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2018年02月23日

量子コンピュータが切り拓く近未来
~最適な社会システムの実現に向けて~

 新聞やインターネットでは毎日のように、人工知能、ロボット、IoT(Internet of Things)など社会や私たちの生活を快適にしていくテクノロジーの進歩が紹介されていますが、その少しだけ「斜め先」を見ているビジネスパーソンは今、「量子コンピュータ」に注目しているようです。今までは夢の技術と言われていた量子コンピュータですが、カナダのベンチャー企業による製品化を皮切りに、世界中で開発競争が過熱しています。私たちビジネスパーソンが今知っておきたい量子コンピュータの基本知識や社会への展望について、量子コンピュータおよび人工知能分野の研究で活躍している大関真之准教授にお話をお聞きしました。

大関 真之(おおぜき まさゆき)氏
東北大学 大学院情報科学研究科 応用情報科学専攻
准教授

量子コンピュータがつくる快適な社会

──量子コンピュータはどのような分野で注目されているのでしょうか?

大関氏:
 おそらく今、一番注目しているのは自動車産業でしょう。自動運転の技術が芽生え、車がコンピュータ化していますが、個々の車の動作だけではどうしようもない渋滞という問題があります。この問題に、全体を俯瞰的に見て渋滞の解消に向けて最適な経路探索を得意とした量子アニーリングマシンを活用することができるのです。実際に、渋滞が深刻な社会問題となっている中国では、既にある企業と社会実験に向けた研究が進んでいます。

 我々のチームでは、量子コンピュータとされる中でも限定的な機能に限った量子アニーリングマシンを利用しています。実際に使ってみると、出発地点から目的地までの最適な経路問題を解いてみると、わずかマイクロ秒で計算が終わります。この性質に注目して、瞬時に結果が要求される災害救助や災害時の避難経路探索での活用に特に注目しています。例えば、先の東日本大震災の際のように津波が迫る中で、量子アニーリングマシンを活用して時々刻々変化する周囲の状況を的確に捉え、瞬時に避難すべき最適な経路が導き出せれば、被害は最小限に食い止められることでしょう。

 人生の悩みって、ほとんどが経路探索問題と同様な最適化問題であると言ってもいいぐらいなのです。たとえば時間割。この単位とこの単位を取らなければいけない、だけどバイトに行かなければいけないから何時までにしなければいけない。アルバイトのシフト問題もそうです。

 こうした最適化問題を解くことこそ、量子アニーリングマシンの得意技で、広い応用分野を持つポテンシャルともなります。

 もう少しだけ産業の話をすると、他にも高速な計算処理が要求され、その消費電力に莫大な費用が発生している航空機の離発着時のタイミングや、工場におけるロボットやコンベアの駆動制御など。私たちの身の回りにある社会環境をより効率的に築きあげるために必要な問題の事例は枚挙に暇がありません。

 従来、みんな職人の勘でやってきたのですよね。でも、よく考えてみると、もっと巧い手があるはず。それを解くときに最適化問題に向き合う必要があるのですが、いざ、どうやって解きましょうとなると、解き方がややこしい。その点が容易なのが量子アニーリングマシンです。解き方を任せることができます。従来のコンピュータでは、「この問題を、こうやって解いてね」と教えなければならず、問題が変わると解き方も変わるので、その都度プログラマがついて、実験して、上手くいったら実装というスキームでした。けれども、量子アニーリングマシンの場合、「こういう解き方ができます。問題を入れてください」というところまでできているので、とても使いやすいです。

 ですから、このような社会的問題や企業の実際的問題を解決し、快適な社会構造を作り出す新しいインフラとして量子アニーリングマシンは期待されています。量子アニーリングマシンの成功を受けて、さらに万能な量子コンピュータの開発についても加速していますが、こちらは量子力学に従うあらゆるプロセスをシミュレーションすることができるため、創薬や材料開発など原子や分子の化学反応を含めた複雑なプロセスをつぶさに調べるために活用しようという動きがあります。

量子の不思議なふるまいを利用した量子コンピュータとは?

