2019年12月12日
「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」レポート
セブン銀行がめざす、新しい「プラットフォーム」としてのATM
世界中でキャッシュレス化が進めば、ATMも不要になると考える人は少なくないだろう。しかし、セブン銀行はそう捉えていない。同社はNECのもつAIやDigital KYCなどの先端技術を搭載した次世代モデル「ATM+」を2019年9月にNECと共同発表した。社会のインフラとも呼べるレベルまで普及したATMは、この先どんな進化を遂げうるのだろうか? 去る11月7日にセブン銀行 執行役員 ATMソリューション部長・深澤孝治氏がユーザーフォーラム&iEXPO2019で行なった講演からは、ATMが新しい「プラットフォーム」として社会を支える未来が見えてきた。
”社会インフラ”が生まれ変わる
いまやATMは、立派な社会インフラだ。銀行や商業施設、コンビニ、駅……あらゆるところにそれはあり、わたしたちは24時間365日好きなときにお金を引き出せる。しかし、近年世界中で加速するデジタル化とキャッシュレス化の波に飲み込まれ、ATMはいま大きな変革を迫られている。
「わたしたちはATMを”サービスプラットフォーム”へ進化させたいと考えています。デジタル化が進んだとしても、リアルチャネルを介してサービスを提供するプラットフォームの需要はあるはずです。これまでもATMはお客様の行動やライフスタイルの変化に応じてつねに変わってきましたから」
2001年のセブン銀行開業時から同社に携わり、現在ATMソリューション部長を務めている執行役員の深澤孝治氏はそう語る。約20年にわたってATMの発展と普及に尽力してきた深澤氏は、つねに「変化」を大切にしてきた。去る11月7日にC&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019で行われた深澤氏の講演「セブン銀行のATMビジネスの変革への挑戦」は、同社のこれまでを概観すると同時に次なる変化を予見するものでもあった。
深澤氏の語るとおり、「コンビニのATM」として始まったセブン銀行のATM事業は時代に合わせて変化しつづけてきた。そのネットワークは徐々に広がっていき、現在は25,000台以上からなる国内有数のATMプラットフォームを形成している。国内の金融機関615社と提携し、事業領域も拡大。近年はマネー・ローンダリング対策や口座開設業務といった事務業務を外部企業から委託することもあるという。さらには国内のみならず海外事業も進んでおり、アメリカのFCTI社やインドネシアのATMi社といった企業と提携し、とくにアメリカではすでに12,000台を超えるATMが展開されている。
既存のATMからの逸脱
「提携機関やサービス領域は拡大しているものの、一台あたりの平均利用件数がピークから減少しているのは解決すべき課題でした」と深澤氏は語る。「だからこそ、この数年間は新たなサービスを提供し、これまでにないATMの利用スタイルを提案しています」
事実、同社は2017年3月からほぼ半年おきに新たな取り組みを発表してきた。まずはスマートフォンとATMを紐付けるサービスを提供し、2017年8月にはPayPayやLINE Payといった近年規模を拡大している新たな決済事業者と次々に提携。その後2018年5月にはATMを使った金銭の受け取りを可能にし、同年10月にはSuicaやPASMOといった電子マネーのチャージをATMで行えるようになった。
深澤氏が「チャージが可能となったことで、最近は街なかのチャージスポットとしてご利用いただける機会も増えています。結果的に認知も広がり、利用件数も向上していますね」と語るとおり、同社のATMの特徴は既存の「ATM」からはみ出していることにあるだろう。たとえば送金サービスでは企業が個人の口座番号などを管理することなく返金や謝礼、キャッシュバックなどを行えるようにしている。とりわけ最近はシェアリングエコノミーのサービスから発生した報酬や少額保険の受け取りにも使われているという。これまでATMは単なる入出金だけに使われることが多かったが、セブン銀行はコンビニという空間をも巻き込みながらATMのあり方をみずから更新しつづけてきた。
こうした変化の根底に流れているのが、「いつでも、どこでも、だれでも、安心して」を追求する姿勢だと深澤氏は語る。「わたしたちのATMは、一度開発してつくったら終わりではないんです。環境の変化に合わせて細かな部分も日々改善しています」
主要システムの2センター化や自律復旧機能の強化によって止まらないATMを実現し、ユニバーサルデザインを取り入れることではじめての利用者や高齢者、外国人でも使えるサービスをつくる。あるいは警備会社や警察と連携した監視システムを築き、センシング技術の活用によって金融犯罪への対策も怠らない。この姿勢を崩さないからこそ、セブン銀行は新たな挑戦をつづけてこられたのだといえよう。
