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次世代中国 一歩先の大市場を読む

中国のシェアリングエコノミーを見誤るな~「マッチング先進国」の競争力とは

2018年03月22日

 ITの活用によるシェア自転車やシェアライドなど中国のシェアリングエコノミー(中国語で「共享経済」)が世界の注目を集めている。その飛躍的な成長の要因は、ビッグデータを活用して需要と供給をマッチングする精度が高まったことにある。「いつでも、どこでも、欲しい時に、その商品やサービスが目の前に現れる」という状況を、高いレベルで実現してしまった。ここに中国のシェアリングエコノミーのすごさがある。

 この点を正確に読み取ることは、中国社会の変化を考えるうえで不可欠の視点と思う。
 今回はそのあたりの話をしたい。

相乗りを実践して20年

 王永(Wang Yong、以下敬称略)という中国人の名前を知る日本人は少ないだろう。中国で自家用車によるライドシェアを初めて広く社会に知らしめたことで記憶されている人物である。1998年、湖南省から北京に出てきて間もない王永はデザイン会社の起業に成功し、車を買った。ある雨の日、市内の事務所から車で帰宅途中、傘もなく、ずぶ濡れで歩いている老婦人を見かける。

 「乗っていきませんか」。

 家まで送ると、この老婦人の喜びようは尋常でなく、何度も何度も言葉を尽くしてお礼を言った。その経験が忘れられず、王永は一つの行動を思いつく。「どうせ一人で運転しているのだから、誰かを乗せよう。楽しいし、資源の節約にもなる。環境にもいい」。地方から大都会に出てきて、人情味の薄い社会にいささか疲れていた時でもあった。

 翌日から彼は朝晩のライドシェアを実践し始める。後に「順風車」という呼称で世の中に広まり、一種の社会現象になった行動の端緒である。「順風」は「追い風」のこと。見知らぬ人どうしが「追い風」に乗って同じ方向に向かう。誰がつけたのか知らないが、このネーミングは秀逸だと思う。

 王永の自宅と会社は25㎞ほどの距離がある。朝晩の通勤時、王永は車の窓を開けては道行く人に「一緒に乗って行きませんか。タダですよ」と声をかけた。しかし結果は惨憺たるもので、無視されるのはまだましで、「頭おかしいんじゃないの」「警察呼ぶよ」などと罵倒されるありさま。ある時、通勤途上とおぼしき女性に声をかけたら、隣にいた男性にお粥をぶっかけられた。

 もちろん悪いことばかりでもない。
 ある日、全身血まみれになった子供を抱いた女性が道端に立っていた。中国で暮らした経験のある人はわかると思うが、残念ながら今の社会で、こういう時に手をさしのべる人は多くない。どんな面倒に巻き込まれるかわからないからだ。王永は2人を乗せて病院に駆け込み、必要な処置を済ませ、子供に大事がないことを確認すると、そのまま立ち去った。

 数日後、同じ道を通りかかると、先日の親子が立っていたあたりに何か文字を書いた白い紙を両手に掲げた年配の女性が立っている。

 「好心人 你在哪里? (優しい人 あなたはどこにいるのですか?)」

 先日の母子の親族か何かなのであろう、王永は車を停めてその女性に「この人はお礼を求めてやったのではないでしょう。もう立っている必要はないですよ」と言って、家に帰らせた。

 映画のような話だが、実話である。もちろんすべて後になってわかったことだが。

インターネット時代、マッチングの効果

 個人の善意はいいとして、やはり一人ひとり声をかけていたのでは埒があかない。そこで王永はインターネット上にサイトを開くことを思いつく。1998年といえば中国でも徐々にパソコンが個人向けに普及し始めた時代である。

 最初の仕組みは原始的なものだ。他人を乗せてもいいという人、車に乗りたいという人が、サイトに出発地と目的地、出発時間などを書き込む。それを見た当人たちがメールや携帯電話で連絡を取り合う。それでも手当たり次第、道行く人に声をかけるのとは次元が違う。乗せたい人、乗りたい人を結びつけるマッチングの効率は大きく高まった。

 この動きは次第にメディアでも注目されるようになり、2005年頃には「順風車」は流行語の一つになる。私事で恐縮だが、当時、私は日本の中国語学習雑誌に新語・流行語を紹介するコラムを持っていて、「順風車」を取り上げたのが2006年3月である。北京の街がどんどん外に拡大し、車を持つ人が増え、渋滞が深刻な社会問題になり始めた頃だった。

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