本文へ移動

フィンテックとレグテックの本質は、信頼と関係性から見えてくる
〜FIN/SUM Fintech & Regtech Summit 2019レビュー〜

 キャッシュレス化の加速も伴い「フィンテック」はこれからの経済を考えるうえで無視できないものとなっている。新たな経済サービスが登場することで、テクノロジーを駆使し煩雑な規制対応を効率化する「レグテック」もまた重要になるだろう。今後、テクノロジーは「金融」と「規制」においてどのような役割を果たしうるのだろうか。そして、人と人の関係性や社会はどう変わっていくのだろうか。9月に開催された金融とテクノロジーのカンファレンス「FIN/SUM Fintech & Regtech Summit」(以下、FIN/SUM)で行なわれたいくつかのセッションを振り返り、フィンテックとレグテックの本質に迫る。

フィンテックが求める「信頼」

 日本経済新聞社と金融庁が開催している金融とテクノロジーのカンファレンスFIN/SUMが今年も開催された。今年のFIN/SUMの代表的なセッションを振り返ってみると、フィンテックとレグテックどちらにおいても「信頼」や「価値基準」の更新が求められていることがわかるだろう。それは企業と顧客/企業と社会/市民と社会など、あらゆる「関係性」を見直していくことでもある。事実、単に新たなテクノロジーやサービスの可能性だけを謳うセッションは少なく、どのセッションにおいても社会や行政、地域との関係性を念頭に置きながら議論が進められていた。

 「信頼」が重要なキーワードとなったのは、とりわけフィンテックの領域だ。さまざまなデジタライゼーションによって従来の「オフライン」空間が消失していくことを表す「アフターデジタル」なる概念をめぐるセッション「『アフターデジタル』で変わるキャッシュレスの世界」でも、「信頼」は重要な役割を果たしていた。

 登壇者のビービット東アジア営業責任者・藤井 保文氏は「アフターデジタル」の提唱者であり、中国・上海を拠点に活動している。藤井氏はアリババやテンセント、平安保険に代表される中国企業の活動に触れながら、アフターデジタルの世界では企業と顧客のコミュニケーションが変わっていくと述べる。

 「日本ではデジタルが“付加価値”を生むものだと思われますが、完全なオフラインがなくなるとつねにデジタルが当たり前の状況になります。むしろリアルこそが豊かな“付加価値”を生むものになっていて、これまで製品販売を行なっていたメーカーの多くもデータを活用した良質な体験の提供に取り組んでいます」

 そう藤井氏が語るとおり、いま中国では顧客の行動データをうまく活用できる企業でなければ生き残ることは難しくなっているという。重要なのは、あくまでも顧客に優れた体験を与えることが目的であり、デジタライゼーションそのものは手段でしかないことだ。同セッションに登壇したロイヤルホールディングス代表取締役会長・菊地 唯夫氏も、自社の経営する飲食店のデジタライゼーションを進めていくなかで同じことを感じたと語る。

中国で活動するビービットの藤井氏(写真右)の紹介する中国企業の考え方は、来場者に衝撃を与えた

 「支払い方法を変えて従業員の現金処理を減らすだけでも、大きな効果がありました。デジタルによって従業員のストレスがなくなることで、よりお客様とコミュニケーションをとる時間を増やせる。付加価値を高められることに気づいたのです」

 顧客のデータ活用と言われると、ついデータをマネタイズする方法ばかり考えてしまうが、それだけでは顧客の「信頼」を失ってしまう。藤井氏が「中国の企業は、集めたデータをきちんと顧客のために使わなければ“不義理”だと考えているんです」と語るように、自社のためだけにデータ使っていれば顧客との関係性は悪化してしまうだろう。信頼を獲得できる良質な経験を生み出すことこそがこれからは重要なのだ。

FIN/SUMは、日本経済新聞社と金融庁主催によるカンファレンス。日本経済新聞にも多くの紹介記事が掲載された

生まれ変わるエコシステム

 今回のFIN/SUMでは「セキュリティ」や「ポイント投資」など、さまざまな側面からフィンテックについて語られた。それぞれテーマは大きく異なっているものの、どのセッションでも「関係性」は重要な論点のひとつに位置づけられる。

 たとえば顧客の信頼を維持するセキュリティの現在を知るためのセッション「フィンテック時代の企業経営とサイバーセキュリティ」には、キャッシュレス決済サービスで知られるOrigam代表取締役社長・康井義貴氏や、デジタルハーツホールディングス代表取締役社長CEO・玉塚元一氏ら計4人のゲストが登壇。フィンテック時代においてはこれまで以上にセキュリティの重要性が高まっており、その対策方法も多様化していることが明らかにされた。

 康井氏は自社のセキュリティ強化を通じてセキュリティに関するリテラシーを向上させる必要性を説き、玉塚氏は自身が手がけるサービスのように“第三者”の検証によるセキュリティ強化を説く。そしてJapan Digital Desigの楠正憲氏はセキュリティをめぐる「エコシステム」そのものが変わる必要があると語る。

