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「C&Cユーザーフォーラム&iEXPO2019」レポート

顔認証によるワクワクの旅行体験が、南紀白浜にもたらしたもの

 年間340万人が訪れる観光地・南紀白浜。ここでは、顔認証技術を活用した「IoTおもてなしサービス実証」を行っている。空港に降り立ったときのWelcomeメッセージに始まり、ホテルのチェックイン、滞在時の客室のカギの開け閉め、アミューズメント施設の入園、お土産の買い物に至るまで、複数の施設のサービスを「手ぶら」「キャッシュレス」で利用できるのだ。実証開始から約10カ月、白浜を訪れた人々にワクワクする新たな旅行体験を提供することが、どのような地域の活性化につながっているのか。ここでは出始めた成果や成功のポイント、未来に向けた展開について紹介したい。

顔認証技術で新しい旅行体験の提供を目指す

 少子高齢化が進む日本では労働力人口が年々減少する一方、東京をはじめとする大都市への人口集中が加速している。この影響を大きく受けるのが地方都市だ。

 そうした中、先進的な取り組みで注目を集めている地域がある。和歌山県の南紀白浜エリアである。観光客やビジネス客の満足度向上などを目指し、2019年1月から「IoTおもてなしサービス実証」を行っている。

 サービス実証の起点になるのは、地域の空の玄関口である南紀白浜空港だ。顔情報とクレジットカード情報などを事前に登録しておけば、顔認証によりホテルの客室の解錠、商業施設でのショッピングや飲食店利用時の決済などを「手ぶら」「キャッシュレス」で行える。便利で快適なだけでなく、鍵や財布をなくす心配もない。施設単体ではなく、複数の施設が連携し、エリア全体で顔認証サービスを受けられる取り組みは、国内でも類を見ない先進的な取り組みだ。

図1:南紀白浜エリアで行われている「IoTおもてなしサービス実証」

南紀白浜の”地域の課題あるある”

 なぜ南紀白浜がこの取り組みを進めるのか。その背景には、地域が抱える切実な課題がある。紀伊半島南西部に位置する白浜町は、その名の通り白砂のビーチが人気で、夏には海水浴客で賑わうが、関西の観光客が中心で日帰りが多い。人口減少率も高く、現在の人口は約2万人。町民の所得水準も高くないという。

 「白浜町は、いわば日本が抱える地方課題の縮図です。ビジネス客はおらず、夏だけはにぎわうもののそれ以外の季節は閑散としてしまう。しかし、地域に活気をもたらす手段は必ずあると考えていました。この地域は日本三古湯の白浜温泉や世界遺産の熊野古道など、観光資源が非常に豊富にある。国内の注目度は決して高いとはいえませんが、観光地、リゾート地として世界的には高く評価されています。このギャップこそ、大きなポテンシャルだと思っていました」と、話すのは南紀白浜空港を運営する南紀白浜エアポートの岡田 信一郎氏だ。

株式会社南紀白浜エアポート
代表取締役社長
岡田 信一郎 氏

 東京からは飛行機で1時間の距離。空港も町の中心部にあり、アクセスがいい。地域には南海トラフ地震対策と観光振興を目的とした「耐災害ワイヤレスメッシュネットワーク」が整備され、ビーチにはWi-Fi環境も整っている。NECのグループ企業をはじめ、ICT企業も南紀白浜へ進出・集積しつつある。

 「このメリットを活かし、南紀白浜を日本最先端の”IoTの聖地”にしたい。IoTによる地域全体のおもてなし拡充による利用者満足度の向上、地域の観光政策や産業政策と歩調を合わせた誘客および地域活性化を図る『空港型地方創生』を目指しました」と岡田氏は話す。

南紀白浜の観光資源の1つである熊野古道

新体験を求め、観光とビジネスの両面で来訪者が増加

 サービス実証は全国から大きな関心を集め、利用者の反響も大きい。サービス実証に初期段階から参加する、「ホテルシーモア」などを運営する白浜館の中田 力文氏は次のように述べる。

