

業界が変わるビジネストレンド
林業の救世主となるか?
──地域材活用を実現する一気通貫の仕組みとは?
「日本の農林水産業の中で、今、最も壊滅的なのは間違いなく林業です」と語るのは、内田洋行のグループ企業で空間デザインに携わり、武蔵野美術大学 造形構想学部で教鞭をとる若杉浩一教授だ。
日本は世界に冠たる森林大国だが、その大切な資産を活用すべき林業は危機に瀕している。安価な外材に押され、産業として採算が取れない上に、関係者が高齢化や廃業などで減少し、伐採、製材、加工などのサプライチェーンが成り立たなくなっている。
「みなさん日本に使える木材は少ないと思っている。違うんです。あるんです。ただ、国産材を活用できる仕組みが整っていないだけ」と若杉教授は指摘する。
「日本に木がないんじゃない、国産材を使う仕組みがないだけ」
政府も地域材を活用しようと施策を打ち、それなりの効果を出しているが、日用品の範囲に留まりがちだ。大規模建設で地域材を活用するのはなかなか難しい。というのも、我々は木を切ればすぐに木材になると単純に考えがちだが、実際には伐採から木材になるまでには、製材→乾燥→一次加工→強度審査→二次加工といったように各工程の業者の技術が必要になる。しかも、部材ごとにこれらの作業が異なってくるという複雑さだ。こうした作業工程をこなせる地域業者と連携できるかがまず1つの課題になる。
しかも大規模なプロジェクトになれば、ゼネコンなどの大手主導により材工(材料と施工のセット)で作業が進められる。コストの安いプレカットの外材が使われがちなうえ、国産材でも製材などの仕事が地域の製材所や加工業、工務店などに流れにくく結果的に地元の経済や人々を活性化する方向には進まない。これに異を唱えたのが、若杉教授だ。実業として同氏が手掛けるのはあくまでも空間デザイン。本来なら木材の出どころや地域の製材所の心配までする必要はない。言ってしまえば外材に頼ってもいいのだ。だが「それでは日本がダメになる」と若杉教授は強い危機感を持つ。
「山がダメになったら、山間地域の産業がダメになり、コミュニティがダメになる。地域の文化、伝統、ものづくりが疲弊してしまい、つまりは日本がダメになってしまう」(若杉教授)
そこで、若杉教授をはじめ有志が集まって考えられたのが、地域材を活用するための、植林から施工までを一気通貫でつなぐ仕組みだ。もちろんそこにはテクノロジーの活用が念頭に置かれている。
「テクノロジーを活用して仕組みをつくるといっても、現在はまだ肉弾戦。それは大変ですよ。ですが、かつての植林事業の成果もあって、日本の木材蓄積量は世界7位、まさに宝が眠っている。技術も持っているわけですし、この豊富な資源量を活かせば、地域社会が生き返る。産業界の方たちにとっても、このインフラづくりはビジネスチャンスとなるはずです」と若杉教授はメッセージをおくる。

1959年生まれ 熊本県天草郡出身。1984年株式会社内田洋行に入社し、 商品企画やオフィス家具の計画、デザイン、システム設計に従事。2013年に、社内デザイン会社パワープレイス(株)にて、ITとデザインとコンテンツを制作するデザイン集団「リレーションデザインセンター」を設立。また、地域と社会、企業との格差や矛盾に着目し2002年日本全国スギダラケ倶楽部を発足。代表的な事例は「日向市駅周辺再開発プロジェクト」「宮崎空港木質化プロジェクト」「東京おもちゃ美術館あかちゃん木育広場」「良品計画本社デザイン」等多数。現在、武蔵野美術大学 造形構想学部クリエイティブイノベーション学科 教授。
AIを活用した森林測量で部材に適した木をみつける
若杉教授たちの考える一気通貫の仕組みには、「植林」「森林測量・生産計画・伐採」「木材調達・流通加工・マネージメント」「建設の設計・開発」「流通・施工」これだけの連携が必要になる。
その中で、テクノロジーが担う役割として重要なのが、1つは森林測量・生産管理の場面だ。このプロジェクトの一員であるアジア航測は、レーザ計測による森林管理支援ツールを提供している。これは飛行機を使って上空から高密度レーザを森林に照射し、樹木や地表の形状などを分析するもの。
「樹木によって、レーザ反射の仕方が異なる性質を利用して、樹種、高さ、直径、材積(木材の体積)、本数などが分かります。森林という財産の基本データを収集できるので、森林の所有者が自らの資産量や価値を客観的に把握し、搬出のための路網計画や、予定する伐採量の計算精度を高め、作業を効率的に行うことができます」とアジア航測 主任技師の塚原正之氏は語る。
例えば町有林であればよいが、個人の山林となれば複雑に所有者が分かれ、利用可能な森林であっても、その所有者を特定するだけでも大変だ。国産材が使われにくい1つの要因ともなりかねない。それが正確に把握できるだけでも、ぐっと地域材の活用が現実的になる。さらに、成長が良好な木と不良な木を地形や日射などで見分けることもできるため、目的のサイズや量の確保に加え、樹木の将来の成長を見据えた、持続可能な森林管理を行うことが可能だ。アジア航測では、さまざまな森林・地形データを集積し、AIも活用した林業支援体制を進めている。
「この部材に必要な木がどこにあり、量はどれだけあるのかという部分は今までベテランの経験に頼るところが大きいですが、これらを全て客観的に画面上で把握できれば、大幅な効率化が見込めます。また、自治体などで課題となっている林業担当者の育成や情報継承にも対応できるでしょう」(塚原氏)
一気通貫の仕組みづくりで狙うのは、いかに無駄を省きながら、地域業者の利潤を確保していくかだ。「当然それは、歩留まりとの闘いになります。部材によって適した木を細かく算定し、効率よく切り出せれば可能になってくる。さらに設計側と連携することで、コストやデザイン含めた全体最適が実現するのです」(若杉教授)

