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2017年03月07日

次世代中国 一歩先の大市場を読む

「草の根電気自動車」は飛躍できるか~農村から起きる「1マイル革命」

 中国の中小都市や農村部で小型低速の電気自動車が爆発的に普及している。一見したところ小型のガソリン車と見紛うようなものから自転車を四輪にしてモーターを付けたぐらいの簡便なものまで、その種類はさまざまだが、公共交通機関の未発達な華北の農村部を中心にパーソナルビークルとして急速に広がっている。

 その背景には、都市化が進む農村部の生活スタイルの変化がある。高齢者や女性を中心に自由に移動したいというニーズは強い。一方で低速電気自動車は仕組みがシンプルで高度な技術が必要ないため、地場の企業が独自の製品を開発、販売しやすい。すでに山東省、河北省、河南省などでは地方の有力な地場産業の一つになっている。この「草の根電気自動車」がうまく育てば、世界的にもユニークな中国の新たな省エネ移動手段の一つに躍り出る可能性もある。

 今回はこの中国版低速電気自動車の普及の背景にある中国社会の構造、そしてその変化について考えてみたい。

低速電気自動車といっても外観は日本の軽自動車とあまり変わらないものも

「低速電気自動車のメッカ」を行く

 「低速電気自動車のメッカ」と呼ばれる山東省にある済寧市、そして、さらにそこから200kmほど南西にある河南省商丘市というところに行ってきた。中国の「市」は傘下に広大な農村部を管轄する行政単位で、言ってみれば「東京都」といっても2000m級の山地や離島も存在する――という概念と似ている。

 高速鉄道を降りると、あたりは一面の農村地帯だ。車で済寧に向かうと、かなりの頻度で低速電気自動車とすれ違う。運転している人はさまざまだが、お年寄りの姿が目立つ。子供を乗せたお母さんらしき人もいる。時間が午後だったので学校に子供を迎えに行った帰りなのだろう。通り過ぎた小学校の前には出迎えの父母や祖父・祖母らしき人たちが群がっている。

 商丘郊外の旧市街は、それこそ低速電気自動車の見本市みたいなところである。デザインもさまざま。小型スポーツカーや遊園地の乗り物のような可愛いものから、本格的なものは日本の軽自動車のような外観で、一見しただけでは小型ガソリン車や大手メーカーの本格的電気自動車と見分けがつかないものもある。ここでもやはり高齢者の利用が多い。中国は日本をしのぐスピードで高齢化が進んでおり、特に農村部では若い人は都市部に働きに出てしまうので、農村部は高齢者と子供ばかりの状況になっている。こうした社会の日常的な移動需要に低速電気自動車がマッチしている。

 中国国内の報道によると、山東省だけでも昨年1年間の低速電気自動車の販売台数は60万台を超え、河北、河南の両省を加えると100万台を超えた。普及が加速した2010年頃からの累計では数百万台に達するとみられている。まさにそこら中に走っているのである。

農村部では各種各様、ユニークなデザインの低速電気自動車が走っている

耕運機から電気自動車へ

 低速電気自動車が登場する前、農村の動力付きの個人的な乗り物は小型トラクターであった。要は耕運機である。後ろに荷台を付けて、家族を乗せて街に出る。そういう姿は今でも見られる。しかし当然、使い勝手は悪いし、スピードも遅い。雨や寒さもしのげない。高齢者や子供には厳しいものがある。それでもトラクターは中国の農村家庭に初めて本格的に入った機械化交通手段だった。

 しかし2000年代の半ば頃から政府のコメ買い上げ価格の大幅引き上げ(03年)、2600年の歴史を持つ農業税の廃止(04年)などの効果で農村の現金所得が増え始めた。さらには沿海部の経済成長で製造業や都市部のサービス業などの求人が増加、都市部に出て働く出稼ぎの人たちの賃金が上昇を始めた。加えて、日本円で数十兆円にも達する政府の莫大なインフラ投資によって、農村部の道路状況は飛躍的に改善された。

 こうした諸条件が重なって、農村部では「もっと自由に移動したい」という基本的なニーズが急速に高まった。そこにスッポリはまる形で登場してきたのが低速電気自動車だった。

充電1回の走行距離は70~150km

 中国の低速電気自動車は法的に明確な定義があるわけではない。言ってしまえばゴルフ場の電動カートに自動車っぽい胴体を載せたようなものである。ただ、最近はモーターやバッテリーの性能向上で、かなりガソリン車に近い性能を持つものもある。サイズもさまざまで、2人掛けシート×2の4人乗り、2人乗り、1人乗りなどバラエティがある。

 アクセルを踏めば走り、ブレーキを踏めば止まるシンプルな構造で、最高時速は30~70km。コスト削減のためにほとんどは鉛バッテリーを使用している。家庭用のコンセント(中国は220ボルト)で充電可能で、1回の充電で70~150km程度の走行が可能だ。価格は日本円で30~80万円ぐらいの範囲である。ほとんどの利用が自宅周辺10km圏内での移動なので、そもそも高度な性能は必要がない。高速かつ長距離の移動にも耐えられるようにつくられた既存のガソリン自動車では明らかに過剰性能なのである。

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