 「ホテルに着くと、顔認証により、どのスタッフでも常連様のように、お客様をお名前でお呼びするおもてなしができます」

株式会社白浜館
代表取締役社長
中田 力文 氏

 観光客の宿泊は休日に集中しやすく、ホテルは月曜から木曜の稼働率の安定が課題だったが、実証実験に参加してから、この期間の稼働率も上昇に転じた。「観光だけでなく、ビジネス客も増えている。観光とビジネスの両輪による稼働率向上を実感しています」(中田氏)。今では顔認証の仕組みを備えた部屋を希望する宿泊客もいるという。

 ビジネス客は観光客よりも長期滞在するケースも多い。「海の幸、山の幸に恵まれた南紀白浜には、おいしい料理を出すお店がたくさんあります。お客様にそういうお店を紹介し、ホテルだけでなく街に出ていただくことで、地域の魅力を知ってもらって街全体の活性化につながると考えています」と中田氏は語る。

実証実験対象のホテルの一室。白浜の素晴らしい海が見える

 6頭のジャイアントパンダを飼育展示する動物園、水族館、遊園地が一体になったテーマパーク「和歌山アドベンチャーワールド」も、サービス実証の参加により顔認証でチケットを購入し、スマートな入園が可能になった。その運営会社であるアワーズの山本 雅史氏は次のように述べる。

 「顔認証で入園されるお客様には一般ゲートとは別にVIP用のゲートから入園していただいています。VIP感があると喜んでくれるお客様が多い。和歌山アドベンチャーワールドの来園者は年間約100万人。この新しい顧客体験を来園者全員に提供できるようにしたいと考えています」

 さらに、将来的には顔認証を活用した新しい顧客体験の提供も検討していきたいという。「今は、『パンダが好き』『お誕生日』といったお客様の好みやニーズなどの情報を、スタッフは知らない状態で対応をしなければなりません。それらの情報を顔認証でひも付けられたら、お客様にもっと価値を提供できるようになるかもしれません。ほかにも、顔認証技術はお客様の笑顔を捉えることもできるので、それをデータで見える化し、ヒートマップやタイムラインで捉えることができれば、『どういうお客様が、何に感動し、どこで笑顔になるのか』を詳しく理解することができます。大切なことはテクノロジーを活用し、先のビジョンを描くこと。お客様に笑顔になっていただくために、私たちはどんなサービスや価値の提供を図るべきか。今後の事業展開を考える上で、お客様の笑顔の見える化は貴重な情報になるでしょう」(山本氏)。

株式会社アワーズ(和歌山アドベンチャーワールド運営)
代表取締役社長
山本 雅史 氏

 エリアの一体感も高まったという。「空港やホテルと同じように、お客様は顔認証で和歌山アドベンチャーワールドにも入園できる。施設・事業者の違いを意識することなく、新しい体験を提供できるため、地域とのつながりが一層強くなったのを実感しています。参加する事業者が増えれば、新しい体験をより多くの場所で提供できるようになり、南紀白浜のブランディング効果がより大きくなるでしょう」と山本氏は話す。

 空の玄関口である南紀白浜空港も大きな成果を上げている。南紀白浜空港と羽田空港を結ぶ1日3往復の便の搭乗率は過去最高の昨年と比べても10~15%増で好調だという。「10月からは機材が大型化したと同時に運賃も片道1万円ちょっと(早期予約割引で約7000円~1万3200円)からと大幅値下げとなり、東京から白浜が圧倒的に近くなった。空港に到着して、ウェルカムメッセージが自分の名前入りで表示されるのを見て、思わずニッコリするお客様も多い。『体験として面白いし、温泉・ビーチでは特に便利』『複数施設の利用が顔認証だけで済むのは驚き』といった声も寄せられています。ビジネス客も増えており、空気感が明らかに変わりました」と岡田氏は話す。

