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2016年07月29日

深層中国 ~巨大市場の底流を読む

「先払い」の中国、「後払い」の日本~中国人と付き合う法

「後払い」の日本社会

 こうした考え方は社会の隅々にまで及んでいる。例えば、中国人の働き方がそうである。中国の人たちは会社から評価を先払いしてもらわないと働かない。「賃金の前払い」ではない。「自分に対する評価」の先払いである。

 どういうことか。日本社会の考え方と比較しながら説明してみよう。

 日本社会の働き方はすべからく「後払い」である。「まずとにかく頑張れ。悪いようにはしないから」とか「入社○年ぐらいは修行だと思って文句を言わずに働け。まず自分の力をつけるのが先だ」といった類の考え方は、建前上はともかく、本音では現在も根強くある。こうした考え方に反発し、経験が乏しいうちから自分の力を認めてほしいと主張すると、「生意気だ」「10年早い」などと言われる。

 働く側の個人も、なんとなくそういうものだと思っていて、とにかくまず実力をつけることが先で、要求を表に出すのはそれからだと考える傾向が強い。まず良い仕事をする。報酬は自ずとついてくる――といった話が日本人は好きだし、実際にそう考えてコツコツと努力をする人が少なくない。これは明らかに日本人の美徳だろう。

 終身雇用的な考え方は崩れてきてはいるものの、日本の大きな組織の人事体系は新卒採用が軸で、長期間かけて組織内で能力形成していくのが普通だ。そこでは今でも、若いうちは比較的低い賃金に甘んじて経験を積み、10~20年といった長い年数をかけて帳尻を合わせる。これも一種の後払い的な発想ということができる。

評価を「先払い」する中国社会

 ところが中国社会はそうなっていない。先に述べたように、中国人はさながら「歩く自尊心」だから、まず自分の能力が認められなければ、そもそも働こうという気にならない。まず自分のことを高く評価してほしい。当然それには、評価に見合った報酬が附属するはずである。そうすれば自分は一生懸命働きます――というのが普通の感覚である。

 だから、中国人の経営者やマネジャーは、人を採用する時はもちろん、日常業務の中で部下を動かそうとする時、常に評価の先払いを心がける。誰かにある仕事を任せたいと考えた時、心中では「こいつに任せて大丈夫かなあ」と思っても、「キミは素晴らしい力がある。キミならできる」と持ち上げて、働かせる。その一方で、現実の能力は疑わしいのだから、進捗のプロセスをチェックする仕組みを確実に構築しておく。

 当然、その人材に能力があることを認めたのだから、それに見合った報酬を先に約束する。ただその場合でも、報酬の一部を目標達成後に支給する成果報酬としたり、もし達成できなかった場合には、降格や最悪の場合、契約を延長しないといったペナルティが待っているのが普通である。

 このように働き方の面でも、中国社会には先払い的感覚が存在している。もちろんこれは、全体としてそのような傾向があるという話であって、個別には当然そうでない個人も企業もあるし、どちらが良くてどちらが間違っているという話ではない。具体的に検証してはいないが、世界を見渡せば、こういう先払い的感覚のほうが世界の多数派かもしれない。

優秀な人が寄ってこない日本企業

 その結果、何が起きるかというと、日本企業に優秀な人材が集まりにくくなるのである。日本企業は人に対する評価も、それに伴う報酬も「後払い」なので、中国人的感覚からすると、「自分は認められていない。自分の価値が正当に評価されていない」という思いがつきまとう。その結果、強い意欲が湧いてこない。また賃金体系も後払い的色彩が強いので、本当にそのお金がもらえるのか、心もとない。「実力が伸びたら払うよ」と日本人は言うのだが、本当にそれが実現するか、確信が持てない。

 そんなことがあって中国の日系企業では、なかなか高い実力を持った人を引きつけにくいうえに、いったん入った人材であっても、働いているうちに自分に対する会社の評価に疑念を持ち始め、退社してしまうというケースは非常に多い。先払いか後払いかという感覚の差は、さまざまなところで影響しているのである。

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