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2016年06月23日

働く大人の学びと成長

岸見一郎氏(前編)~上司が知っておくべき「ゆとり世代」との付き合い方とは~

過去を振り返ることは必要だが「目的は何か」を間違えるな

──そうなると、過去を分析し過ぎるのも考えものですね。

岸見氏:
 いいえ。過去を学ぶことは大切です。過去を知らないで新しいことはできません。私は哲学の研究者ですが、学生が過去の哲学者の業績を参照しないで論文を書こうとしたら止めます。例えば、カントを研究して論文を書かないと認められないことにイライラして、「「自分の哲学」を打ち立てたい、過去の哲学なんかどうでもいい」と言う学生もいますが、それでは研究になりません。

 過去のことを学ぶことは決して意味がないことではなく、新しいことを考えるうえでもとても大切なことなのです。ただし、気を付けなければならないのは、過去を分析すると何となく未来が見えるような安心感が得られますが、安心感に安住している限り新しいものは決して生まれないということです。

──過去を学ぶと同時に、過去にとらわれないことが大切だ、ということでしょうか。

岸見氏:
 はい。例えば講演などで韓国に行くと、韓国の人は日韓関係の過去を忘れてはいけない、と言います。もちろん忘れてはいけないのですが、何のために忘れてはいけないのかを忘れてしまっているような気がします。日本と韓国が未来に向けて仲良くしたいという目的のために過去を振り返ることは必要ですが、「お互いにいがみあう」「対立する」という目的のためだけに過去を振り返っても、仕方がないのではないでしょうか。

──そこにどんな目的があるかを考えることが大切なのですね。

岸見氏:
 目的論的な考え方になじむと、いろんなことが見えてきます。例えば、学校に行かない子どもがいて、お腹が痛い、頭が痛いといった理由を口にしますが、すべては後付けです。

 最初に「学校に行きたくない」という目的があって、後付けで行けない原因を考え出しているのです。「学校に行きたくない」では親も教師も納得しませんから、子どもはあとから納得のいく原因を考えますが、こういうことは子どもに限らず、大人でも、組織でもかなり多いのです。

──先ほど韓国の話が出ました。韓国などでもこの本はよく売れているようですね。

岸見氏:
 アドラーの思想は基本的には哲学なので普遍的なものであり、時代を超えたものです。どの国でも、どの時代でも納得できる内容です。よく世の中は変わる、組織も人も変わると強調されていますが、実はそんなに変わっていないのかもしれません。

 人との付き合い方というのは特にそうで、人そのものが実はそんなに変わっていません。我々の親の世代と我々が別人かと言うと、そんなことはありません。結局、みんな同じことで悩み苦しんでいます。組織というのは人の集合体ですから、組織を変える場合、根本的なことを変えるならともかく、表面的なことを変えてもあまり変わらないのではないでしょうか。

上司は「ナントカ世代はない」を知るべきである

──とはいえ、やはり組織の中には、世代間ギャップがある人との関係構築に悩む人は多いのではないでしょうか。

岸見氏:
 それも、うまく関係を築けない時の言い訳でしかありません。若い人が入ってきて、自分たちとはちょっと違うと「ゆとり世代は」などとあれこれ言いますが、若い人にしてみると、勝手に誰かが名付けた「ゆとり世代」とひとくくりにされてはたまらない。

 世代が離れて難しくなる、というのは後付けの理由で、原因論的発想です。上司はそういう「ナントカ世代はない」ということを知っておくことが大切です。

──マーケティングなどでは、人をくくりたがる傾向がありますが、そうしたアプローチとは違うのでしょうか。

岸見氏:
 「傾向」という言葉は使ってもいいと思いますし、心理学においても傾向を考察することはあります。アドラーが創始した心理学は日本では創始者の名前を取って「アドラー心理学」と言われていますが、元々は「個人心理学」です。

 ここで言う「個人」という言葉にはいくつかの意味がありますが、1つは「ほかならぬこの人」のことです。つまり、個人を理解することが大切で、タイプを持ち出してはいけないのですが、心理学はタイプが大好きです。グループ分けすると、分かったような気になるのですが、グループでくくると、必ずはみ出るところがあるのも事実です。

 例えば、若い人は「君はゆとり世代だから」と言われた途端に、自分を見てもらっていないなあという気持ちになるはずです。たしかに傾向はありますが、そこにとらわれてしまうと、大事なところが見えなくなります。

──なるほど、上司は「ナントカ世代は」とひとくくりにするのではなく、部下一人ひとりを「個人」として見ることが必要なのですね。

岸見氏:
 上司だって昔は若かったはずですから、かつてはそういうことを言われていやな思いをしたはずですが、いつしかそれを忘れるのです。忘れるというよりは、忘れたほうが都合がいいのかもしれません。そうやって過去を美化して、「今の自分があるのはあの時に上司に叱られたからだ」と言ってみたり、「だからゆとり世代はダメなんだ」という世代論を振りかざしてしまう。本当はどちらもいやだったはずなのですが、それを忘れて部下にやってしまうところに、部下と上司の関係の難しさがあるのです。

──ありがとうございました。次回は、部下と上司の関係について詳しく教えてください。

(インタビュー:時田 信太朗、文:桑原 晃弥)

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