量子アニーリングマシンは実用化を競う時代に
――自由な発想こそが未来を拓く
量子力学を利用した技術を使い、次世代コンピュータと呼ばれている「量子コンピュータ」。その方式の一つで、すでに実用化のフェーズを迎えた「量子アニーリングマシン」は、産業界への応用が進むことにより、ビジネスに与えるインパクトへ熱い視線が注がれている。量子アニーリング方式研究の第一人者で、その応用開拓に取り組む東北大学大学院情報科学研究科教授の大関真之氏が、量子アニーリングマシンが導く未来を指し示す。
加速度的に開発が進む量子アニーリングマシン
量子コンピュータには、「ゲート方式」と「アニーリング方式」がある。その中でも、量子アニーリングマシンは組合せ最適化問題に特化したマシンだ。企業では人員配置やシフトの割り当て、スケジュール、生産計画の最適化は永遠のテーマとも言える。量子アニーリングマシンの登場により、あらためて組み合わせ最適化問題を解くという需要が刺激され、近年ビジネスシーンで大きな関心を集めるようになった。
「量子アニーリングマシンの分野では、カナダのD-Wave Systems社がトップを走っています。2020年10月には、驚異の5000量子ビットを超えるスケールの最新機種D-Wave Advantageをリリースしました。次は7000量子ビットを超えてくると言われ、比較的新しい企業ですが注目しています」と大関氏は最新の開発状況を示す。D-Wave Systems社は量子アニーリングマシンに続き、2021年秋には、汎用性が高いプログラミングが可能な量子ゲート方式の量子コンピュータ開発にも着手することを発表して注目を集めたと言う。
一方、国内では、産業技術総合研究所が2021年7月、独自アーキテクチャの超伝導量子アニーリングマシンの動作実証に日本で初めて成功しており、国内の研究開発も着実に技術力を上げている。
最適化の手前で足踏みする日本企業の課題
量子アニーリングマシンが、コンピュータ業界や産業界に与える影響は大きい。しかし、大関氏は日本企業の抱える課題を提起した。「日本企業は最適化の手前の状況です。人員配置、シフトの割り当て、スケジュール、生産計画などを手作業で行っている企業は数多くあります。しかし、仕事を効率化したい、生産性を上げたいのにその準備となるデジタル化やデータ化ができていない」と指摘する。
一方で、量子アニーリングマシンの出現により、これまでの体質を変える、つまりデジタル化への大きなチャンスになることも指摘した。最適化というキーワードが、非効率だった仕事と向き合い効率化を進めるきっかけになると言う。
意外な発想からユニークな視点、広がるユースケース
最近では、組み合わせ最適化問題以外に量子アニーリングマシンの応用範囲が拡大している。材料、創薬、製造、交通、物流、金融などの応用で注目されていたが、意外かつユニークなユースケースも増えつつある。「そもそも最適化とは、数多くの候補から一定の基準で正解を探索すること。しかし、正解があるかどうか分からないものを探索していくと、新たな発見につながるかもしれません」と大関氏は語る。
例えば広告分野での応用だ。現在のネット広告では、自分が過去に購入したり、興味を持ったりした商品・サービスを提示する。仮に、今までのパターンに当てはまらない商品・サービスを提示できれば、新しい顧客接点が実現できる。「量子アニーリングマシンは、新しい提案をする装置として使えるのではないかと考えています」と大関氏は話す。
具体的に、大関氏が取り組んだユースケースを紹介してもらった。例えば、ドローン輸送関連で、多数のドローンが高層ビルの建ち並ぶ都会を飛び交う状況を想定。ドローンが建物やほかのドローンと衝突を回避しつつ効率的に目的地へ到着する、リアルタイム3次元交通の実証実験を開始し、現行の制御技術では困難な状況でも最適な航路と安全な飛行ができるのか確認を行っている。製造分野では、クルマの部品の共通化に関する最適化問題への応用。スポーツカーにファミリーカーの部品が適する場合もあり、部品の共通化を図ることでコスト削減が可能となる。
また、ユニークな視点の応用にもトライしている。新型コロナウイルス感染拡大防止の中で、座席配置の問題にも対応した。「映画館やイベント会場で隣席を空けるのが原則ですが、家族連れなどのグループには隣席を割り当てようとします。これが数千人以上の規模になると割り当ては膨大な作業になりますが、これを最適化問題として定式化しました」と大関氏は解説する。この定式化で、大規模なスポーツ観戦のスタジアムや音楽イベントの座席配置でも応用が可能となる。
意外な発想のユースケースもある。東北大学で、量子アニーリングマシンのソリューションをつくる一般公開イベントが実施された。200人以上が参加した中で、あるグループが作成したのが、新しい分野を研究するのに最適な論文と読む順番を量子アニーリングマシンが提示してくれるソリューションだ。論文の引用関係のネットワークに注目して、引用された回数が多く、コアになっている論文を見つけ出し、どんな順番で読むと最短でその分野が理解できるかという最適化問題を解いたと言う。(※1)
- (※1) 「OrderMade – Suggest the best papers for you !」は、「東北大学量子アニーリングソリューションコンテスト」で「第3位東北大学賞」を受賞しました(http://www.tfc.tohoku.ac.jp/special/qca/20211218.html)
量子アニーリングマシンは、材料、創薬、製造、交通、物流、金融などの分野で応用が注目されている。しかし、高度な応用だけでは、量子アニーリングマシンは遠い存在になってしまう。今後、身近な問題にも応用を広げることで、必ずしも組み合わせ最適化問題に興味を持っていなかった人も興味を持つような身近な技術になるだろう。
スマートフォンで生活時間が最適化される未来
少し前までAIも5G通信も遠い存在だったが、現在はスマートフォン(スマホ)で利用できるようになってきている。では、量子アニーリングマシンが身近となった未来とはどのような社会なのか。
「例えば、Googleマップはスマホの検索で最短の道を教えてくれます。これと同様に、スマホで最適化問題を解決するリクエストを出す先が、量子アニーリングマシンになると思います。スマホのセンシングを使うことで、通勤・通学や買い物のタイミングなど人の生活情報に紐づいたデータから、その人に最適なスケジュールや働き方などを調整してくれでしょう。それにより、人は余裕ができ最適化、効率化の先に新しいことやクリエイティブなことを考えられる時間が持てるようになればいいと思います」と大関氏は強調した。
躊躇しないで、とにかくやってみる
大関氏は、量子アニーリングマシンの活用は難しいことではないと言う。確かに以前は、量子アニーリングマシンの性能を引き出すために量子力学の知見が必要とされていた。しかし、すでにコンピュータとしては作動しており、ユースケースが増えつつある。「渋滞問題の解消を量子アニーリングマシンに任せれば答えを導き出してくれる。その答えを受けてどうするか。答えを実装するサービスができていません。答えから価値を生み出す人の存在が必要なのです」と大関氏は力説する。
量子アニーリングマシンは新しいテクノロジーだからこそ、今はすべての人がスタートラインに立っている。ビジネス目線もしかり、広い視野で量子力学を利用した新しいテクノロジーをどう活用していくのかを考え始めたばかりだ。テクノロジーの進展とともに、膨大なスケールの問題に対して適用できる未来が待っている。だからこそ、新しい応用方法を考えだすことで業界をリードするビジネスチャンスがあると言える。最後に、大関氏は「躊躇しないで、チャレンジ精神でとにかくやってみる」とメッセージに力を込めた。