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「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」レポート

社会を変革するテクノロジー「量子コンピュータ」の現状と未来

超電導量子アニーリングマシン(モックアップ)
※これは、国立研究開発法人新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の委託業務の成果を一部活用しています。

 最先端のテクノロジーとして注目を集める量子コンピュータ。開発の現状や未来の展望はどうなっているのか。「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」では、「テクノロジーの未来予測と量子コンピュータへの期待」と題して、最新のトピックスが紹介された。

量子コンピュータ技術の開発は大きく3つの流れに

 今年10月、Googleが開発中の量子コンピュータを用いて、世界最速のスーパーコンピュータでも1万年かかる計算をわずか3分20秒で処理することに成功したとの報道が話題を集めた。この件に関して、専門家の間で論争はあるものの、もし本当であれば量子コンピュータ開発における大きな進歩と言えるだろう。

 Googleが取り組んでいる量子コンピュータ技術は「量子ゲート方式」と呼ばれる。これはコンピュータのビット(情報単位)を量子ビットに置き換えることで処理を高速化する方式で、従来のコンピュータの上位互換機になると見込まれている。しかし、実現に向けては様々な課題があり、今回の発表を受けても「実用化はかなり先のこと」とみられている。

 これに対し、「実用化は比較的近い」と言われ、実証レベルでいくつもの成果が報告されているのが「量子アニーリング方式」である。この方式の開発で代表的なのがNECだ。同社は量子コンピュータのキー・テクノロジーとなる超電導素子による量子ビットの動作を世界で初めて実現するなど取り組みの歴史は古く、2023年までに量子アニーリングマシンの実用化を目指している。

 また、「量子アニーリング方式」と同じアルゴリズムを、最新のデジタルによって模倣する「シミュレーテッドアニーリングマシン」も近年活発に研究が行われている。

 今回、NECは量子アニーリングマシンだけでなく、ベクトルコンピュータを利用した「シミュレーテッドアニーリングマシン」への取り組みを新しく発表した。

「アニーリング方式」は難解な「組合せ最適化問題」が得意分野

 量子アニーリングマシンやシミュレーテッドアニーリングマシンは、「組合せ最適化問題」の解決が得意とされている。

 「組合せ最適化問題」とは何か。例えば、物流の場合なら、運転手、トラック、荷物をどのように組合せて、どこの地域からどういう経路で配達することが、リソースなどの条件を考えた上で最適となるのかという問題がある。考慮すべき要素は「運転手のスケジューリング・人件費・適正労働」「トラックの燃費」「個々の荷物運搬の緊急性」「配達時間・渋滞回避」など無数にあり、荷物全体の最適な配送方法を導き出すことは極めて困難になる。

 同様の組合せ最適化問題は製造・商品開発、SI(システムインテグレーション)、EC(電子商取引)・広告、防災、金融、医療・製薬・化学、街づくり・交通網管理など企業活動、社会インフラの運営・管理の様々な分野で発生する。それぞれの企業ごと、業務を最適化するために考慮しなければならない個別の要件は無数にある。

 こうした問題は、従来はベテラン技術者などが経験や勘に基づいて対処するケースが多かった。「ビジネスのグローバル化などで業務の規模や業態が著しく変化することで、その運営管理がケタ違いに複雑になりました。さらに少子高齢化の進行で、ベテラン技術者が大量にリストラした後、いかにスムーズな世代交代ができるかが課題です。われわれは、社会や企業でこれからさらに要請が大きくなっていく最適化・効率化という課題の解決策を、量子アニーリングマシンの活用によって探っていくつもりです」と東北大学大学院 情報科学研究科 特任助教の観山 正道氏は強調する。

東北大学大学院 情報科学研究科 特任助教 観山 正道 氏

量子アニーリングマシンの活用は「解決したい問題の抽出」が重要

 パソコンユーザーが、コンピュータの原理的な仕組みを知らなくても何不自由なくパソコンを使えるように、量子コンピュータも難解な量子物理学の知識がなくても使うことは可能だ。それでは本格的に実用化した際の企業側の活用方法とは何か。

 「大切なことは『何をやりたいか』の明確化、つまり解決したい問題の抽出です。それをアニーリングマシン特有のモデル化をしてマシンに入力するのですが、現段階ではそこの部分は少し難しいので専門的なエンジニアを頼ればいいのです」と観山氏は話す。

 企業にとって量子アニーリングマシン活用のカギとなる「問題の抽出」に関しては、「現場での状況把握」などが重要なポイントとなりそうだ。観山氏がデンソーと共同で実証実験を行った「工場内無人搬送車の運転制御」で、モデルの指針を見つけるきっかけとなったのは同社の工場見学だったと言う。

