2016年12月26日
AIによる社会価値創造
AIとシミュレーションを組み合わせ、データに乏しい状況でも意思決定を可能に

NECと産業技術総合研究所は、共同でAIに関する研究・開発を行う「NEC-産総研 人工知能連携研究室」を設立。「未知の状況での意思決定」の実現に向けた取り組みを行っています。そこで今回は、社会システムにおけるAIの応用について、連携研究室長である鷲尾隆氏と、NEC 中央研究所 データサイエンス研究所 所長の山田昭雄のふたりによるディスカッションをお届けします。

産業技術総合研究所 人工知能研究センター NEC-産総研 人工知能連携研究室 室長
大阪大学産業科学研究所 教授
データマイニング・機械学習の原理とアルゴリズムに関する基礎研究、及びデータ解析技術の開発、産業・社会分野への応用研究に取り組む。2016年7月よりNEC-産総研 人工知能連携研究室 室長を務める。

NEC 中央研究所 データサイエンス研究所 所長
映像情報圧縮符号化や映像解析・理解分野の研究に従事。現在は、データサイエンス研究所の所長として、データ収集技術やAI関連技術の研究開発活動を統括する。
データマイニングで事象の関係性を見出す
山田氏:
まずは鷲尾先生のAIへの取り組みについて教えていただけますか。
鷲尾氏:
私がAIの研究を始めたのは1990年代の初頭のことで、限られたデータを計算機に投入して推論を行うという研究が中心でした。日本のインターネット元年である1995年になると、大量のデータが集まるようになったので、当時盛んになりつつあった機械学習やデータマイニングの研究を始めました。なかでも私が貢献できたと思うものは、グラフ構造から隠れた関連性を発見するグラフマイニングの分野です。2000年には私たちの研究グループが世界で初めて「グラフマイニング」という言葉を使って研究成果を発表しました。
山田氏:
1990年代初頭というと、AIを中心とした第5世代コンピュータやエキスパートシステムの流行が落ち着き始めた時代です。そんなときになぜ、グラフマイニングの研究を始めようと思われたのでしょうか。
鷲尾氏:
もともと私は物理系の出身なんですが、実世界に存在する事象をモデル化しようと考えると、項目と項目の関係を計算機に与え、その規則性を調べることが重要になります。そんなこともあって、自然とグラフ構造を扱う発想に向かっていったのだと思います。
山田氏:
グラフマイニングのような関係性分析は、現在どのような分野で応用されているのでしょうか。
鷲尾氏:
私が研究を始めたころはまだグラフも小さく、製薬の分野などで構造と化合物の特性の関係を分析していました。最近では大規模なグラフ分析技術も発展し、ネットワーク解析や高分子の構造解析で使われるようになりました。そのほか、マーケティングの分野での人と人とのつながりを分析するなど、多方面で使われています。
山田氏:
1990年当時はどんなことが大変でしたか。
鷲尾氏:
データや知識を集めることに苦労しました。当時はネットワークが未発達な時代でしたから、基本的には人が全部データを打ち込まないといけません。集められる情報も限られていたので、わずかな情報をもとに推論したり、答えを出したりすることが求められました。
山田氏:
具体的にはどういった情報を扱っていたのでしょう。
鷲尾氏:
当時の機械学習は、わずかなデータから規則性を見出すというものでしたので、そのデータをいかに収集するかで苦労しました。構造や社会的な意見を分析するにしても、アンケートを実施するなどしてフィールドから取ってくるしかありませんでしたから。
山田氏:
今なら大量のデータを集めることも容易なのでそこから始められますが、当時はどんなデータを入力するのかなど、事前の設計や計画が大事だったんだろうなと想像します。
鷲尾氏:
昔ながらの統計解析では、クリーンなデータを集めること、そして前処理が容易なデータを集めることが重要でした。アンケートにおいても事前に精密な設計を行う、解答者をバイアスのない母集団から選ぶなど、コントロールができた時代です。ですから集まったデータのクオリティは比較的高く、それをいかにうまく解析するかがカギでした。
山田氏:
解釈性があった時代ということですね。とはいえ最近では、解釈性はいったん置いておいて、まずは大量のデータを分析していこうという流れにあります。これからもデータを力業で分析するような流れが続くのでしょうか。
鷲尾氏:
イエスともノーとも言えますね。例えば、自動運転のようにリアルタイムで機械が状況を把握しオペレーションを行うような用途であれば、解釈性ではなく判断の的確さが求められるかもしれません。しかし、多くの用途では人間とAIが協力しながらタスクを実行していくことが求められます。そうすると答えの正確さだけでなく、人間の解釈性が重要で、むしろ私はそうした用途への展開の方が多いような気がします。
山田氏:
面白い視点を挙げていただきましたが、要するに人間が機械を使いこなし活躍するためには、人と機械とのコミュニケーション力が求められるということですか。
鷲尾氏:
人間が機械とのコミュニケーションに適応しないといけない側面もあるでしょうし、機械が人間に歩み寄ろうとする際は、人間が理解できない数字の羅列を出すのではなく、理解できるような形で答えを提示することも必要ということです。
山田氏:
ほかにはどんなことがポイントになりますか。
鷲尾氏:
AIの出した答えを人間がいかに解釈して利用するかというリテラシーの問題です。これは一般的なレベルでも教育の問題として出てくるでしょうし、エンジニアなら機械学習やデータマイニングの手法をマスターし、使いこなすためのリテラシーを高める必要があります。