国土保全コンサルタント事業部
森林・農業ソリューション技術部
森林コンサルタント課
塚原 正之 氏
林野庁をはじめとした行政の支援により、すでに日本全国多くの地域でレーザ計測が行われ、分析データが納められているという。ただし、森林管理・木材生産の現場レベルの活用がなかなか進んでいなかった。今回、このプロジェクトに参画したことで「真の意味で社会に役立てられる」と塚原氏は意欲を燃やす。後述する高畠町の事例では、このアジア航測の技術は用いられていないが、今後一気通貫の仕組みを展開する上で活用が期待される。
他にも、テクノロジー活用が望まれるのが、地域での製材所・加工場などのマッチングシステムだ。まさにここが地域材を活用できるか、地域を活性化できるかの肝になる。現状の仕組みでは人の手に頼るが、今後はここのシステム化も視野に入れているという。
山形・高畠町でほぼ100%町産杉で作った図書館がオープン
山形県南東にあり、米沢市に隣接する高畠町では、この一気通貫の仕組みを生むきっかけとなった大型施設建設のチャレンジが行われていた。今年7月26日には、町産材を最大限に活用した町立の屋内遊戯場「もっくる」、翌27日には図書館がオープンしている。
新築の図書館は平屋造りで、建設面積が1664平方メートル、柱、梁、床、壁、家具、備品などあらゆるところに町産杉が使われ、原木量は720立米で、長さ400センチ、直径30センチの杉の木を2195本も使っている。木質部分のほぼ100%を町産材でまかなった。
遊戯場は、廃校中学校の体育館をリニューアルしたもので、杉で作った球のプールや木のおもちゃ、木製の遊戯設備などがあり、680立米の原木が使われた。木質部の88%が町産材だ。



地域材を活用した公共施設は全国にあるが、高畠町新図書館のようにほぼ100%の高率で使われているケースはまれだ。当時、企画財政課で両館の建設を推進したリーダーの菊地誠課長(現・高畠町教育委員会社会教育課)は、かつて林業振興を担当していた時期が長かったこともあり「いつか、町産材を町の公共施設に使いたい」との思いを抱き続けてきた。

