2016年12月21日
AIによる社会価値創造
アナログ回路の活用により本物の脳を再現する「ブレインモルフィックAI」とは
アナログ回路で本物の脳を再現
中村氏:
共同研究の成果は、今後どのように生かしていくべきでしょうか。
合原氏:
我々が今やっていることは、現在ブームになっているような単純化したニューラルネットではなく、もう少し長いスパンの研究です。ですから、脳の神経細胞は何をしているのか、ネットワークとしての脳は何をしているのかといった本質を見極めながらハードウェアに実装し、本物の脳のようなモデルに立脚したAIを作ることを目指してくべきだと思います。
中村氏:
具体的にはどういったものをイメージされているのでしょうか。
合原氏:
デジタルによるシミュレーションでなく、アナログ回路でニューロンを再現するという点がポイントですね。既存のデジタルコンピュータでは無限の桁数を持つ実数を取り扱うことができません。例えば、実数の複雑さが表面に出てくるカオスのような現象は、デジタルで実装しようとしてもその影を追うのが精一杯です。ところが、これを実数が表現できるアナログの電子回路で作ると、電子回路の振る舞いとして自然な形でカオスが生み出されます。我々はこの研究に長年携わってきていますので、ニューロンにアナログ性を適用し、多くの処理が実行できるようになると思います。
中村氏:
アナログとデジタルの差というと、人間の耳では聞き分けられない部分をカットしたデジタルミュージックと、細かい音まで再現するレコードのような違いでしょうか。
合原氏:
アナログとデジタルはお互いを近似できるものの、デジタルコンピュータで脳に似た処理をするのと、並列分散でダイナミクスを使って計算する脳とでは、計算原理自体に明確な違いがあるので、まったく異なるものだと言えます。
そこで我々は、もっと自然に、生物や人間の本物の脳のように動作するAIを、現在の技術を使って作ることを考えています。これをその原理まで含めて「ブレインモルフィックAI」と呼んでいます。
中村氏:
「ブレインモルフィック」とはどのような意味ですか。
合原氏:
本物の神経細胞や脳のダイナミクスを、その数理モデルに基づいた並列分散の時空間ダイナミクスを使って再現することを意味します。
中村氏:
NECも非ノイマン型のアーキテクチャを使ったコンピュータに取り組んでいますが、その先にブレインモルフィックがあると思えばいいのでしょうか。
合原氏:
そこはいろいろな方向があっていいと思いますね。そもそも現在のコンピュータはチューリングマシンが原点にありますが、チューリング自身の目的も脳による情報処理をモデル化することにありました。それがテクノロジーとして成功し、現在のコンピュータへと発展しましたが、それは脳が行う情報処理の一部に過ぎません。つまり、脳は論理的な思考ができても、実際にはそうでない思考をするケースは山ほどあります。例えばお酒を飲んだときなどは論理的でなくなりますよね(笑)。ですから、脳は論理的でないこともできる。現在のデジタルコンピュータは直感的なものを扱えないところがありますが、その計算原理を探求しつつ、それに基づいた計算機を作るというのが、研究としておもしろい部分だと思います。
中村氏:
こうしてできあがったモデルを、NECとの共同研究により、効率よく実装しようという理解でいいのでしょうか。
合原氏:
まさにそのとおりです。新しい計算原理を実装することで、例えばより優れた注意能力を持つロボットを作る、より高度な自動運転ができるようにするといった応用分野を開拓していければと思います。
中村氏:
恐らくこうしたことは、今でもスパコンを何十台と使えばできないこともないでしょうが、ロボットや車に実装するとなると、消費電力や処理時間に制限があります。
合原氏:
AIをさまざまなものへ実装することを考えると、小さくて軽く、低消費電力であることが重要です。時々刻々と状況が変動するなか、遠くにスパコンがあってそこで処理したものを送っていては間に合いませんから。
中村氏:
人間はこの部分を直観、経験、勘でカバーしているのでしょうが、これらをAIで実現できるとなると、かなり世の中が変わる気がしますね。
限られた時間で期待された答えを効率よく出す
中村氏:
恐らく、これから私たちが扱うべき社会課題は、例えば大砲の弾の弾道計算をするように、小数点以下までを緻密に求めるのではなく、アプロキシメイトコンピューティングと呼ばれているような、本当に期待されている答えを短時間で効率よく出すことが求められると思います。そういう点で脳の神経モデルは効果的と考えてよろしいですか。
合原氏:
そうですね。我々人間の脳は、環境や状況の変化と相互作用しながら、有限の時間のなかで常に「まあまあ」の解を出し続けています。その部分をハードウェアで再現することで、さまざまな動的な変化へ柔軟に対応できるコンピュータが作れるはずなので、そのあたりが重要な目標の1つになるでしょう。
中村氏:
プログラムを書くときは、外乱の影響まで考慮することはできません。しかし、これから私たちが作っていくような新しいAIが実現すれば、外乱の影響も考慮したうえで対処できることも強みになりますね。
合原氏:
そうなんです。そもそもプログラムは過去の情報やデータをもとに書くものですが、生物学的に解決しなければならない問題は、現在の先の未来にあります。ですから、将来の変化へ常に対応できるように情報処理の仕組みを変え、それに対応するためのハードウェアを作ることが大切なんです。
僕は武道が好きなのですが、武道では相手がどう攻めてくるか分からない状況で対峙します。ですから仮に現在の技術で武道ロボットができたとしても、パワーはあると思いますが、相手の動的な予測不可能な動きには対応できません。本物の武道ロボットを作るためには、何が起こるか分からない状況を前提とした、まったく新しい情報処理の仕組みを作る必要があるでしょう。
中村氏:
NECが解決を目指す社会問題もまさにそこです。ハードウェアと数理モデルを効果的に組み合わせ、いかなる外乱にも対応できる夢のシステムを、これから一緒に作っていければと思います。
さて、最後にNECへの期待についてお聞かせください。
合原氏:
先ほども申し上げましたが、NECはハードウェアに関してたくさんの優れた知見をお持ちなので、まずはそこを学ばせていただければと思います。応用分野については、どのようなニーズがあるのか我々だけでは分かりませんので、NECが持っている経験や把握している社会的課題を伺いたいと考えています。
中村氏:
これからも世界の人口は増えていくでしょうが、その大部分が都市に住むといわれています。新しい技術も導入されるでしょうが、それでもエネルギーや食料は足りなくなることでしょう。一方で日本の人口は縮小し、労働人口も減っていくばかりです。NECはこうした課題を解決すべく、情報通信の分野で貢献していきますので、そこに先生の研究を活用させていただければと思います。本日はどうもありがとうございました。