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2019年07月25日

業界が変わるビジネストレンド

社会課題解決と食の可能性を探るフードテック最前線
──欧米の動向と日本の現在地とは

 2050年には世界の総人口は現在の78億人より3割弱増えて、98億人に達する見込みだ。都市人口は1.8倍、食糧需要は1.7倍となり、放置すれば食糧危機に陥るおそれがある。それにもかかわらず、日本では年間2842万トンの食品廃棄物があり、このうちまだ食べられるのに捨てられている「食品ロス」は年間646万トンに達する(農林水産省及び環境省「平成27年度推計」)。

 こうしたなか、サイエンスやICTをはじめとしたテクノロジーを活用した食の問題の解決や、食の可能性を広げる「フードテック」が世界的に注目を集めている。フードテックには、食品ロス削減や、植物由来の代替肉あるいは細胞培養技術による培養肉をつくり出して食糧危機を回避しようとする社会課題解決型のアプローチと、調理に科学的な手法を取り入れ、家電やネットサービスなどとつなげることで食生活を豊かにしたり、パーソナライズ化するテクノロジー主導型がある。その最前線の動きを追った。

フードテックの背景は社会課題と健康問題

 「フードテック関連のカンファレンスが、アメリカやヨーロッパで盛んに開催され始めたのは2015年頃からです。当初、それらに共通する背景は食を巡る社会課題、特に食品ロスの問題でした。例えば、2050年には地球100億人時代が到来し、より生活に質を求める中産層が増えると肉の消費が増えてタンパク源が不足します。そのため、代替タンパクとして植物由来の肉や培養肉を開発するベンチャーが立ち上がってきました。同時に食が健康に大きく影響することからマルニュートリション(栄養不良)が注目され、所得の低い人ほど食生活が不健康なジャンクフードに片寄りがちであることが問題視されてきました。フードテックの本質的な背景は、このように社会課題と健康問題にあります」と、シグマクシスでディレクターを務める田中宏隆氏は語る。

株式会社シグマクシス
ディレクター
田中 宏隆氏

 田中氏はフードテックに早くから関わってきた。アメリカで始まった「Smart Kitchen Summit」に初めて参加した際、大きな共感を得たとともに、日本人の参加がほとんどなかったことに衝撃を受けたという。田中氏はその場で主催者に日本での開催を持ちかけ、2017年には自身が責任者となりシグマクシス主催での国内開催を実現。「食&料理×テクノロジー」をテーマに、関係企業や料理家、投資家などによるプレゼンテーションやパネルディスカッションのほか、参加者も含めた大型のネットワーキングにより、組織や業界を超えてつながることで、日本ならではのフードテック産業の創出に向けたコラボレーションを展開している。

サイエンス・クッキング普及で調理家電が進化

 フードテックは田中氏の語る社会課題解決型と、食の可能性をICT技術などで広げていこうとするテクノロジー主導型がある。前者はヨーロッパで多く、後者はアメリカで始まったとされる。田中氏は「社会課題解決型のフードテックは欧米ともにありますが、どちらかというとヨーロッパ勢の方が関心は高く、アメリカでは食の多様な価値を追究する動きが多いです」と語る。

 「アメリカで食の革命が起こったきっかけは、2011年に発売された『Modernist Cuisine』という本でした。著者のネイサン・マイアーボールドはマイクロソフト社の最高技術責任者を務めながらシェフになったという方です。彼は、従来のレシピは調理方法の記述が大ざっぱすぎると考え、自ら科学的においしい料理とは何かを研究し、データをベースとしたレシピを集大成しました。これが世界中のシェフたちを驚かせ、調理に革命をもたらし、バイブルとなったのです」

 こうしたサイエンス・クッキングにレシピのデジタル化の流れが重なり、2013年頃からICTを使って調理家電を制御する開発が始まった。Smart Kitchen Summitもその動きから立ち上がったものだ。現在では世界の大手メーカーもICT制御の調理家電開発に乗り出している。

日本のフードテックベンチャーはこれから

 世界では今、さまざまなフードテックベンチャーが生まれている。植物由来の代替肉ではアメリカのビヨンドミートやインポッシブル・フーズが代表だ。培養肉ではアメリカのメンフィス・ミーツ、日本でもインテグリカルチャーが培養肉の開発に成功しているが、いずれもまだコストが高く、実用化までにはもう少し時間がかかりそうだ。

 「私が注目しているサービスは“パーソナライズド・レシピ”です。ユーザーの好み、予算、主義(完全菜食主義者のビーガンなど)、アレルギー、健康状態などの情報からレシピを提案するサービスで、アメリカのInnitというベンチャーが注目されています」と田中氏。

 Innitは食材や好みなどを登録しておくとレシピを提案するだけでなく、レシピをオーブンなどの調理家電に自動入力し、シェフ並みの料理に仕上げてくれる。同社は多くの企業と提携しており、レシピに沿った食材キットをスーパーからネットで取り寄せることも可能だ。

画像はイメージです

 「フードテックでは大手企業がベンチャーに熱い視線を送っています。ベンチャーとのコラボレーションなくして事業が成り立たないからです。Smart Kitchen Summit Japanへの参加者は約300人に達しましたが、フードテックに取り組む日本企業はまだ少ないのが実情です。食の世界は一気に普及しないという現状もあり、回を重ねるごとに各プレーヤーがつながることで、品質の高いサービスを提供する多様な企業が出てくればいいと考えています」

「Smart Kitchen Summit Japan 2018」開催の様子

 とはいえ、興味深い事業を展開しているベンチャーはすでに日本にもあると田中氏は言う。その一つとして、2013年に設立され食品ロス対策に取り組むデイブレイクを挙げた。同社は特殊急速冷凍技術によって、形やサイズの問題などで市場に出せなかったフルーツを冷凍し、一口サイズにカットして商品化した。廃棄されるか二束三文で売られていたフルーツを活かしたわけだ。

