2016年12月26日
AIによる社会価値創造
AIとシミュレーションを組み合わせ、データに乏しい状況でも意思決定を可能に
シミュレーションを社会科学に適用し社会の課題を解決する
山田氏:
鷲尾先生は先ほど、データが少なかった時代は、クリーンなデータを使って問題を解いてきたとおっしゃっていましたが、世の中にはデータに乏しい分野もたくさんあります。研究者も含め、いわゆるホワイトカラーの労働において人の能力を拡大しようとしたとき、そこで使えるデータは意外に少ないように思えますが、この点についてはどのようにお考えですか。
鷲尾氏:
そのとおりでして、データの量にも差があり、膨大にある場合、ある程度の量がある場合、ほとんどない場合の3つのケースに分けて考える必要があります。膨大な量のデータがあれば、ディープラーニングのような学習に適用できますし、それによって機械学習やデータマイニングの技術が活用でき、高い識別能力を得ることができます。一方、限定された業務に関するデータですと、それほど件数が集まりません。しかし、数百/数千件レベルのデータがあれば、既存の機械学習でも対応が可能です。ディープラーニングでは膨大な量のデータがないと精度が上がりませんが、過去に研究されている機械学習のなかには立ち上がりが早く、精度の高いものも存在します。今後はこうした既存の機械学習の技術の適用が、カギになっていくのではないでしょうか。
そして、ほとんどデータが存在していないケースについてですが、例えば過去の大規模な災害のデータ、発生頻度の低い事故やイベントのデータ、レアな材料の開発、ヒッグス粒子の発見などに代表される物理現象の研究など、実験で数が抽出できない研究分野はたくさんあります。こうした集まりにくいデータをいかに解析するかですが、既存の機械学習やデータマイニングの技術だけでは足りないため、他の技術と組み合わせていく必要があります。
1つの可能性はシミュレーションです。シミュレーションを使うためには、対象に対する知見やモデリングの技術が必要で、少数のデータに合うモデルを作り、シミュレーションをしながら対象を分析していきます。あるいはシミュレーションの結果に対して機械学習やデータマイニングを適用し、更にそのシミュレーションのなかで起こっている現象を理解することも必要になるでしょう。
山田氏:
シミュレーションといえば、物理的な風洞実験や気象実験などが有名ですが、今ならどんな事象のモデリングが作れると思いますか。
鷲尾氏:
最近では社会科学や経済学のモデルにまで適用範囲が及んでいます。私たちの研究室では社会における人の動きをモデル化し、そこに機械学習やデータマイニングのテクノロジーを適用することで、ある空間での混雑がどのようなメカニズムで起こるのか、どのような対策を実施すればそれが緩和できるのかといったことを分析しています。
山田氏:
それは面白いですね。人の動きのような、これまでAIの入る余地が少なかった心理的な分野までシミュレーションできるようになると、私たちの社会はどのように変わっていくと思いますか。
鷲尾氏:
今、世界的に研究されているのは、人の動きを使った災害時の避難シミュレーションですね。また、ショッピングモール内の人の流れや動きを分析する研究もあります。都市計画でいえば、ラッシュ時の人の動きなども定性的に再現できるところまで進んできました。こうした人の動きが分析できるようになれば、車やトラックなど交通機関のシミュレーションにも応用できるので、物流や交通など、かなり広い範囲の現象に適用できるようになるでしょう。
山田氏:
NECであれば「安全」や「調査・監視」などのキーワードが思い浮かびます。例えば、警備やテロ対策、災害予防に対しても貢献は可能とお考えですか。
鷲尾氏:
可能でしょうね。例えば事前に想定されるシナリオをオフラインでシミュレーションして、危険を事前に察知することも可能でしょう。人流センサーのようなものが開発されていますので、センシング技術と組み合わせてオンラインでモニタリングを行う。あるいはリスクを予測しながら、ある区域をマネジメントしていくことにも使えるでしょう。この分野の可能性は大きいと思います。
山田氏:
もう少し先に進んだ場合、人間の精神世界までコントロールすることはできるのでしょうか。
鷲尾氏:
マーケティングの分野では、人の思考やタイプによってどんなアイテムに興味を示すかといったシミュレーションを行い、その結果と現実の売れ行きを比較して人の思考を推定する研究が盛んになってきています。そういったところに機械学習やデータマイニングを使っていく可能性は高いと思いますね。