──この辺で、あらためて量子について教えていただけますでしょうか。

大関氏:
 身近な例でお話しすると、私たちの体は原子や分子という小さい粒が積み重なって一つの集合体となっています。
 例えば、野球の球のような大きいものを壁に向かって投げると、壁にぶつかって跳ね返りますよね。跳ね返ることが私たちの常識です。一方で、原子や分子などの小さい粒を投げると、たまに壁を通り抜けたりするのです。

 他にも量子力学では、「ダブルスリット実験」という有名な実験があります。スリットとは細い穴のことです。私たちの常識では、光を右の穴に入れたら右だけに、左の穴に入れたら左だけに光が通過しますが、これが小さな世界の光子の場合、単に穴を通過したような振る舞いではなく、いろいろなところに分布します。どうも右の穴と左の穴を同時に通過したと考えないと説明がつきません。この不思議なふるまいをコンピュータで利用すれば、これまでとは異なる原理で動作することで効率の良い計算やトライアンドエラーなどの探索ができるかもしれないという発想が生まれます。

 一般的なコンピュータは、電流を流すか流さないかのONとOFFを0と1という二進数で表します。一方、量子コンピュータでは、先ほどのスリットの話で右を0、左を1とすると、その両方を同時に扱うことができます。これを0と1を「重ね合わせる」と言い、複雑な状態を作ることができます。この複雑な状態を使うことで、一部の計算に関してはとても速く処理することができるのです。よく量子コンピュータは計算が速いと言われますが、どちらかというと計算の幅が広いという方が正しい表現かもしれません。その幅を利用してうまい抜け道をくぐり抜けて、一部の計算をあっという間に終わらせてしまうのです。

──スーパーコンピュータや人工知能との関係性について教えていただけますでしょうか。

大関氏:
 スーパーコンピュータと量子コンピュータは、それぞれ得意・不得意分野が大きく異なるため、両者は共存していくと思います。

 スーパーコンピュータを含め、私たちが使っているデジタルコンピュータは非常に安定的にできています。一方で、量子は不安定な印象があり、人類は小さい粒をうまく制御することは極めて難しいということに直面しています。ですので、スーパーコンピュータで前処理をして、量子コンピュータで一部を計算させ、結果が出てきたらそれらを統合するというような両者の得意分野を活かした使用方法も提案されています。

 次に人工知能ですが、今の基盤技術は機械が学ぶ「機械学習(マシンラーニング)」と呼ばれるものです。画像や音声などのデータがコンピュータに入力されると、その内容がどんなものであるかの判断、別の見た目への変換など、私たちの視覚や聴覚の代わりとなるようなシステムが構築されていきます。その過程で、データと矛盾のないように最善の基準をコンピュータが獲得できるために、最適化問題を解くことでシステムを構築しています。この最適化問題を解く部分のことを学習と呼びます。いろいろな方法が研究されていますが、この学習部分に多くの時間がかかっていますので、その学習を加速させるために量子コンピュータを利用しようという試みが始まっているのです。

──なるほど。量子コンピュータは他技術との親和性が高いのですね。最後に量子コンピュータ分野の研究開発状況について教えていただけますでしょうか。

大関氏:
 日本の基礎研究や企業による個々の開発成果は世界には負けていません。ただし、先行しているアメリカと比べ、人の数や資金面で劣っていることは事実です。日本の研究開発をさらに促進するためには、日本全体がチームとしてお互いを高め合い、相乗的に成果へ結び付ける必要があると常々考えています。

 一つの企業がそのチーム作りを行うことはなかなか難しいと思います。私は大学教員という立場で、できることはないかと考えました。教育・研究機関としての立ち位置から、人材づくりのための基盤作りを始めました。東北大学量子アニーリング研究開発センターでは、量子アニーリングマシンを使う環境を整備しました。企業と一緒に社会的問題や実際的問題を解決し、企業の実用化開発の加速やノウハウを蓄積した人材育成を大学の初年度教育から始めます。最終的には量子アニーリングマシンのみならず、万能な量子コンピュータについてもその活用を視野に入れて、快適な社会を作っていくチームを世の中に送り出していけるように尽力したいと強く思っています。

──本日は貴重なお話をありがとうございました。

(企画=有限会社ラウンドテーブルコム Active IP Media Labo、インタビュー・記事=清水 康太郎、写真撮影=今井 紀彰)

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