先端技術の導入が意味するもの
かくしてATMを拡張してきたセブン銀行がNECのテクノロジーを活用して開発したのが、今年9月に発表された新型モデル「ATM+」だ。これまでも性能向上やサービス改善のためにたびたびモデルチェンジは行われてきたものの、今回の更新はこれまで以上の大きな飛躍を可能にするものだという。
「社会のデジタル化が進んでいるとはいえ、そこから取り残されてしまう人は少なくないはずです。スマートフォンだけで完結するサービスが増えたとしても、セキュリティや操作に不安を覚える人もいるでしょう。誰一人取り残さない社会をつくるために、ATMが活用できるとわたしたちは考えました。お客様の生活をより便利にする”サービスプラットフォーム”をつくれるのではないか、と」
深澤氏がそう語るように、とくに少子高齢化の進む日本ではデジタライゼーションについていけない高齢者が増えていくことも予想される。たしかにデジタルサービスは便利だが、だからといってそれを使いこなせない人を無視すれば社会のなかに新たな分断が生まれてしまうだけだ。だからこそ、ATM+はサービスプラットフォーム化することでリアルとデジタルをつなぐ重要な接点となろうとしている。
これまで以上に使いやすさを追求しているのも、あらゆる人が使えるものを目指すからだ。2画面を採用したわかりやすいインターフェースをはじめ、車椅子の人でも違和感なく使えるよう機器の位置を調整しユニバーサルデザインを徹底追及。ドリンクホルダーや杖置き、荷物掛けなど「ATM」とは思えぬほど充実した設備を整えているのは、もはやそれが旧来的な意味での「ATM」ではなくなっていくことを示してもいる。
サービス領域が広がることで、これまで以上に安心・安全が求められるのも確かだ。だからこそセブン銀行は「NEC the WISE」の提供するAIやIoTといった先端技術をとりいれ、より止まらないATMを目指しているという。AIとIoTを組み合わせることで、現金需要やATM故障を予測。さらには金融犯罪行為を自動検知するとともに、コールセンターで24時間365日モニタリングを行なうことで徹底的な防犯対策をとっている。
生活をつなぐプラットフォーム
ATM+に実装されているNECのテクノロジーは、AIとIoTだけではない。今回新たに導入された「Plusエリア」と名付けられた装置はパスポートや免許証などさまざまな本人確認書類の読み取りに対応しており、NECの顔認証技術と組み合わせることでさらなるサービスの拡大が予定されているという。
まず現在実証実験が始まっているのは、顔認証を用いたセブン銀行の口座の開設サービスだ。10月28日から実験が始まっているこのサービスでは、通常煩雑で必要書類も多い作業を簡略化し、免許証と顔認証だけで口座開設を可能にするもの。こうした実証実験を通じ、同社はATMによる本人確認に取り組もうとしている。
その活用が期待される領域はじつに多様だ。顔認証だけであらゆる支払いが可能になるかもしれないし、各種チケットの発券や保険の加入、あるいは顔認証によるヘルスケアサービスが実現する可能性もあるという。さらにはATM同士のつながりを利用し、ATMへの地震計設置による防災対応や高齢者・児童見守りのネットワークが生まれるかもしれない。
「ATMは口座からお金を出し入れする機械ではなくなると思うんです。これはさまざまな側面から生活を便利にしてくれるプラットフォームなんですよね」と深澤氏は語る。たしかに、ATMを銀行や口座という固定観念から解き放ち、高度な顔認証とAIが実装された機械と捉えなおせば、できることはどんどん増えていく。しかも、その端末は全国に2万台以上あり、ネットワークによってつねにつながっている。深澤氏が「社会におけるATMの位置づけを変えていきたいと思っています」と語るように、20年かけて構築された社会インフラが大きなモデルチェンジを迎えようとしているのだ。
「いまはATM+を発表したばかりなので、まずは展開の拡大を目指していくつもりです。社会に行き渡ったところで、新たなサービスを展開していけたらと。今後は自社だけではなく、提携企業のみなさまともどんどん挑戦していきたいんです。”本人確認”と”情報発信”と”現金入出金”ができるプラットフォームを使うことで、どんなことができるのか。みなさんと一緒に考えていきたいと思っています」
そう語り、深澤氏は講演を締めくくった。セブン銀行の築き上げたATMのネットワークは広がり、新たなプラットフォームへと姿を変えようとしている。そこに組み込まれているのはATMだけではない。同グループが手掛けるコンビニやスーパーなど実店舗もつながっていくとすれば、そこにはかつてない規模でリアルとデジタルをつなげる場が生まれていくだろう。それは高齢者や観光客も含めどんな人々も利用できるインクルーシブなプラットフォームでもあるはずだ。ATM史上最大の変化が、いままさに起きようとしている。