ここから本文です。

2016年07月15日

働く大人の学びと成長

岸見一郎氏(後編)~「この人と一緒に仕事をしたい」という関係を築き上げよう~

注目すべきは「貢献」である

──叱ってはいけないし、ほめてもいけないとなると、上司はどうやって部下を指導すればいいのでしょうか。

岸見氏:
 「貢献」に注目すればいいのです。しかし、現実にはそれがほとんどなされていません。失敗ばかりしている部下も、何かしらの貢献をしているはずです。そこに注目しないで、「あいつはできない」とレッテルを貼ってしまいがちですが、失敗する部下もいつも失敗ばかりしているわけではありませんし、きちんと仕事をこなしている時もあるはずです。そこに注目しないで失敗ばかりを責めていると、本人の意識として、「失敗でもしないと注目してもらえない」となります。これは、屈折した承認欲求です。

 失敗ばかりしている部下であっても、出社してこなかったら困るはずです。本当は、出社するだけでありがたいのです。もちろん部下が今のままでいいはずはなく研鑽を積んでいく必要はありますが、「出社することが貢献している」ということに注目するところから始めることが大切なのです。

──なかなか難しそうですね。

岸見氏:
 親は理想の子どもを、上司は理想の部下を追い求めがちです。そして理想像の100点から減点することでしか見られなくなっています。ですから、いい点数の答案用紙を持って帰っても、100点じゃないからと怒ります。成績の悪い子どもがたまにいい点をとってくると、親は「クラスの平均点は何点?」と聞いてしまいます。ありのままを見るのではなく、理想像と比較してしまいます。そうすると、その子どもは勇気をくじかれるのですが、それと同じことが職場でも起きています。もちろん60点でいいはずはありませんが、少なくとも子どもや部下の勇気をくじいてはいけないのです。

 出社してきたらとりあえずオーケーだと言える、そういう上司がいると、職場は居心地が良くなります。機嫌の悪い上司の顔色をうかがうのはたまりません。仕事は上司のご機嫌取りではないのです。

上司の仕事に対する取り組みは部下に伝染する

──なるほど。上司として、ほかにやるべきことがあれば教えてください。

岸見氏:
 人への働きかけには2つの方法があります。1つは「共同の課題にする」ということです。本来、自分の課題ではありませんが、共同の課題にすることはできます。そうやって協力体制に入ることで、目的を達成することができます。教えるのはいいのですが、教えることに優越感を持ってはいけません。目的は協力して「課題を成し遂げる」ことなのですから。

 もう1つは、「勇気は伝染する」ということです。勇気と臆病は伝染します。勇気というのは、取り組むべき課題から逃げないことですが、上司がモデルになることで、上司の仕事に取り組む姿勢を部下が学ぶことができるのです。子どもにとって何がいやかと言うと、親の言っていることとやっていることが違うことです。言うことは立派なのに行動が伴っていないと、子どもは親を信用しなくなる。上司も同じです。上司の仕事に対する取り組みが部下に伝染します。そうやって働きかけていくのです。

──最後に、アドラー心理学では、「仕事のタスク」「交友のタスク」「愛のタスク」という3つの「人生のタスク」があると定義しています。仕事、友人、恋人や家族との対人関係すべてがうまくいくためには、何をすべきでしょうか。

岸見氏:
 それぞれのタスクに調和がとれていないといけません。仕事のタスクばかり突出しているとダメです。ワーカホリックというのは、いわば他の課題に力を向けられないという言い訳です。友達や結婚に目もくれず仕事一途に進むわけですが、人生はやはりバランスが必要なのです。同様に恋愛がすべてという人もダメですね。

 バランスという点では、たとえ仕事でいやな上司がいても、それは親でもないし友達でもないというのはある意味救いにはなりますが、私自身はそういう仕事はつまらないとも思っています。私たちは『嫌われる勇気』を2年かけてつくりましたが、編集者の柿内 芳文さんとライターの古賀 史健さんに出会って、「この人たちとなら」と感じ、かけがえのない友人と一緒に取り組むことができたのです。

 私は本を出すなら「この編集者と一緒に仕事がしたい」と思える人と仕事をしたいと考えています。カウンセリングについても、ビジネスライクに徹し過ぎるとできません。相談にこられた人に2つの方法のメリット、デメリットを説明して、その上で不利な選択をしても、そこからは「友人」として援助したいと思っています。

 職場でも上司に求められているのは、部下に「この人と一緒に仕事がしたい」という関係をつくることではないでしょうか。最近の若い人は職場の飲み会などにあまり参加したがりませんが、「この人と一緒に仕事がしたい」という上司に出会えたなら、また違った関係を築くことができるのではないでしょうか。

──どうもありがとうございました。

(インタビュー:時田 信太朗、文:桑原 晃弥)

関連キーワードで検索

さらに読む

この記事の評価


コメント


  • コメントへの返信は差し上げておりません。また、いただいたコメントはプロモーション等で活用させていただく場合がありますので、ご了承ください。
本文ここまで。
ページトップ