2017年06月13日
東大博士が「就職経験ゼロ」からの起業で挑む「持続可能な発展」とは?
「研究」には資金が必要だ。とはいえ、目先の利益を生む研究が長期的に有意義かというとそうとも限らない。そんな「研究」と「利益」の両立に挑む企業がある。2013年、高橋祥子氏が東京大学大学院在籍中に創業したジーンクエストだ。日本で初めて一般消費者向けに大規模遺伝子解析サービス提供を開始した同社も、今年で4年目を迎える。ジーンクエストが実現しようとしていることとは何か。遺伝子データはどんな未来を可能にするのか。高橋氏に話を聞いた。
日本で初めて個人向けに遺伝子解析サービスを提供した企業
──最初に御社のサービスについて教えていただけますか。
高橋氏:
個人向けの遺伝子解析サービスと、法人向けの遺伝子データ分析サービスや研究支援をしています。これまでも遺伝子解析サービスを提供する企業はあったのですが、大規模な遺伝子データを取得する大がかりな方法を個人向けに日本で初めて展開したのがジーンクエストです。
遺伝子解析サービスを受けるのに必要なキットはウェブで販売していて、申し込むと自宅に届きます。そこに唾液採取キットが入っていて、キットを返送していただくと遺伝子を解析して、どういう健康リスクがあるか、どういう体質かといった情報など、約300項目についての遺伝子情報を知ることができます。お客さまは分析結果をウェブ上で確認できます。
──実際にサービスを受けて、どの病気にかかりやすいとか、かかりにくいと分かった後のユーザーの動きは何か耳に入っていますか。
高橋氏:
行動変容のトリガーにはなっていると思います。健康診断では、「今の健康状態」しか分かりませんが、遺伝子情報解析では、「今の健康状態」と「将来の健康の方向性」の両方が分かります。「これを機に生活改善をしたい」と考えるなら、ご自身の遺伝子情報を健康管理などに役立てられます。
たとえば、太りやすい遺伝子を持っていることが分かれば、食事量を調整したり、運動量を増やしたりなどリスク回避の行動をとることができます。
ただし、遺伝子解析はあくまでも統計の話です。がんのリスクが高いからといって必ず発症するわけではありません。お客さまにはそれを理解してもらって、結果を見てもらうようにしています。病気の発症には遺伝的要因と環境要因の2つがあり、病気の発症は生活習慣を変えることで予防できるからこそ、遺伝的要因を知っておく必要があります。
起業は「研究成果を持続可能な形で発展させる仕組み」を実現するため
──高橋さんは博士課程在籍中に起業されていますが、もともと経営者を目指していらっしゃったのですか。
高橋氏:
まったくそんなことは考えていませんでした。私の家系には医者が多く、経営者はいません。自分とは縁のないものでした。高校生の頃にノーベル賞を取りたいと思って以来、ずっと大学教授になろうと思っていました。
──研究者を目指していた高橋さんが起業されたきっかけは何だったのでしょうか。
高橋氏:
「研究者として生命科学分野を発展させたい」という思いと、「研究成果を持続可能な形で発展させられるような仕組みをつくりたい」という思いがありました。そのためには「起業するしかない」と考えて起業しました。
日本の生命科学分野は世界から見ると圧倒的に遅れていて、「それでいいのか」という思いがあります。研究成果や論文の数から違っていますし、研究費の問題もあります。経済合理性と研究の有用性を天秤にかけてしまうとどうしても研究費は減っていきます。東大の優秀な教授たちが今一番時間をかけているのは「研究」ではなく、「研究費の申請書の作成」です。ここからわかるように、研究成果を持続可能な形で発展させるために、「研究」と「事業」のサイクルを回すことは大学の中では非常に難しいのです。では、どうやって研究成果を持続可能な形で発展させるのか。
ベンチャーキャピタルから資金を集めるという手段もあります。しかし、彼らが何かに投資するのは成功や勝ちパターンが見えているときですから、当社が行う遺伝子解析のような勝ちパターンが分からない分野にはなかなかお金が集まりません。
「研究成果を持続可能な形で発展させる仕組み」を求めて、修士を終えるときに就職活動もしました。ですが、まったく受かりませんでした。こうして、もともと「経営者になりたい」「起業したい」と思っていたわけではなかったのですが、「研究成果を持続可能な形で発展させる」ために、言わば仕方なしに起業したというところです。
──大学の先輩と一緒に起業されていますね。
高橋氏:
一緒に起業した研究室の先輩との出会いは衝撃的でした。ビジネスをやりながら研究を続けている人で、最初研究室に行ったら、「面白いビジネスモデルを3つ考えてきて」といきなり言われました。「論文を一週間で書いてきて」と言われたこともあります。一週間で論文を一本書くなんて普通はあり得ないのですが、書いていったら「本当に書いたの」と言われました。言わば無茶ぶりですが、こうした出会いがなかったらビジネスとか起業とか考えていなかったかもしれません。