サイバーセキュリティをめぐるセッションでは、セキュリティビジネスの多様化が感じられた

 「サイバーセキュリティには、現場だからこそ貯まっていく経験値があります。だからこそ単にお金を払って強引に人を集めるのではなく、エンジニアという生身の人間に対してリスペクトをつくっていくことが情報サービス産業の成長につながるはずです」

 従来の製造業では「職人」の存在が尊重されてきたのに対し、なぜかソフトウェア産業や情報産業においては生身の人間が「人材」としてモノのように扱われることも少なくなかったという。急速に進化・変化していくテクノロジーに対して臨機応変に対応することが求められるセキュリティ業界だからこそ、いまいちど人と人の関係性を見直して健全なエコシステムをつくっていく必要があるのだろう。

 こうしたエコシステムの再建は、「ポイント投資」のような領域においても求められているといえるはずだ。SBIネオモバイル証券代表取締役社長の小川 裕之氏やauアセットマネジメント代表取締役社長の藤田 隆氏ら、4人のゲストが登壇したセッション「人生100年時代の救世主!? 〜ポイント投資の侮れない実力」では、「ポイント」が新たな投資の場として機能していることが明らかにされた。

ポイント投資をめぐるセッションでは、近年は投資に興味をもつ女性や若年層も増えていることが明らかにされていた

 登壇者陣のサービスは、すでに多くの人々がなんらかの形で保有している「ポイント」を活用することで気軽に投資に挑戦できるもの。従来の「証券」や「投資」にまつわるイメージを刷新し、ポイントという新たなエコシステムを導入することで投資と人々の関係性も組みなおされていくのかもしれない。

 こうした変化を見据え、藤田氏は「20〜30代の人々は過半数が投資に興味をもっているといわれるが、証券人口がなかなか増えない。それは試せる場所が少ないからだと思います」と語る。「たとえばかつてATMは銀行にあるものと考えられていましたが、コンビニに導入されたことで生活のなかへ自然にATMが入ってきた。人々の導線が変わったわけです。わたしたちも、生活の延長線上にいつの間にか投資がかかわってくるような環境をつくらなければいけないのかもしれません」

 「ポイント」が重要なのは、それが単に新たな「お金」として機能するからではないだろう。さまざまなサービスとつながりながら、従来のお金とは異なったかたちで人々との関係性がつくられるからこそ、そこには豊かな可能性が眠っているのだ。

登壇者のスライドは刺激的な内容も多く、とっさにカメラを向ける来場者も少なくない
FIN/SUMの期間中にはビジネスコンテストも開催されていた

新たなガバナンスは可能か

 かように、フィンテックにまつわるセッションではさまざまな側面から「信頼」や「関係性」に関する議論が行なわれていた。この流れは、国や行政など多くのステークホルダーが関与するレグテックにおいてより一層顕著なものとなる。

 金融庁フィンテック室長の三輪 純平氏や信金中央金庫の須藤 浩氏らが登壇した「社会実装のためのレグテック〜イノベーションフレンドリーな規制対応を〜」においては、企業のみならず地域も含めマルチステークホルダーの運営を実現する新たな「ガバナンス」の可能性が示唆された。多くのステークホルダーが参加すればするほど、それをまとめていくことは難しくなる。しかし、領域を超えるからこそさまざまなデータや取り組みが組み合わさる可能性も生じることも事実だろう。

レグテックのセッションには、金融庁のフィンテック室長から情報学者、信金中央金庫理事まで、幅広い登壇者が参加した

 10年以上前から、情報銀行などデータを活用した新たな経済活動の可能性について議論してきた生貝氏は次のように語る。「海外ではテック企業がスマートシティのプロジェクトに携わることもありますが、地域のデータはマルチステークホルダーの枠組みのなかで使われなければいけないでしょう。日本でどんな機関がそれをできるのか考えると、信用金庫のもつ全国ネットワークには豊かな可能性があるように感じます」

 そしてまさに信金中央金庫でそのネットワークを活用せんとする須藤氏は、「地域こそ新たな取り組みを行なう必要があると思います」と語る。「日本経済のもつ課題に真っ先に直面しているのは地域ですから。特定の企業だけでデータを囲い込むのではなく、地域の活性化につなげていくようなエコシステムをつくっていくことが重要です」

 須藤氏の発言を受け、生貝氏は「地域の公共機関や交通機関、デジタルプレイヤーなどがもっているさまざまなデータを組み合わせることでより豊かな取り組みが可能となるはず。分野を超えた連携を生んでいくためにも、新たなガバナンスのつくり方について議論する必要がありそうです」と応答。フィンテックと同様、レグテックもただテクノロジーについて語るのではなく、人と人や機関と機関をいかにつないでいくかが問われているのかもしれない。

 「信頼」「関係性」「エコシステム」「ガバナンス」──今年のFIN/SUMを彩ったいくつかのキーワードは、フィンテックやレグテックが新たなテクノロジーとしてもてはやされる時代が終わり、実装の時代へ向かっていることを示唆している。次なる「金融」や「規制」について考えることは、「テクノロジー」について考えることではない。それはあくまでも人と人の関係性やコミュニケーション、社会について考えることなのだとFIN/SUMは教えてくれた。