アドベンチャーワールドのイルカショー。スタッフも観客も笑顔

IoTの力で、地域住民がより便利で快適なまちづくりを

 サービス実証は参加する事業者にメリットをもたらしたばかりでなく、地域で働く人の意識も変えた。「最先端のIoTテクノロジーで地方創生に取り組むトップランナーだ」という誇りを持てるようになったからだという。またホテルシーモアで働く数名の外国人スタッフが先進的な取り組みに感銘し、それをSNSで発信。この情報が拡散し、ロシア、中国、ベトナム、インドネシア、台湾など海外からの観光客増加につながっている。「働く従業員も含めた、輪を広げていくことが大きなポイントになることを実感しました」(中田氏)。

ホテルシーモアの外国人スタッフ。積極的な情報発信を行っている

 参加事業者も広がりを見せている。南紀白浜空港内レストラン「スカイアドベンチャー」、同空港内店舗「福亀堂」、観光名所の「三段壁洞窟」、「南紀白浜ゴルフ倶楽部」と「明光バス」が2019年10月から新たに参加した。

 「現在はサービス実証という形ですが、できるだけ早く本格展開に移行したい。空港に着いたら、空港内でホテルのチェックインを済ませ、ホテルに寄らずにそのまま観光する。もっと観光に時間を取って、この地域を楽しんでいただく。そんな旅行体験を実現できる日も遠くはないはずです」と中田氏は前を向く。続けて岡田氏も「ただ”便利”というだけでなく、南紀白浜を訪れる方々の笑顔、ワクワク感、特別感といった付加価値を今まで以上に提供していきたいですね。これからも、まずはやってみることで成功体験を積み重ねていきます」と先を見据える。

 2021年7月には「降りた瞬間に非日常感・エキサイトメントが高まる空港」をテーマにした南紀白浜空港の新ターミナルが竣工予定だ。地元の木材をふんだんに使った”和モダン”風の開放的な造りである。新ターミナル竣工を見据え、国内・国際線の航空ネットワークの拡充にも取り組んでいる。既にロシアの旅行代理店と提携し、誘致活動を積極的に展開。ウラジオストク国際空港と路線開発に関する戦略的協力も締結した。南紀白浜エアポート、明光バス、 JR西日本和歌山支社で包括連携協定を締結し、航空、鉄道、バスを連携させたシームレスな移動サービスの実現も目指している。「エリア内のネットワークとIoT技術を活かし、自動運転のコミュニティバスを走らせれば、クルマを持たない高齢者など地域住民の利便性も大幅に向上するでしょう」と岡田氏は展望を語る。

 こうした南紀白浜の取り組みをテクノロジー面で支えているのが、NECである。生体認証を活用した共通IDによって一貫した顧客体験を提供する「I:Delight(アイディライト)」を提唱し、デジタル技術を使って、社会生活のあらゆる場面で便利で快適に過ごせる仕組みづくりを推進している。「その一環として、強みである顔認証や映像分析の技術を活用し、デジタルトランスフォーメーションによる地域経済の活性化を一緒になって考えさせていただいています。単に便利で快適というだけでなく、それぞれの方に最適なサービスを提供し、もっとワクワクして楽しんでもらえる体験を創出することが大きな目標です」とNECの榎本 亮は説明する。

NEC
執行役員 兼 CMO(チーフマーケティングオフィサー)
榎本 亮

 当初は、顔情報を扱うことによる情報漏えいや二次被害の懸念もあったが、地域と一緒になって理解促進と合意形成を図った。

 「顔認証といっても、顔の特徴量を数値化したデータでマッチングするため、顔画像そのもので認証しているわけではありません。数値データから顔情報を復元することも不可能です。ネットワークやシステム全体も高度なセキュリティ対策を施し、安全・安心の確保には万全を期しています。さらにオプトイン方式を採用することで、生体認証に抵抗のある人は従来サービスを受けられるように配慮しました」(榎本)

 今後もNECは新コンセプト「I:Delight」を軸にしたおもてなしサービスで南紀白浜のさらなる発展を支援していくとともに、この経験を活かし、国内外の社会課題の解決に貢献していく考えだ。

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