次世代中国 一歩先の大市場を読む
中国物流「無人飛行機三段階戦略」の衝撃
「大きさ」を前提に進化する中国社会の論理
Text:田中 信彦
中国全土をカバーする「三段階航空輸送戦略」
第1段階 ジェット機で鄂州空港(ハブ)から全国の主要都市へ(500~2000km)
第2段階 無人プロペラ機で全国主要都市から中小都市、町村へ(100~500km)
第3段階 小型無人機で中小都市から小さな村落や工場、学校などの目的地へ(100km以内)
つまり宅配便の荷物を目的地まで基本的に空路のみで届けてしまう。例えば内陸部の四川省は面積が48万5000km2と日本より広く、人口は8000万人を超える。仮に省都の成都から同省南部の工業都市、攀枝花(はんしか)市までトラックで荷物を運ぶと10時間以上かかる。そこからさらに奥地まで運ぶのにまたトラックで10時間以上といった例は珍しくない。これを航空輸送に切り換えれば、トータル2~3時間で目的地まで運ぶことが可能になる。これなら翌々日配送は射程内に入る。
すでに自社機による全国主要空港までの輸送は機能している。難度が高いのは第2段階の無人機による輸送だ。前述のように技術的にはメドがつき、試験飛行も成功しているが、発着地の飛行場の確保や空域の設定、安全性の確認、法的な位置付けの問題など課題は多い。実用化にはまだ時間がかかるだろう。しかし先進国の例では、無人機での輸送は技術的な問題よりは法的、社会的な課題が中心であることを考えれば、政府が実現に前向きで、良きにつけ悪しきにつけ政策の実行力が高い中国は有利な条件を備えていることは確かだ。
ドローンによる定期輸送はすでに運用開始
第3段階のドローンによる輸送もすでに実用化し、定期便の運航が始まっている。有力なEコマースサイト京東商城「JD.COM」は、今年6月、江蘇省宿遷市にドローンの発着や操作員養成、機材のメンテナンスなどを総合的に行う運輸基地を開設、近隣町村との間で定期運輸の業務を開始した。ここでは市内農村部にある4ヵ所の小型発着基地との間、1~2.5kmの区間を結び、1日に各2~8便を運行している。
同社の試算によれば、現在のドローンによる輸送のコストは8元/km/kgで、これは都市部での配達コストに比べれば数倍の高さだが、配達先が遠く、広範囲に散らばる農村部よりは安い。そのためドローン輸送の将来性は高い。今年8月には陝西省西安市で地元政府と協力し、ほぼ同様の定期配送を開始しており、積極的に全国に展開していく計画だ。
高速鉄道を使った宅配便輸送
こうした空の輸送に加えて、すでに実用化し好評を博しているのが高速鉄道(中国版新幹線、略称・高鉄、最高時速200km以上の専用軌道を持つ鉄道を指す)を活用した大都市間即日配送だ。中国の高鉄はすでに営業距離2万2000kmを超え、全国主要都市をほぼ網羅している。このインフラを小口荷物の配送に活用する。
代表例は北京~上海間約1300kmを最高時速350km、4時間半で結ぶ「復興号」利用の「北京上海間即日配達サービス」である。北京もしくは上海市内で午前11時までに集荷した宅配荷物は当日午後9時までに配達先に届ける。中国では最近、空港や航空路線の混雑で航空機は遅延が慢性化しており、それに比べて高鉄は定時性が高く、天候にも左右されにくいのが強みだ。
ファーストクラス車両に荷物を山積み
驚いたのはその実行ぶりだ。中国の高速鉄道は、もともと日本の新幹線と同様、旅客専用に設計されており、荷物の輸送は考慮されていない。貨物専用車両もない。しかし、そんな条件はものともせず、列車の最上級客室である商務車(ファーストクラス)を一両まるごと荷室に転用し、フルリクライニングの高級シートを布切れで覆い、荷物を天井まで遠慮なく放り込んでいる。日本の常識ではとてもできない技である。
それだけではない。北京や上海など目的地到着後は、渋滞を避けるため人が荷物を担いで地下鉄で街の中心部まで運んでしまう。確かに北京も上海も高鉄の終着駅は郊外にあり、中心部までは道路の渋滞がひどい。そして両駅とも駅の真下には地下鉄がある。これなら街のどこにも30分もあれば着ける。この「高速鉄道+地下鉄」という輸送プランは最強だろう。こうした大胆な発想で協力関係が組めるのも中国社会の強みである。
年率50%以上で成長の中国宅配便
中国国家郵政局の数字によれば、中国の年間宅配便取扱個数(2016年)は312億個で、対前年比で51.3%の増加。12年には57億個だったので、過去5年間、年率50%以上のスピードで増えたことになる。17年は伸び率がやや鈍るものの400億個突破が確実視されている。
アリババの創業者、ジャック・マー(馬雲)は先頃「中国の宅配便が1日10億個(現在の10倍)に達するのは時間の問題」という趣旨の発言をしている。そうなれば配送担当者1人が1日100個配達するとして1000万人必要な計算になる。これではさすがの中国も自動化を徹底的に追求せざるを得ない。
その原動力はネットショッピングの急速な普及にある。中国では経済成長があまりに速く、大型スーパーや郊外型のショッピングモール、近隣の商店街などの商業集積が成長する前に、スマートフォンを軸にしたEコマースの時代が来てしまった。そのためにネットショッピングを日常的な買い物手段にする人の比率が先進国に比べて高い。
16年の中国のEコマース売上高は9276億米ドルで圧倒的な世界一。2位の米国の3924億米ドルの2倍以上の規模である。伸び率も高く、米国の対前年比16%増に対し、中国は39.9%増を記録している(経済産業省「平成28年度 電子商取引に関する市場調査」)。しかも全人口に占めるインターネット利用者の比率はまだ50%強に過ぎず、今後も高い伸びが見込まれている。
こうした巨大な需要を満たすためには、中国全土を分厚い物流網で覆い尽くす以外にない。物流企業の発想の根底にはこのような観念があり、それが上述したような航空機や高速鉄道を活用した解決策に向かう動機になっている。
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