教育委員会社会教育課
課長 菊地 誠 氏
高畠町は総面積の半分以上を森林が占めており、中でも杉の人工林の割合が多い。戦後、杉は全国的に植林されたが、伐採、製材、加工などの手間と費用がかかるため、輸入材に押され宝の持ち腐れになっていた。
「しかも、間伐や主伐がされないまま放置された森林は、台風の被害を受けやすく、大雨などで土砂災害を起こしやすい。森林の活用と機能保全のためにもと、2018年度に予定した図書館・遊戯場の大型公共施設建設工事で町産杉を活用していくプロジェクトチームを立ちあげたのです」(菊地課長)
菊地氏の宿願でもあった町産杉を活用した大規模公共施設の建設だが、これを実現するには、越えるべき壁がいくつもあった。プロジェクトチームではまず関係する多くの課を横断的に連携させたほか、指名型プロポーザル方式で選定した若杉教授率いるデザイン会社「パワープレイス」、製材業組合、森林組合、NPO法人森林復興支援などが加わり、具体的な協議を進めた。
最初のハードルは、予算と実作業とのズレだった。通常、杉材は伐採から製材、乾燥、加工を経て製品化まで最低でも9カ月ほどかかる。そのため、2019年の工事開始よりも前年度に準備が必要になる。しかし、単年度主義の行政では予算のない前年度から業者と契約を結ぶことができないのだ。
「そこで、町議会にかけあって、債務負担行為を議決。一定金額まで次年度の事業を行ってよいと認めてもらいました。町では初めての試みでもありましたので、議会対応が一番大変でしたが、議員の皆さんも趣旨を理解し、納得していただきました」(菊地課長)
分離発注方式&地域業者マッチングに奔走
一般的には施工業者が木材調達をする中で、高畠町は町内杉の活用のために、高畠町が木材を調達して支給する分離発注方式を採用した。町と製材業組合と森林組合で3者協定を結び、町が責任を持って材料を購入し、何らかの理由で建設が延期・中止になった場合は損害を賠償することも約束した。町の熱意がほぼ100%の町産杉を使った図書館の建設という大きな夢を動かしたのだ。そしてその思いを引き受け、汗をかいたのが若杉教授たちのチームだった。
前出したが、木を材料とするまでには多くのプロの手と時間、そして部材ごとに気配りする複雑な管理が必要だ。もちろん地域の製材、乾燥、集成などの業者に元気になってもらいたい。パワープレイスは、木材調達のコーディネートを行うNPO法人森林復興支援と提携し、必要な業者を探し始めた。その業務を担ったのが当時の森林復興支援のメンバーであり、後にパワープレイスの一員としてこの仕組みづくりを進める谷知大輔氏だった。
「高畠町には3社の製材所がありましたが、3社だけでは対応できません。なるべく高畠町に近い場所で製材、乾燥、集成などの加工ができる業者を探しました。単に受けてもらうだけでなく、地域性や趣旨を理解してくれるかどうかも重要です。何度も通って交渉しました。まさに肉弾戦でしたね」と谷知氏は笑う。
結果、部材ごとの複雑なマッチングを実現し、延べ17業者に発注して、予定期限通りに木材を納入した。菊地氏はその奮闘ぶりをこう語る。 「谷知さんは、高齢の業者の方言に苦労したようです。受け入れられるまで時間がかかったようですが、その後はスムーズに進みました。こうした手間のかかるコーディネートを親身にやってくれる人がいないと地域材の活用は難しい。行政だけでは手の届かない部分がある」

東日本デザインセンター
第3デザイン部
ウッドデザイナー
谷知 大輔 氏
日本の森林はまさに宝の山
試行錯誤の末、完遂した高畠町プロジェクトを若杉氏たちはモデル化し、テクノロジーを活用した仕組みとして全国に普及させようとしている。
「建築も施工も加工も流通も、お互いに無関心でエンドユーザまでつながっていません。今、私たちは、初めてシームレスにつながる仕組みをなかば力業ですが実現しました。今後、テクノロジーの活用を強固にすることで、日本の林業を活性化できるはず」と若杉教授は語る。谷知氏もその点を念頭に置きながら、「ただし、単なる効率性だけではない、人と人のつながり、地域の特性や思いを加味しながらのシステム化が必要」と強調する。
新たに建設された高畠町図書館は、「自然と人、外と内、人とコトを結ぶ場所」として縁側がぐるりとめぐらされた暖かな印象のL字型の建物。アイデアも満載で、町内の中高生から発せられた「ライブやりたいけど、ライブ会場がない」という声をもとに、普段は展示室、扉を全面開放すれば庭から見上げるステージに変わる贅沢空間までつくりあげた。
「昔から言われていたことですが、地元産材を使った建物は、最適な呼吸をしてくれる。この場所に生きた木だからこそ、この場所に最適な吸湿を行ってくれる。10万冊の蔵書の保管に最適な湿度調整をしてくれるんですね。この町に育った木だからこその恩恵を感じます」(菊地課長)


地域の産業にもこのプロジェクトは影響を及ぼした。製材所や加工場でそれだけ求められることがあるのならばと新たな機器を購入したところもあるそうだ。「やりがいがあるからね」と、地域で踏ん張ってきたプロフェッショナルの人々に、新たなモチベーションを与えているという。もちろん完成した図書館と遊戯場は地域の人々にも歓迎されている。この両施設、ひっきりなしに子供や親子連れが訪れ、取材時にカメラのシャッターを切るタイミングに困ったほどだ。新図書館は連日500人を超す来館客で、遊技場は4日間で2000人を記録した。



高畠町のプロジェクトを経て、若杉教授たちが組み上げつつあるこの仕組みには、「シンジトーケ」という名前が付けられた。「シンジケート」のもじりと「信じとけ」が掛けられている。なんとも洒落の効いたネーミングだ。語源になったシンジケートには、企業連合の意味合いもある。志あるものが集まって欲しい、その願いが込められているのがよく分かる。「活かせていないだけで、日本の森林はまさに宝の山」と若杉教授が言うように、多くの組織や行政がこのシステムで連合すれば、日本の林業再生も夢ではない。