デイブレイクが提供するフローズンフルーツ「HenoHeno」

 「世界中の人たちが年間に摂る食事の回数は7兆回です。10%の人たちが100円を追加すれば、70兆円の市場が現れます。これほどポテンシャルを持った市場はありません。今後、食はもっと多様な価値を持ち、単にお腹を満たすだけでなく、心を満たし、人とのつながりを生み、地球の調和を守る最高のソリューションになると思っています。国内でも今年5月に成立した食品ロス削減推進法によって少しずつ意識は変わってきました。しかし、まだ生産工程、飲食店、家庭では対策が進んでいません。カギとなるのは企業側の意識と工夫でしょう」

食品ロスをAIで減らす「需給最適化プラットフォーム」

 田中氏が語った、食品ロスの対策が進んでいない生産工程や流通工程。ここの課題に着目し、AIなどICT技術を活用して食品ロス削減に取り組んでいるのがNECだ。同社は、2018年7月からデータ流通基盤「需給最適化プラットフォーム」サービスの提供を開始。手始めとして食におけるサプライチェーンを最適化することで、食品ロスや廃棄の削減を推進しようとしている。

 「NECは個々のお客さまの課題起点からソリューションやサービスを提供してきましたが、これからはそれに加え、社会課題解決起点も踏まえてソリューションやサービスの提供を推進しています。その一つとして世界的にも大きな問題となっている食品ロスに焦点を当て、今プラットフォームの構築を進めています。この問題は食品業界における製造、卸・物流、小売それぞれのお客さまと一緒に解決するべきものであり、複数のお客さまの参加を得て進めています」とNEC デジタルインテグレーション本部 マネージャーの森田亮一は語る。

NEC
デジタルインテグレーション本部
マネージャー
森田 亮一

 需給最適化プラットフォームは、バリューチェーンを構築する各企業と、需要予測のためのデータを共有・利活用し、AIによって分析、各社に必要な予測データを戻し、生産数や発注量、在庫数などを最適化する仕組みだ。

メーカー、小売、物流にもメリット

 従来は自社が持つデータおよび市販されているPOSデータなどを使い、ベテラン社員のノウハウも併用しながら予測していたが、それでは限界がある。メーカーは小売店の持つ販売データがあれば、余剰在庫を抱えずに適宜必要な量を生産できるし、小売店はメーカーの新商品情報や生産情報があれば的確なタイミングと量を発注でき、消費期限切れの廃棄や返品ロスを減らすことができる。

 需給バランスの最適化ができると、メーカーはつくり溜めをする必要がないので、原材料の仕入れや生産ラインの効率化が可能となり、生産コストの低減、労働力不足への対応、生産設備の省エネルギー化を実現できる。小売業では、発注端末に直接、具体的な推奨発注量が表示されるので、これまで発注業務にかかっていた時間が短縮され、店頭での販売促進や顧客対応を充実できる。そして卸や物流業は、事前に小売からの発注量を把握できるので、配送・配車・ルート計画の精度を上げ、ドライバーの配置やシフトを効率化して無駄を省き、利益も上がる。

 つまり、需給最適化プラットフォームは、単に食品ロスや廃棄を削減できるだけでなく、経営効率を上げるツールでもある。

発注業務の時間が35%も短縮、欠品率は27%削減

 需給最適化プラットフォームでは、日本気象協会(JWA)もパートナーとして参加しており、消費行動に影響を与える気象情報などの因子もAIが取り込んで予測している。

 「現在、バリューチェーンを構築する各プレーヤーのお客さまに参加してもらい、プラットフォームを活用するモデルづくりをしています。まもなく、さまざまな定量的成果を発表できると思います。一つだけ数字を挙げると、ある日配品の出荷予測を、従来自社だけのデータで行っていましたが、そこに小売の販売状況や売価のデータ、さらに気象情報を加えて予測したところ、出荷予測の精度が18ポイントも改善したという結果が出ました」と森田氏は語る。

 昨年、セブン&アイ・ホールディングスは、イトーヨーカドー大森店において、需給最適化プラットフォームを利用した実証実験を行った。同店では、食パン、牛乳、豆腐、冷凍食品などデイリー品を中心に適用した結果、発注業務にかかっていた時間が平均で35%短縮、冷凍食品に限ると42%も短縮した。欠品率は27%減少し、在庫日数も改善した。従来は商品ロスを抑えるために発注量を控える傾向があったが、AIによって攻めの発注ができるようになったと言う。つまり、食品ロスだけでなく的確に発注量を増やして販売機会のロスも削減できたのだ。

 「これまでサプライチェーンは連動しているのに、データは分断されていました。このプラットフォームのコンセプトは需要予測のデータを流通させ、皆さまで持ち合って活用して、社会問題の解決を目指すものです。お互いに隠したいデータもあるでしょうが、一定のルールの下で出し合い、一人勝ちではなくwin-winの協調領域をつくり出すことが重要だと考えています」と森田氏。

 NECは協力企業と共に、データを提供し合うルールづくりにも取り組んでいる。例えば商品名や店舗名などをどこまで公開するのか、すり合わせながらルールをつくり、その成果は一般にも公開される。

 「今後、少なくとも数百社の規模でプラットフォームに参加していただきたいと考えています。さらに、食に限らず、ほかの消費財や工業用の生産材などにも拡大していきたい。すでにアパレル関連企業などからお問い合わせがあります」と森田氏は語る。

 フードテックは世の中から食品ロスという無駄をなくすだけでなく、企業の経営効率も高め、同時に食の可能性を広げてくれる画期的なツールになりそうだ。

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