次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国の農村に広がるEコマース
「淘宝(タオバオ)村」は社会を変えるか
Text:田中 信彦
SUMMARY サマリー
田中 信彦 氏
BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー 亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤) 前リクルート ワークス研究所客員研究員 中国・上海在住。1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、大手カジュアルウェアチェーン中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。
アリババの年間取扱高は51兆円
中国には「タオバオ(淘宝)村」と呼ばれている村がある。中国最大のEコマースサイト「淘宝網」が中心的な産業になっている村という意味である。アリババは、全国の村の中から、(1)全戸数の10%以上、全体で100軒以上がネットショップを営んでいる、(2)村全体のEコマースの売上高が1000万元(1億7000万円)以上――の村を「タオバオ村」と認定している。調査によると、2016年8月現在で全国に1388ヵ所の「タオバオ村」が、村より大きい「タオバオ鎮(町)」が135ヵ所あるという。
これら「タオバオ村」の中には、村の産品を「淘宝網」などのネットショップで売りまくり、数多くの富裕な農民を生み出したところが少なくない。
なにしろ中国のEコマースは規模が大きい。「淘宝網」および同じくアリババが運営する、やや高級バージョンのショッピングサイト「T MALL(天猫)」を合わせた2016年度の年間取引額は3兆元、日本円で51兆円に達する。2016年の日本の実質GDPは523兆円だから、その1割近い規模になる計算だ。日本の代表的なEコマースサイトを運営する楽天グループの同年の流通総額(商品取扱高)が約3兆円なので、まさにケタが違う。
もちろん消費者の買い物が便利になっただけでなく、商品を供給する側にも巨大な経済効果が生まれた。とりわけ、もともと経済水準が低く、これといった産業を持たなかった農村に与えたインパクトは大きい。Eコマースという、いわば「飛び道具」を使って、それまで有力な販路も顧客もなかった貧しい農村が、全中国、その気になれば世界のマーケットを相手に直接商売ができるようになった。
まさにアリババの創業者、ジャック・マー(馬雲)が言うように、オープンな取引のプラットフォームが生まれることで、富の偏在を是正する途が開けたのである。
村の3分の2がネットショップ
江蘇省の沭阳(じゅつよう)市、山東省の曹県は、ともにその域内に中国を代表する「タオバオ村」が数多く集まっている地域だ。いずれも大都市から遠く、これといった産業もなく、高速鉄道も空港も高速道路もない。かつては農業と出稼ぎだけが頼りの貧しい農村だった。その様子が一変していると聞き、見に行ってきた。
最初に訪れた江蘇省沭阳市新河鎮は、上海から北西に600㎞ぐらい、江蘇省最北部、山東省との境に近いところにある。この一帯では20年ほど前から花卉、盆栽などの栽培を始めた農家が多く、「花木之郷」と呼ばれていた。そこには日本で始まった「一村一品運動」の影響があるのだが、それは後で述べる。当初は生産した花卉類を農民が自ら近隣の町に売りに行くやり方が中心で、販路は限られ、生産量も伸びなかった。
状況が変わったのは「淘宝網」が生まれた03年からだ。若い農民たちの一部が話を聞きつけ、自前でパソコンを購入、ネットショップを開いた。当初はまったく売れなかったが、次第に固定客がつき始め、07~08年頃には軌道に乗った。
代表的な「タオバオ村」のひとつ堰下(えんか)村では、現在では数百戸ある農家のうち3分の2が自分のネットショップを開いている。複数の店を持つ農家もあり、店舗数は全村で1000店を超え、商品の発送量は1日5000~6000件に達する。同村が属する沭阳市全体ではネットショップの数は4万店に達し、その80%が花卉や盆栽などの植物を扱っている。市全体で1日平均15万件のオーダーがあり、年間の発送荷物は6000万件、売上高は70億元(1190億円)に上っている。
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