米製造業において加速するIoT活用
~北米業界最新動向~
Text:織田 浩一
IoT支出の最も多い業界、それが製造業である。業界は常に新しいテクノロジーを導入し、製造効率やムダをなくすための努力を行ってきたが、重厚な製造装置とネットの相性があまり良いわけではなかった。そこにIoTというソリューションが現れて、その普及が急速に進んでいる。
織田 浩一(おりた こういち)氏
米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperzaの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。
製造業の回復とともに広がるIoT、テクノロジー利用
米国の製造業は、世界の景気回復とともに、大きな伸びを示している。産業サプライチェーンの調査や啓蒙を行う米Institute for Supply Managementは、昨年9月に全米の工場での製造インデックス指標が過去13年間で最も高い60.8(インデックス指標50以上であれば成長を示す)を記録したと発表した。また、2013年半ばから米製造業は着実に回復しており、失業率が低下する中、昨年と今年の業界カンファレンスでの話題は人件費の増加やベビーブーマー、X世代が定年を迎え、人口の多いミレニアル世代(2000年代以降に大人になった18-36歳。アメリカで7600万人がこの世代といわれている)をどのように製造業を担う次の世代として取り込んで行くか、などが話題にのぼっている。
製造業が回復してきた理由の一つとして挙げられるのが、IoTやAI・機械学習などを含めた新しいテクノロジーが業界に浸透しつつあり、より少ない人数で製造効率や品質の向上につながっていることである。それにより、中国などに比べても賃金の高いアメリカで生産することを可能にしつつある。また、このようなテクノロジーイノベーションの導入が、今まで製造業を就職先として考えていなかったミレニアル世代や高等教育を受けた層を取り込むことにつながるのではと期待されている。
IoTの市場を大きく占める製造業
テクノロジー調査企業IDCは、年に2回IoT分野での支出予測をアップデートし「Worldwide Semiannual Internet of Things Spending Guide」を出している。2017年12月に発表された予測によると、モジュールやデバイス、ソフトウェア、サービスなどを含めた世界のIoT支出は、2018年に対前年14.6%増の7725億ドルにのぼり、その後も年率14.4%伸び、2021年に1兆1300億ドルにまで上がるとしている。
2018年の支出7725億ドルの産業別の金額では、製造業が1890億ドルで最も多く、続く運輸(850億ドル)や電気・ガス・水道など公共事業(730億ドル)の倍以上の金額で、非常に大きなシェアを占めていることがわかっている。
一般消費産業の成長は、製造業に比べて1年でも、5年の成長でも大きく差を付けているが、円の大きさで示される支出規模は製造業の方が他に比べて非常に大きいことがわかる。
実際に、この規模のおかげで下図に見られるように、製造業IoT支出シェアは2021年でもさほど大きく減らないことがわかる。
インダストリー4.0、デジタルトランスフォーメーション
製造業では、ここ10年ほど、IoTによるデジタル化・データ化・デジタルツイン化(工場・製品など物理的な世界をデジタル・データで再現・シミュレーションする概念)、3Dプリンティングによる少数カスタム生産化・遠隔化など多数の変革が起こりつつある。それと同時に、これらの変革を示すいくつかのキーワードが乱立している感がある。
まず、ドイツ政府のアクションプランの1つとして構築されたキーワードが「インダストリー4.0」。蒸気エンジンと機械化、電化によるマス生産、コンピューター制御による自動化などの産業革命の段階の第4段階として、生産の自動化、物理的・デジタルシステムを統合して行うという概念であるが、IoT、クラウドコンピューティング、AI・機械学習なども含めたものになっている。
また、従来では工場や工作機械などは資産として考えられていたが、生産能力を切り出したり、切り売りしたり、メインテナンスを含めたサービスとして捉える売り方も始まり、ビジネスモデル自体を変革する概念も含まれている。
北米では、運輸、観光、金融、メディアなど様々な業種でデジタル機能を武器に新規参入してきたスタートアップが市場を大きく変革し、従来企業を倒産に追い込むようなことが数々起こってきた。その流れから、従来企業も「デジタルトランスフォーメーション(デジタル変革)」を社内にもたらすことや、コンサルティング企業でそのようなアドバイスを積極的に提供するところが増えてきた。製造業でも同様で、上記のインダストリー4.0と概念はさほど変わらないが、「デジタルトランスフォーメーション」という言葉が使われることが多くなっている。
製造業でのIoT利用ケース
製造業では、多数のサプライヤーやディストリビューターからの部品の納入や生産のタイミング調整など複雑なプロセスがあったり、製品によって製造方法などが違うことから、上記のIDCの調査で製造業が大きなシェアを占めているのは、市場が大きいことに加えて利用ケースも非常に幅広いことにも理由がある。
