2017年01月10日
Technology to the Future
アーティストのインスピレーションがつくる「音のVR」
サウンドアーティスト/音楽家のevalaによるインスタレーション「hearing things #Metronome」が、12月16日から18日まで、六本木のアークヒルズにある『WIRED Lab.』で開催されていた。evalaが生み出した360度方向に展開する“音楽作品”が体験できる。
筆者がインスタレーションを体験した12月15日、夜の六本木の一桁の気温は、その日のもっとも低い値に向かい、地下鉄のプラットフォームは、帰路につく人々に溢れていた。
少し風変わりかと思われるかもしれないが、電車を待つ人々の中で、目を閉じてみることを想像してほしい。そして、まるで自分がマイクにでもなったかのように、耳に聞こえる音に集中すると、そこにはたくさんの会話があることに気づく。人間の耳はとてもよくできている。音の洪水の中からでも、特定の音をとらえ、聞き続けることができるのだ。
忘年会の帰りだろうか、会社員風の集団が仕事の失敗を笑い飛ばす声が聞こえてくる。「寒い」や「風邪」という言葉を多くの人が口にしている。
複数人が自由に会話を行っている環境下で、人は、その中の特定の人物の発話の内容を、ある程度において理解することができる。これを「カクテルパーティ効果」という。人間が生来的に持っている、いわばノイズキャンセリング機能だ。人間の耳はこうした奇跡的な機能が備わっているセンサーなのだ。
2016年は「VR元年」と呼ばれた年だった。しかしその体験の多くは視覚に偏っている。つまり昨年はOculus Riftに代表されるヘッドマウンテッドディスプレイ(HMD)によるVR体験が、認知され、一般への普及が始まった年だったと言えるだろう。
2017年の幕開けには、音、つまり聴覚のVRの可能性を感じさせるアート作品を紹介してみたい。
“耳で視る”超・感覚的体験
evalaのインスタレーション、hearing things #Metronomeは、1辺約2メートルの黒い立方体の中で体験する。この立方体の壁面は音を遮音する特別なパネルで構成されており、内部は音の反射がほとんど起きない簡易的な「無響空間」になっている。
中央に置かれた椅子に座ると、うす暗い無響空間の中に浮かぶ3つのメトロノームの音に気づく。それぞれに異なった拍を刻み続けるメトロノームの音を聞いていると、明かりが落ちてゆき、暗闇に包まれる。すると次第にメトロノームの音が、現実と離れていく。
3つだったはずのメトロノームの音が数え切れないほどに増えたかと思えば、音は細かく切り刻まれて、小さな粒子のようになってばらばらに消えていく。またある音は、高いピッチになり、さらに音の数が膨大となり、周囲を包み込む。それは実体を持った音の“群れ”の中にいるかのような体験だった。
そして、いつしかそこに何かが“在る”と知覚するようになる。これをevalaは「耳で視る」と表現する。
evala:
体験者の反応は様々です。「何かが見えた」、「音に触れられた」、「自分が音のようになった」、中には「自分の身体がなくなったように感じた」という感想もありました。
立方体の無響空間の中は、それぞれの隅に8つのスピーカーが設置され、椅子の下のウーファーを合わせて、8.1chのスピーカーシステムで構成されている。
メトロノームの前には小さなマイクが設置されている。このマイクによって集められた音が、コンピュータのプログラムによってリアルタイム処理される。コンピュータには「マイクによるメトロノームの音を、どのように処理し、出力するか」のみがプログラムされているため、音源としては無響空間にあるメトロノームの音だけで、ライブな音楽体験が生成される仕組みだ。