次世代中国 一歩先の大市場を読む
謙虚になり始めた中国の人々~日本「遊学」ブームの背景を考える
Text:田中 信彦
SUMMARY サマリー
「日本企業との差は”蓄積”」
先日、中国のある企業家のグループが「遊学」の一旅で早稲田大学を訪れ、2日間、日本企業の経営や日本文化、経済に関する講義を受けた。私も講義の一コマを担当した。この企業家たちは中国の著名な大学院のEMBA修了者を中心としたグループで、メンバーの中には複数の中国や香港の上場企業の創業経営者が含まれていた。
その中のメンバーの1人で、香港上場の民営企業の創業者と話していたら、彼はこんなことを言った。要約しつつ翻訳すれば、以下のようなことだ。
「確かに過去の一時期、中国経済が急成長していた頃、やれば何でも儲かった時代があった。でも、もうそんな時代はとっくに終わっている。競争は激しくなるばかりだし、一方で人件費や家賃はどんどん上がり、黙っていたら利益は減るばかりだ」
「当然、中国国内でも企業間の格差は広がっている。経済の勢いに乗って適当な商売をやっていたところはどんどん淘汰されている。一方、同じ中国企業でも、この20年の間に世界に通じる実力を付けたところももある。その差はどこにあるのか。いろいろ自分なりに考えていたのだが、日本に来てハッキリわかった。それは蓄積の差だ」
「実力をつけて成長している企業は、中国でも創業の頃から自分の領域を定め、苦しい中、資金を工面して技術力を磨き、蓄積してきた会社だ。そういう会社は立ち上がりは苦労するが、ある時点から急激に強くなる。逆にそのような手順を踏まず、これが売れるからこの商売、あれが売れればあの商売、技術がなければお金で買ってくる。そういう経営をやってきた会社は、長い目で見れば結局伸びていない」
「日本には日本の問題があるのは理解している。同じ失敗はしたくない。ただ、日本企業には学ぶべきところがたくさんある。なかでも一つのことに集中して専門性を磨き、多少の困難があっても徹底的にやり抜く姿勢は中国の企業に足りないものだ。本当の競争力は簡単には身につかない。日本に来て、実際に見れば、自らに何が足りないか、ウチの幹部たちもすぐ理解する。自分の目で見てみなければ、やはりわからない」
ちょっと褒めすぎで、恥ずかしくなるほどだが、確かにこういうことを言うのである。
「蓄積」を重視した中国企業
そうした「本当の実力」をつけつつある中国企業の例として彼が名前を挙げたのは、移動通信の基地局やスマートフォンで知られるファーウェイ(HUAWEI=華為技術)やエアコンメーカーの格力(GREE=珠海格力電器)といった企業である。
確かにファーウェイは2017年の研究開発投資が897億元(日本円約1兆5000億円)に達し、売上高の14.9%を占める。過去10年間の研究開発費の累計が4000億元(6兆8000億円)を超えるという「自力発展」を強く志向する企業である。「売れるものをつくる」という「機会主義」(彼らはそう呼んでいる)を排し、長期的な視野で社会の方向性を読み、大胆に資源を投入して頑張るというやり方は、確かに普通の中国企業とは一線を画したものがある。
格力も同様で、かつて多くの中国のエアコンメーカーが安値競争に走る中、「工匠精神」(職人気質)の発揚をスローガンに掲げ、自前の技術の確立にこだわり、競争力を高めてきた。一部、生活家電や冷蔵庫なども生産するが、ほぼ一貫してエアコンの開発、生産に特化し、現在では売上高1500億元(同2兆5000億円)、8万人の従業員のうち1万人が技術開発に従事しているという。中国では圧倒的にNo.1のエアコンメーカーであり、世界各国に輸出してシェアを高めている。
両者とも、ファーウェイは任正非、格力は董明珠というカリスマ的な経営者が存在し、明確な方向性を打ち立てて企業を引っ張っている点でも共通性がある。リーダーが明確な方向を定め、目標に向けて着実に力を蓄積していく。そのことが、中国社会が成熟し市場の要求が高くなってきた現在、他の企業との差となって表れているのだろう。
謙虚になった中国の企業人たち
しかし、その一方で、前回の連載で指摘したように、巨額の投資資金が流れ込んだシェア自転車のビジネスが、日々の地道な維持・管理業務が追いつかず、せっかくの優れた仕組みが尻つぼみに終わりかねないという状況も出てきている。そこにあるのは長期的視野を持った経営の不在である。地味であっても大切な仕事に腰を据えて取り組む。時間をかけて独自の強みを築き上げていく。そういう姿勢が足りない。そんな危機感を持つ中国の企業人は少なくない。日本に「遊学」にやってくる心ある企業人たちは、まず例外なく「このままではいけない」「中国企業は“金儲け”志向が強すぎる」「グローバルな競争に勝ち残れない」といった思いを抱いている。彼(女)らは目に見えて「謙虚に」なってきている。
それはおそらく、あえて上から目線の物言いをすれば、「ものがわかってきた」からだと私は思う。中国でもスマホ1人1台の時代になって情報量は飛躍的に増え、一定の豊かさを手に入れた「普通の人々」の知識や行動の範囲は確実に広がっている。政治的にはまだ制約はあるにせよ、ともかく都市部の普通の中国人がクルマを持ち、先進諸国にほぼ支障なく旅行できるレベルまで来た。これはすごいことである。
そういう時代になって、視野の広くなった中国人たちが、改めて自分の目で世界を見て、さらに振り返って自国の姿を見てみると、昔より圧倒的に発展したのは確かだが、それは出発点が低かったからで、まだまだ問題は多い。「中国は大国だ」「世界のリーダーだ」と威張っている場合ではない──。そんな空気が出ているように思う。
こちらも進化しなければならない
政治的なイデオロギーの枠組みを通してではなく、客観的な視点で日本を見る中国人が増えている。この変化は世界にとって、そして日本にとって、素晴らしいことである。
しかしその一方で、こうなってくると、競争相手としての中国人、中国企業は手強い。今までは日本に誤った先入観や偏見を持っていて、相手をまともに知ろうともしない人が大半だったのだから、困ったことではあるが、ある面、安心であった。客観的に事実を見られない人が、たいした仕事ができるわけもなく、お手軽な模倣や一時の勢いで調子に乗っていた面があったからである。
しかし今日の中国の企業人は違う。まともな目で世界を見て、自らの足らざるを知り、真剣に勉強しようとしている。そのための資金も、豊富な人材も、勉強の成果を実行する基盤もある。「日本に学べ」と持ち上げてもらえるのは気分がいいが、相手が学ぶ以上のペースで、こちらも進化しなければならない。謙虚に学んで本当に力をつけた相手と、どのように協力し、どうやってこちらも儲けていくのか、本気で考えなければならない。でないと今度は本当に追い越される。そういう時代になったと思う。
関連リンク
- 次世代中国 一歩先の大市場を読む 中国のシェア自転車はなぜ失速したのか ~投資偏重「中国的経営」の限界
- 深層中国 ~巨大市場の底流を読む
(田中氏の過去の連載記事をPDFの形でご覧いただけます。PDFをご覧いただくには、NEC ID登録が必要です。)
次世代中国