IDCでは製造業でいくつかの利用ケースを示している。最大の利用ケースである「製造工程」では、資産管理やパフォーマンスの最適化、モニタリング、製造プランニング、製造担当者向けのユーザーインターフェースなどの分野でIoTが広く使われている。次の分野「生産プロセス管理やメインテナンス」では、製造装置のパフォーマンスやメンテナンス、品質管理、故障などが起こるタイミングの予測分析、製造プロセスのボトルネックの分析などが主であるという。これ以外に、生産工場や施設でのセキュリティ、安全性や事故防止、空調・環境管理、アクセス管理、施設管理、サプライヤー管理など他の利用にIoTデバイス、ソフトウェアが利用されている。
現実の米製造業でのIoT意識状況
製造業界向けに調査・コンサルティング業務を行なっているThe MPI Groupが、世界の製造業に対してIoTへの意識調査を行った「MPI Internet of Things Study」を毎年出版している。その2017年版では参加企業の52%が米製造業で、次点の中国企業が14%と非常に大きな部分を米製造業が占めている。
これによると、自社全体でIoTを理解しているという「IoTイノベーター」層が68%と非常に高く、「IoT初級」層企業23%と続き、「IoT無関心」層企業は8%と、業界でのIoTへの関心の高さがうかがえる。
また、工場やプロセスでの生産性や利益率に過去1年でIoTが貢献したか、という質問に対しては、生産性で15%の企業が10%以上の生産性向上を達成したと答えたのをはじめ、73%の企業が過去1年で生産性向上を達成していると答えている。利益率でも、12%が10%以上利益率が向上したと答えたのを含めて、69%が過去1年で利益率が向上したと返答している(下図)。
特に、注目に値するのは、下図に見られるIoTイノベーター層企業でのIoT導入による過去1年での生産性の向上である。この層では85%の企業で向上が見られ、当然といえば当然であるがIoT初級層(53%)、IoT無関心層(23%)を大きく引き離していることが分かる。さらに、これから5年の生産性向上についてもIoTイノベーター層企業は95%が向上するという自信を持っており、IoTテクノロジーの理解や利用の高い企業群が他社に大きく差を付けていくことを予想させる。
GEのIoTプラットフォーム事業への参入
従来、IoTプラットフォームはAT&Tやテレフォニカなどの通信会社やSAP、IBM、HP EnterpriseなどERP提供企業やITコンサルティング企業、そしてネットワークデバイスのシスコなどが、自社でプラットフォームを構築したり、クライアント向けにカスタムIoTソリューションを構築する市場であった。
そこへ、「インダストリアルインターネット」というメッセージを掲げてGEが2012年に同社のIoTプラットフォーム「Predix」を、まずは同社の主要クライアント産業である石油・ガス業界へ向けて提供し始めた。同社は産業向けのサービスを様々な業界に提供しており、クライアントの課題を解決するソリューションを提供できると考えたためである。
同社の石油掘削装置にはこれまでにも多数のセンサーが取り付けられており、装置の運用状況やパフォーマンスなどの50万以上のデータポイントをトラッキングしてきた。石油企業は部品の故障などによる装置の停止や、掘削量が下がると損害が非常に大きくなることから、GEの提供する装置だけではなく他社の装置にもセンサーなどを設置し、データ分析を求めたため、同社幹部はIoTプラットフォーム、データ、分析、予測機能を提供するために10億ドル以上の投資を決め、Predixを開発しこの分野に参入した。
そして、石油・ガス業界の次は、航空機の故障を減らし定期メインテナンスをできるだけ短時間に行うことが重要である航空業界、製造装置や生産状況のトラッキングが必要な製造業、ビル管理や空調・エネルギー管理などを行う不動産業、電力業界などの分野にビジネスを拡大している。
製造業クライアントでは、スバルの工場で製造状況や課題などをリアルタイムでトラッキングすることで生産ラインを止めることを減らし生産性を上げたり、P&Gの工場ラインで製品品質を向上させることに役立っている。
5G普及による加速
2019、2020年にサービスが世界各国で始まる次世代モバイル通信規格5Gは、現行の4Gネットワークの10倍以上の通信速度や遅延が10分の1以下で、Wifi程度の低電力でIoTデバイスの小型化が可能になる。そのため、センサーなどIoTデバイスへの利用が一気に広がることが予測され、センサーを含めたIoTデバイスが2020年に500億を超える予測がエリクソンなどから出ているのはこれを反映したものである。何よりも、今まで4Gでは使われなかったミッションクリティカルなアプリを利用することが可能になり、製造業などでも特にサプライチェーン分野で普及していく可能性が高く、これにより製造プロセスのあり方が大きく変革する可能性もある。
他の業界で起こってきたデジタルトランスフォーメーションが、まさに製造業に一気に押し寄せてくる可能性を感じさせる時である。
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