2017年02月09日
Technology to the Future
次の医療は、微生物のアマゾン「腸内フローラ」にある
微生物が生み出す、巨大市場
腸内細菌を含む、ヒトの体内のすべての微生物の遺伝子は「マイクロバイオーム」と呼ばれている。これらは私たちと共生関係にあることから、ヒトゲノムに次ぐ「第二のゲノム」とも呼ばれているものだ。
近年のゲノム解析技術の進歩によって、マイクロバイオームは医学・医療に大きな影響を与えている。それと同時に、関連する創薬分野などに巨大なビジネスチャンスと市場を生み出しつつある。現在、世界規模でライフサイエンス関連の企業の投資は加熱傾向にあるが、中でもマイクロバイオームに関連した企業や事業はホットな領域と言えるだろう。
日本では、2016年1月に薬品メーカー大手の武田薬品が、消化器系疾患に関連した腸内細菌を標的とした治療薬創出に乗り出している。フランス、パリに本社を置く「エンターローム・バイオサイエンス(Enterome Bioscience SA)」と共同研究を行う契約を結んだことが発表されている。
2012年創業のエンターローム・バイオサイエンスは、腸のマイクロバイオームを対象とした創薬・診断を開発する企業。2017年1月には、難病に指定されている炎症性腸疾患の「クローン病」治療の可能性を握る候補薬「EB8018」がフェーズ1の臨床研究に入ったことを発表している。同社はこれまでに3700万ドル(約40億円)を資金調達している。
またサイキンソーもベンチマークにしているという、アメリカで2012年に創業した「ユーバイオーム(uBiome)」は腸内フローラ解析スタートアップの代表格と言えるだろう。ユーバイオームは「ドロップボックス(Dropbox)」や「エアービーアンドビー(Airbnb)」への投資で知られるシリコンバレーのベンチャーキャピタル「Yコンビネータ」が投資している。同社はこれまでに約2700万ドル(約31億円)を資金調達している。ユーバイオームもまた、サイキンソーと同様に16SリボソームRNA遺伝子を解析に用いている。

東京大学工学部応用化学科卒業。イーソリューションズ株式会社にて脳梗塞再生医療開発プロジェクト(NCメディカルリサーチ社)に従事。株式会社ジナリス取締役経営企画室長を経て、現在、株式会社サイキンソー代表取締役。
マイクロバイオーム関連のスタートアップであるサイキンソーは、腸内フローラのビッグデータに今後のビジネスチャンスを見出している。
腸内フローラ解析サービス・マイキンソーは、一般消費者向けの解析サービスだが、同サービスは利用者の事前同意のもとに、腸内フローラの解析データを収集している。これにより、腸内フローラのビッグデータを構築し、医療そのものに影響を与えるサービスを生み出すのが狙いだ。
同社は医療機関向けに「マイキンソー・プロ(Mykinso Pro)」もリリースしている。現在開発中の「集団解析」では、マイキンソーに蓄積された腸内フローラのビッグデータにアクセスでき、診断に役立てる事が可能になる。
今後は腸内フローラのビッグデータ構築と医療機関向けの同サービスの価値向上に注力してゆくという。
沢井氏:
サービスの質を上げるためにはまず情報量を集めなければなりません。現在はサービス開始から累計利用数で2000程度です。ある疾患や生活習慣を共有する人の腸内フローラデータを1000人分集めることができれば、その生活習慣や疾患と腸内フローラとの何らかの相関性が見えてくる。直近の目標としては、まず全体で1万〜2万人分程度のデータを集めたいと思っています。
腸内フローラの解析は、栄養学を革新する
沢井氏はかつて、主に研究機関などを顧客とする遺伝子解析のベンチャーに所属していた。腸内フローラに関心を持ったきっかけは、人間と共進化する微生物に、科学的な関心を抱いたことだという。
沢井氏:
あまり知られていませんが、豚やパンダ、コアラ、さらにはハエにも腸内フローラは存在します。その中でもヒトの腸内フローラが非常に複雑にできている。腸内フローラは、10億年前からヒトとともに進化し、複雑化してきたと言われているんです。私たちヒトは、腸内フローラと身体を共有する生物の集団なんです。それが純粋にサイエンスとしておもしろいなと思ったのです。ヒトの一生のうちに環境や生活様式が変わると、腸内フローラも変化する。すると腸内フローラは、宿主であるヒトに、それまでと違った影響を与えはじめる。こうした仕組みを解明し、事業化していくのはすごく面白いと思ったのです。
そして沢井氏は、サイキンソーがこれから起こすもっとも大きなインパクトは“食”にあると考えているという。それは「体にいいもの」のパーソナライズであり、栄養学の革新だ。
沢井氏:
腸は毎日食べものを消化し、代謝して身体に栄養素を供給していく臓器です。これまではカロリーや脂肪分などの尺度はあったものの、ひとそれぞれに異なる腸内フローラの機能に着目して食事を選択するという視点はまだ確立していません。
今も病気の予防には食事が重要だと考えられていますが、今の栄養学では見えてこない、深い理解が腸内フローラの研究にもたらされるのだと考えています。その理論を確立できるのが、サイキンソーの一番大きな社会的インパクトになるだろうと思っています。

1982年京都生まれ。
2009年よりフリーランスのライターとして活動。主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。
雑誌『WIRED』にてインタビュー記事を執筆する他、東京大学大学院理学系研究科・理学部で発行している冊子『リガクル』などで多数の研究者取材を行っている。