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2016年04月28日

深層中国 ~巨大市場の底流を読む

「投資」の中国、「仕事」の日本 ~中国の配車アプリに見る「中国経営」を考える

規模や効率、資金力で勝負する中国的経営

 いま話題の配車アプリを例に話をしてきたが、どの業界でも考え方の基本は同じである。例えば小売業にしても、中国のスーパーやショッピングモールの経営者は、極論すれば「よい店をつくること」を目指しているわけではなく、「よい店をつくることを通じて企業の価値を上げ、資産を増やそう」と考えている。

 だから、大型のショッピングモールの開発では、店自体を良くするための「仕事」も当然するが、それよりもオフィスビルやマンション、ホテル、テーマパークなど他の業態と組んでモールそのものの付加価値をどうやって上げるか、地元の政府を巻き込んで地下鉄や高速道路などを引き寄せて、いかに周辺の地価を上げるかといったことを真っ先に考える。お客様に愛される店になることをひたすら目指すという経営をする中国の経営者は多くない。

 かくして、中国の経営者は自社の価値を上げるためなら何でもありの総合的な商売をしてくる。一方、日本の経営者は自分の家業、自分の強みとする「仕事」に徹して、「この道一筋」で商売に切れ味を出そうとする傾向が強い。こういう両者が組んでもなかなかうまくいかないし、仮に中国の市場で両者が競争関係になると、どうしても最後には日本勢は規模や効率、資金力で負けてしまう。冒頭に書いたように、これはどちらが良い、どちらが優れているという話ではないが、中国という巨大かつ未開拓部分の多い市場を前にすると、細部の積み上げで価値を出していく日本的な「仕事志向」は劣勢に立たされてしまいやすい。

中国は「投資」で成り立つ国

 考えてみれば、中国という国そのものが「投資」で成り立っているようなものである。日本では国(政府)はいわば中立の立場であり、民間のプレーヤーが仕事をしやすくする行司役みたいな存在である。ところが中国では国や政府は中核的なプレーヤーであり、どのように投資したら自分たち(国、政府、党)の資産価値をいかに上げられるかを、日々考えている。

 中国政府が高速鉄道や高速道路をここまで急いで全国に造るのは、やや意地悪く言えば、人民の生活が便利になるからではない。インフラの整備によって周辺の地価が上がるからである。中国政府は中国全土の土地のオーナーなのだから、国土の価値が上がれば、まさに天文学的な額の利益が生まれる。せっせと学校をつくって人を育て、産業を興して社会を豊かにし、税金を払ってもらうという「仕事」をするより、インフラに投資して地価を上げ、そのリターンを得るほうが何倍も何十倍も手っとり早く、利益が大きい。権力者はそのことをよく知っている。そして現実は、まさしくそうなっている。

 かくして中国は世界にも稀に見るスピードで豊かになった。それは国を挙げて「仕事」ではなく「投資」をしてきたからである。それがいつまで続くのか、長い目で見て中国の13億人の人々のために本当になるのか、それは私にはわからない。ただ現時点では、私の30年来の中国の友人たちはほぼ例外なく、私よりはるかに資産持ちになったし、豊かな暮らしを実現した。別に悔しいと思っているわけではないが、若い頃には考えたことがなかった「投資」と「仕事」の違いを、この歳になって考えるようになった。「何をいまさら」と中国人には笑われるに違いないけれども。

田中 信彦(たなか のぶひこ)氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー 亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤) 前リクルート ワークス研究所客員研究員

中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。毎日新聞記者を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動 に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイ ザーとして活躍している。

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