2016年09月28日
AI対談:出版界のヒットメーカー×データサイエンティスト
ヒトとAIによる新たなクリエイティブのかたち――AIの魅力は「便利」「快適」「サプライズ」
AIが導き出す「予測」に大きな可能性がある
──すでに自社のコアコンピタンスに磨きをかけたり、ビジネスの優位性を確立するために、AIを活用するケースも増えてきています。携わるマーケティング領域において、企業はどのような活用や効果を期待しているのでしょうか。
孝忠:
ある小売チェーンのお客様との話が印象に残っています。例えば家電という商材だと引越しの多い春先やボーナス時など、比較的買うタイミングが集中しています。従来は経験値で需要予測をしていましたが、ポイントカードの普及で個人の購買履歴を把握できるようになった。買い替え時期などをもとに、「誰が」「いつ」「何を」買いそうかという、より詳細な予測ができるようになってきているのです。
これと同じように出版業界もデジタル化が進むことによって、読んでいる人が誰かがわかるようになると「この本をコミックで出すと、この人が買う確率は何%」といった予測も可能になるのではないでしょうか。そのデータを積み上げていくと、どの媒体で掲載すれば、どれくらい売れるかといった予測もできるようになる。初版の発行部数の決定などに活用できそうです。
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佐渡島氏:
それこそ、まさに私がやりたいことです。今の出版業界は出版社も書店も、どちらも顧客情報を持っていない。今言われたことをやろうとしたら、制作側が顧客データを持つことが必要かもしれませんね。コルクでは作家と話し合って、漫画を無料で読めるサービスにも許諾をだしています。無料にするとリアル本が売れなくなると言われていますが、実はそういう兆候はまったくないのです。AIを使って、そのことをデータで裏付けできるといいですね。
孝忠:
全体のサプライチェーンの中で「だれが顧客データを持つのか?」という議論は、どの業界でも行われています。出版業界の場合、顧客データを持つことはすぐには無理でも、ソーシャルメディアによる読者アンケートのデータは活用できそうですね。
佐渡島氏:
アンケートに答えてくれるのは全体の一部なので、それを最大公約数と捉えるのは難しいかもしれません。でも、スマートフォンやタブレットとAIを組み合わせた活用法についてはアイデアがあります。
カメラ機能と連動した電子書籍のビューワーがあれば、どんな人が、どんな感情で、どういう目線で読んでいるかがわかります。実は制作側がじっくり読んでほしいと思って作り込んだところを、読者はさっと読み飛ばしているかもしれない。そういうデータが大量に集まれば、読者の反応をフィードバックして、より共感を呼ぶ作品づくりも可能になるかも知れません。
AIの魅力は「便利」「快適」「サプライズ」
──すでにAIの活用ついて様々なアイデアが出ましたが、それ以外でAIの可能性に期待することはありますか。
佐渡島氏:
作品がどう伝わるか。これは読者によって全然違います。夏目漱石の著書を何歳の時点で読むかによっても、伝わり方や感じ方は異なるでしょう。でも、この本を読む前に、あの本を読んでいれば、その世界観を理解でき、もっと”ズシン”と心に響く、もっと深く共鳴できる。そうした段取りのようなものがあります。情報の出し方や接する順番によって、感動や楽しさが大きく膨らむのです。
ともすればAIは便利な方向に進みがちですが、楽しみをより大きくする方向に活用できたらいいなと思っています。「どうすれば、それぞれの人をより楽しませることができるのか」という観点での活用が可能になれば、AIはとてつもなく強力なツールになるでしょう。
かつての村社会は互いが相手をよく知っていて快適でしたが、産業化・構造化されていないため、不便なこともたくさんありました。それが技術の進歩で産業化・構造化が進み、モノが溢れる便利な社会になった。半面、人間関係は希薄になっていきました。これからは産業化・構造化をITで支えながら、村社会のように相手をよく知っている心地いい社会を目指すべきです。AIやビッグデータは、そのためのツールとしても必須だと思います。
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孝忠:
AIやビッグデータの活用法は、便利さの追求だけではないということですよね。NECでもAIやビッグデータが作り出す価値には大きく3つのステップがあると考えています。1つめが「便利」さの追求。利便性の高いサービスを提供したり、仕事の効率を高めていくことですね。2つめが「快適」さの追求。人が「こうだったらいいな」と思う心地よい状態をつくり出すことです。
そして3つめが「サプライズ」の追求。その人が思ってもみないことを提案し、新たな発見を促すことです。便利さだけでなく、快適さやサプライズをどれだけ提供できるか。この3つのステップが顧客をファン化させる秘訣ではないでしょうか。そのためには長い時間をかけて、膨大なデータを収集・蓄積する必要があります。
佐渡島氏:
快適さやサプライズの追求を行って、ファン化してもらうには、一般的にどれくらいのデータを集める必要があるのでしょうか。
孝忠:
いろいろなケースがあると思いますが、時間軸なら10年分のデータがあるといいですね。例えば、食品メーカーで新商品を開発する時、最近のトレンドに関するデータだけではAIの答えも似たようなものになり、各社の新商品が同じような味になってしまう。でも10年前くらいまで遡ると、今の大学生が小学生の頃に食べていた味のデータまで入ってきます。そうすれば「新しいけど、どこか懐かしい」といったような味を開発できるかもしれない。ほかにはない価値が生まれる可能性が高まるわけです。それが顧客のファン化につながります。
そしてファンは値引きのような金銭的なメリットより、お金を出しても買えない価値の方に引きつけられます。航空ファンにとって、航空会社の値引きよりも、飛行機の工場見学や1日CA体験のプレゼントの方が、熱狂度が高く価値がある。便利さだけでなく、快適さやサプライズを追求し、顧客をいかにファン化させるか。それが、これからのビジネスの肝になると思います。
AIやデータ分析が「作り手」と「受け手」のギャップを埋める
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──最後に今後のビジネスで挑戦してみたいことについてお話下さい。
孝忠:
メーカーと仕事をしていることもあり「データから新しい商品をつくる」ということにチャレンジしてみたいですね。成功モデルが1つできれば、データによる新商品開発の文化が発展していくと思います。
しかし、それは第一段階にすぎません。先ほど申し上げたように集めるデータの母数が少ないと、似通ったものばかりができてしまう。そこをどう突破していくかが第二段階になるでしょう。
佐渡島氏:
非常に興味深いですね。出版でもデータから何かを生み出すことにチャレンジしてみたいですね。ただし、メーカーとは目指す座標が少し違ってくるのかなと思います。
メーカーの場合は「成功すること=売れること」。データに基づいて作った商品が売れることは、成功を意味する。でも出版の場合、1番の目標は「表現したいことをいかにカタチにするか」なのです。作家自身が自分の心を上手く表現するツールとしてデータを使いたい。売れることは大切ですが、それは2番目の目標です。どうやったらうまく表現できるかを探って、その結果できたものがよく売れるという好循環を作り出したいですね。
そのためには「作る・届ける側」と「受け取る側」にある溝を埋め、両者がうまく歩み寄れるポイントを見つける必要があるでしょう。その歩み寄りをつなぐものが、AIやデータ分析なのではないかと思っています。