型」AIがあります。社会システムの運用や意思決定など、実は「人とAIの協調」が必要な分野は非常に多いため、NECとしてはホワイトボックス型のAIにも注力しています。
林氏:
ビジネスでAIの活用を図る上で「人とAIの協調」はすごく重要なポイントですね。AI技術の進化は大切ですが、今のAI技術でも社会課題やビジネス課題の解決に貢献できることはたくさんある。でも、人が足りないためにAI技術の供給が追い付いていないのが現状だと思います。ここでいう人とは、技術者を含めた“AIの使い手”のこと。マーケットニーズを捉えてマッチングを図り、人と協調したAI活用を進めていく人材です。今後、AIの市場が拡大していくためには、こうした人材の育成が欠かせないと思います。
生活に溶け込む「AIの大衆化」が普及のカギ
本橋:
“AIの使い手”が増えていけば、業界や個々の企業ニーズだけでなく、個人にフォーカスしたAIの活用も進んでいくのではないかと思います。ビジネスをもっと効率的で生産性の高いものにし、生活もより快適で豊かなものにしていく。AIを受け入れる世の中の雰囲気みたいなものも大事ですね。その意味で、今はまだ過渡期の状態だと思います。
林氏:
19世紀の産業革命時には、人々が自分たちの仕事を奪われると思い、機械打ち壊し運動が起こった。しかし、産業革命で機械化が進んだおかげで、仕事の生産性は上がり、経済が発展し、生活も豊かなものになっていきました。今では広く普及している掃除ロボットもAIを活用した製品の1つだと思います。掃除ロボットみたいにAIが大衆化し、生活に自然に溶け込んでいけば、いろんな可能性が広がるでしょう。
本橋:
NECでは「知性レベルのAI」という開発ビジョンを掲げ、人との協調と図るAIの実現に向けた活動を強化しています。過去を学習してルールを作るだけではなく、AI自らが仮説を立て、発言し、対話を通して人の判断・意思決定を支援する。これが進めば、経営者とAIが対話しながら経営ビジョンを作る。そんなことも可能になるかもしれません。
林氏:
AIを何でもできる“魔法の箱”のように思っている人もいますが、決してそうではない。人に専門家がいるように、AIにも様々な技術があり、それぞれに得意分野がある。そこにどう“味付け”していくかは、やはり人の仕事。今後も人とどう寄り添うかという視点を大切に、AI技術の進化とその活用に向けた活動を強化し、市場の開拓と拡大を目指していきます。
本橋:
その通りですね。AIはとかく人間との対立軸で捉えがちですが、AIにも弱点はたくさんあります。AIが得意な分野で人を支える協調関係を社会でもビジネスでも作っていきたいですね。本日はありがとうございました。