 「作業員への安全対策や、無人搬送車同士の接触回避などのための配送車の停止時間が意外に長いことに気がつきました。交差点での待ち時間の発生を抑えるために、経路を分散させる必要があると気づいた訳です。1台ごとに複数の候補経路を従来のパソコンで用意し、各搬送車が『この道を選ぶか、あの道を選ぶか』について、全体として待ち時間を減らす方向で全体最適化をする、これが今回のケースにおいて抽出できた組合せ最適化問題です。これを解くことで、『搬送車数をもっと減らす』という目標を達成することを期待したのです。論文よりも現場での着想が、検討のスタートになることがあります」と観山氏。

 企業における業務は、現場ごとに必要要件が違うと言えるほど複雑で多様なものだ。日々現場で継続的に業務を続ける従業員にしか感じ取ることができないポイントもある。量子アニーリングマシンは、ただ1つの”最も優れた解”のみを導き出すのではなく、”そこそこ良い解”を複数出すことができる仕組みからも有用性は際立っている。

 また、「必要となるモデル化の作業というのは、従来私たちのようなエンジニアがお客さまと一緒に行ってきた要件定義作業のことです。量子アニーリングマシンの場合でもこの部分は変わりません。作成したモデルを処理するために、使えるエンジンとして新たに量子アニーリングマシンが加わるということです。つまり、従来のコンピュータで処理するのか、量子アニーリングマシンで処理するのか、どちらが適切かを判断する作業が1つ加わるだけです 」とNEC先端SI技術開発本部シニアエキスパートの大崎隆夫は解説する。

NEC先端SI技術開発本部 シニアエキスパート 大崎 隆夫

量子コンピュータは社会課題解決の1つのアクセラレータ

 NECは、量子アニーリングマシンを主軸とした量子コンピュータ技術の開発を続けている。2014年に、安定的に高感度で読み出しできるパラメトロンと、量子ビットを融合させることに世界で始めて成功。NEDO、産業技術総合研究所などと連携して、2023年ごろの本格的な実用化を目指している。

 同社取締役執行役員常務兼CTOの西原基夫は次のように訴える。「NECは社会価値創造への取り組みとして、『NEC Safer Cities』と『NEC Value Chain Innovation』の2つを基礎に安全・安心・効率・公平な社会の実現を目指した企業活動に注力しています。2050年には世界の人口が1.3倍、都市人口が1.6倍に増加するとみられ、地球温暖化や食料需給など社会課題が深刻化・複雑化していくでしょう。SDGsに掲げられた問題解決の観点から、すべての人や企業にとって最善となる諸問題の解決法を探るには、量子アニーリングマシンのような次世代先端技術を活用した迅速な処理が有効と考えています」。

NEC取締役執行役員常務兼CTO 西原 基夫

 さらに、西原は「シミュレーテッドアニーリングマシン」の開発について言及。「この方式は、NECが独自に開発を続けてきた『ベクトル型スーパーコンピュータ』のノウハウを生かせるという強みがあります。将来的には顧客企業や社会のニーズに合わせ、問題の規模が全結合で10万量子ビット相当で対応できます。処理時間に1秒以下のリアルタイム性が求められるものは量子アニーリングマシンで、さらに大きな規模の問題で、しかし処理時間は数分レベルかそれ以上でかまわないものはシミュレーテッドアニーリングマシンで、という具合に使い分けることが理想です」と力説する。

 また、同社はアニーリングマシンの開発が、実用化がまだ先とみられている汎用量子コンピュータの開発促進にも寄与すると考えている。量子ビットの集積技術は汎用量子コンピュータにとっても重要な技術であり、アニーリングマシンのために開発した集積技術に加えて、一部のアルゴリズムを適用できるためである。

 「複雑化する社会課題を一つのアーキテクチャで解決することは困難です。問題を因数分解して、複数のアーキテクチャを適材適所で組合せるハイブリッド活用で解決する必要があります。例えば、量子アニーリングマシンを『組合せ最適問題』を解くためのアーキテクチャとして活用するなどです。最新技術をアクセラレータとして組み込みながら、社会課題を解決していくために、NECはバラエティーに富んだコンピューティングを用意することが重要だと考えています。お客さまのニーズに最適なソリューションを提供することがNECの使命です。量子コンピュータは、これまでの社会を変革する画期的な技術であり、お客さまにはぜひ、”無理難題”と思えるほど大きな課題を出していただき、そのソリューションにチャレンジしていきたい」と西原は語る。

 これまで人の勘や経験に依存していた作業や、従来のコンピュータでは実現が難しいとされていたようなことが、量子アニーリングマシンの活用で解決が図られるようになる。特に「組合せ最適化問題」なら、企業でもすぐに活用できると言える。

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