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2017年03月10日

Technology to the Future

力触覚で、VRはより高度に人間を”編集”する

力触覚提示によって、VRは人間を編集する場所になる

 イクシーは、筋電義手・ハンディーで世界に知られるベンチャーだ。

 筋電義手とは、ユーザーの筋肉の電気信号を計測し、その信号をもとに義手を電気的に制御することで、ユーザーが自分の手のように直感的に操作することのできる電動義手だ。

筋電義手「ハンディー」。カラフルで、近未来SFを思わせる細部のデザインも魅力的だ。

 筋電義手自体はハンディーの開発以前にすでに商品化されており、手の不自由な人々を救ってきた。

 しかし従来の筋電義手は150万円以上という非常に高価な価格設定と、メンテナンス・カスタマイズが困難であるという短所があった。

 イクシーは新しい筋電センサーを導入し、信号処理にスマートフォンを介することでコストを低減。さらにパーツの製造に3Dプリンタを活用することで、ユーザーのメンテナンス・カスタマイズの自由度を飛躍的に向上させた。

 そうした従来の筋電義手の短所克服に加え、斬新なファッション感覚に満ちたデザインを施した。皮膚の色を模した、従来の身体の補修としてのデザインではなく、誰でも身につけたくなるような近未来性を感じさせるデザインを宿したハンディーは、明らかに義手の既成概念を変えた。

 さらにハンディをベースにしたプロジェクト「ハックベリー(HACKberry)」では、設計データのすべてをオープンソース化し、ウェブで公開した。その結果、世界約12カ国でハックベリーがつくられたという。

vBionic prosthetic hand(YouTube)
ハックベリーが世界中でつくられる様子が、動画サイトなどに投稿されている。こちらはポーランドに住むエンジニアが、友人の子にハックベリーをつくったというエピソード。子供のために設計図を30%縮小するという独自の改造が施されている。縮小できないモーターなどの部品は、開発者自身で調達されている。

 イクシーは山浦氏のほか、近藤玄大氏と小西哲哉氏によって2014年に起業されている。現在近藤氏はイクシーを離れ、これまでも提携関係にあったNPO法人とともに義手のプロジェクトを続けている。山浦氏と小西氏がイクシーに残り、当分はエクソスに注力し、その事業拡大を推進してゆく。つまりエクソスは、イクシーがVR事業へ大きく舵を切ったことを物語るプロダクトなのだ。

 どうしてイクシーは今、VRの手、エクソスをつくろうと思ったのだろうか?

山浦氏:
 VRは、僕にとって無限の可能性を持っている場所です。たとえば僕たちが義手のハンディーで目指してきたような、生まれつきの不自由さを補い、さらに別の次元へと進化させてしまうようなことが、VRではもっと可能になるのではないかという希望を持っています。それは、VRというものが、人間を編集できる場所だからです。

 VR上で人間を編集するためには、人間の情報がデジタル化される必要があります。これまで映像(視覚情報)や音(聴覚情報)はデジタル化が行われてきた。しかし力触覚では行われてこなかったのです。エクソスの価値は、VR上で力触覚をデジタル化できることにあるのです。

 視覚、聴覚、そして力触覚のデジタル化が実現すれば、VR上で、より高いレベルで人間を編集できる。それらの情報は未来永劫にわたって保存することもできるし、複製し、広く社会利用することも可能です。そうしたVRが人間に与える価値は計り知れないものになるでしょう。

イクシー株式会社CEO 山浦博志氏
東京大学大学院工学系研究科精密機械工学専攻修士課程修了。2014年10月、近藤玄大氏、小西哲哉氏を含む3名でイクシーを起業。東京大学発明コンテスト奨励賞、東京大学大学院工学系研究科長賞などを受賞している。

 人間を編集する、ということをスポーツを例に考えてみよう。

 たとえばテニスのビギナーにとってサーブはひとつの関門だ。テニスのサーブ練習にエクソスを導入することを考えてみたい。まずは入力だ。練習者に手にエクソスを、頭部にカメラとマイクをつけた練習者にサーブを打ってもらい、そのフォームデータをVRへ入力する。そしてデジタル化されたサーブのフォームを、VR上で、模範的なフォームへと編集する。

 次は出力だ。練習者は手にエクソスを、耳にヘッドホンを、そして目にはヘッドマウンテッドディスプレイをつける。そこに編集したフォームデータを出力する。

 すると、ラケットがボールに接触する理想的なタイミングで手に反動が出力され、ヘッドホンを介して耳にボールを打つ音が聞こえ、ヘッドマウンテッドディスプレイには、模範的なフォームが見えている。この状態で練習すれば、練習者は模範的なサーブを打つことができるようになる、といったことが考えられるかもしれない。

山浦氏:
 エクソスの福祉への応用も検討しています。じつは私の大学時代の研究が、手に麻痺を患う方のリハビリのためのデバイスであり、エクソスの原型とも言えるものなのです。

 リハビリでは、麻痺した手を「自分の意思で動している」という実感が、改善につながると言われています。皮膚感覚にフィードバックができるエクソスを使えば、高い効果が期待できる治療法を確立できるかもしれません。

VRで人間の可能性を広げるということ

 また、エクソスには、ハンディーの開発で培われた、手の関節の省略に関する知見が役立てられている。

 エクソスでは、20以上ある手の関節のうち、力触覚提示に有利な4つを選択しているが、義手のハンディーにおいても、日常生活に有利な関節が選ばれている。可動させる関節を見つける方法は、開発者の山浦氏自ら、自分の手の関節をテープでぐるぐる巻きにして固定し、どの関節が動かなければ、日常生活にどのような不便さが生まれるかを試す、というものだった。この方法は、二足歩行を研究する技術者が用いていた方法なのだという。

 試作は備え付けの3Dプリンタで行われる。設計して形になるまで、早ければ半日ほどだという。試作を素早く、数多く行い、製品開発に活かす、いわゆる「ラピッドプロトタイピング」と呼ばれる手法が、エクソスの開発を実現したという。

山浦氏:
 これからはモーターの制御を改良しながら、VR上の物体の粘性や加速度など、さまざまな質感を力触覚で再現できるようにしていきたいと考えています。そして製品化し、多くの人が自由にカスタマイズしながら使えるようにしていきたい。最初の市場としては、アーケードゲームの市場を視野に入れています。

 ヘッドマウンテッドディスプレイを除いた、VR用の周辺機器の市場規模は、2019年にはおよそ30億ドルになると見られている(Tracticaによる)。この市場には、エクソスのような力触覚提示デバイスも含まれる。

山浦氏:
 義手を含む様々なプロダクトが枝葉だとすれば、その幹にあたるイクシーのミッションは、自分たちのつくるプロダクトを通じて、人間の可能性を広げるということです。私にとってVRは、無限の可能性を持つ空間です。VRによって人間の可能性を広げることが、エクソスにかける願いですね。

森 旭彦(もり あきひこ)氏

1982年京都生まれ。
2009年よりフリーランスのライターとして活動。主にサイエンス、アート、ビジネスに関連したもの、その交差点にある世界を捉え表現することに興味があり、インタビュー、ライティングを通して書籍、Web等で創作に携わる。
雑誌『WIRED』にてインタビュー記事を執筆する他、東京大学大学院理学系研究科・理学部で発行している冊子『リガクル』などで多数の研究者取材を行っている。

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