山田氏:
今は、ポイントカードやPOSレジを使って顧客の志向を分析していますが、そんな大々的なことをしなくても、ターゲットを少し観察するだけで、その人が欲していることを理解し、適切なときに適切なサービスを届けられる未来があり得るかもしれませんね。
鷲尾氏:
現在のパーソナライゼーションの原理を更に進めていくと、人の人格や思考まで洗い出してマーケティングに使うような時代が来るかもしれません。
共同研究により社会の課題を解決し 社会実装・産業応用を目指す

山田氏:
2016年6月に産総研人工知能研究センター内に「NEC-産総研 人工知能連携研究室」が設立されたわけですが、鷲尾先生がNECをパートナーに選ばれた理由について教えてください。
鷲尾氏:
地に足をつけた形でAIの研究に取り組んでおられるからです。ですから最初にお声掛けいただいたとき、NECと一緒ならしっかりした研究ができると思い、お話をお受けしました。これは決してお世辞ではありません。
山田氏:
ありがとうございます。地に足をつけたとおっしゃっていただきましたが、それは研究と社会の課題の両方に向き合っているという認識でよろしいでしょうか。
鷲尾氏:
そうですね。NECは基礎研究と応用研究のバランスがよく、その間が乖離していないんですね。基礎研究の分野では、多くの研究者が学会やジャーナルで成果を出しており、なおかつそれをビジネスにつなげている。こうした研究体制を長期にわたって維持しているのは素晴らしいと思います。
山田氏:
鷲尾先生のご指導のもとでスタートした連携研究室ですが、これから3年間の研究期間で実現できそうなことはなんでしょうか。
鷲尾氏:
連携研究室では基礎研究と応用研究を同時に進め、方法論を通じて社会実装できるところまで技術開発を進めていこうと思っています。例えば人の動きをシミュレーションしながら街づくりや都市計画について研究し、その成果を地域に提案し、実際に使っていただくための方法論まで展開していければと考えています。
山田氏:
これらが実現した後、社会や産業はどのように変わっていくと想像されますか。
鷲尾氏:
シミュレーションを使ったデータ解析や機械学習、データマイニングなどは、基礎科学にも影響を与えると思います。シミュレーションでさまざまな現象のメカニズムを明らかにして科学を発展させる第三の科学、データを大量に集めてそれを解析することで対象のさまざまな仕組みを解析する第四の科学。今話題になっているシミュレーションとデータ解析の融合は、第三と第四の科学をAIによって融合し、現在の科学的方法論の上を目指していこうというものです。
広がりの大きいこの方法論を実用化していけば、例えば材料開発でもシミュレーションによって結果と実験データを融合させることで、従来は見当もつかなかった新しい材料を開発することが可能になります。ほかにも情報通信の分野で新しい原理を発見して最適化を進めるといったように、ものづくりの分野でも大きい可能性を秘めていると思います。
山田氏
鷲尾先生がおっしゃった科学のやり方が変わるお話はある意味、産業の流れも変えていくと思います。例えば、試行錯誤の回数を減らすことができれば、薬の開発が今の100分の1、1000分の1の時間に短縮できますから、そうなれば値段も下がりますし、投資のリスクも少なくなるため、これは社会に大きなインパクトを与えます。また、人の心理に関する話は、テロ対策にも応用できるかもしれません。誰もが安心できる世の中をつくるためにも、人の心理状況をモデル化し、一人ひとりの思考まで踏み込んでリスクを管理することが必要になるかもしれません。
さて、鷲尾先生が今後、連携研究室を運営していくなかで、パートナーとしてのNECに期待することはありますか。
鷲尾氏
NECが把握している社会の具体的な課題を伺いたいですね。こうした情報は、私たちよりもNECの方が実感として把握されていると思いますので。
山田氏
NECでは「価値共創研究所」「バリュープロバイダー」と呼んでいますが、課題を持ち寄ってそれを解決しながら社会実装/産業応用していく流れを共同で創っていくということですか。
鷲尾氏
そのとおりです。まさにそれがこの連携研究室の一番の存在意義になるかと思いますので、これからもさまざまな情報を共有していければと思います。
山田氏
分かりました。私たちも全力を尽くして頑張ります。本日はどうもありがとうございました。