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次世代中国 一歩先の大市場を読む

謙虚になり始めた中国の人々~日本「遊学」ブームの背景を考える

田中 信彦 氏

BHCC(Brighton Human Capital Consulting Co, Ltd. Beijing)パートナー。亜細亜大学大学院アジア・国際経営戦略研究科(MBA)講師(非常勤)。前リクルート ワークス研究所客員研究員 1983年早稲田大学政治経済学部卒。新聞社を経て、90年代初頭から中国での人事マネジメント領域で執筆、コンサルティング活動に従事。(株)リクルート中国プロジェクト、ファーストリテイリング中国事業などに参画。上海と東京を拠点に大手企業等のコンサルタント、アドバイザーとして活躍している。近著に「スッキリ中国論 スジの日本、量の中国」(日経BP社)。

盛り上がる「日本に学べ」

 最近、中国の企業人の間で海外への「遊学」が一種のブームである。最大の行き先は日本だ。「遊学」とは簡単に言えば、「留学」ほど本格的ではなく、「研修」ほど堅苦しくないが、単なる物見遊山ではなく、それなりに目的を持って学ぶことを主眼にした旅のことである。

 日本ではITの領域などを中心に「中国すごい」論が盛り上がり、日本の将来に対する悲観論が主流を占めているかに見えるが、一方の中国でにわかに「日本に学べ」論が湧き起こっているのは面白い。

 その背景には、中国社会の変化がある。人々は豊かになり、顧客の目は肥えて、高品質、高付加価値の商品やサービスを提供しないと生き残れないとの危機感が経営者にはある。さらに言えば、経済成長で自信と余裕を身につけた中国の人々が、何かと因縁の深い「日本」という存在を客観的に見ることができるようになってきた。

 少なくとも企業の経営者やマネジメント層の間では、ようやく日本人と中国人が市場経済のベースで、お互いの長所や短所を理解し、認め合える時代が始まったと私は感じている。今回はそのあたりの話をしたい。

中国の大学や大学院が主催する例も

 「遊学」という言葉は昔からあったが、社会的に注目されるようになったのはここ数年のことである。もともとは小中学生などのサマーキャンプや修学旅行のようなものを指したが、最近は企業人の海外研修的なものが増えている。この原稿では「遊学」と称した場合、企業人相手のものを念頭に置いている。「遊学」の「遊」(現在の中国語表記では「游」)は、日本語の「遊ぶ」とはやや違い、「遊撃隊」とか「遊説」などという使い方が日本語にもあるように、「自由に動く」という意味である。

 企業人の「遊学」には大別して2種類あって、一つは、ある企業や業界団体などが独自のプログラムをつくり、オーダーメイドで実施するもの。もう一つは旅行社や企業研修サービス会社、コンサルティング会社などが事前に一定の企画商品を開発し、参加者を募るタイプだ。小売業、外食産業、医療・介護サービスなど、さまざまな業界に向けたコースが用意されている。また、中国の大学はMBA(経営学修士)に加え、経営者や管理職層を主な対象にしたEMBA(Executive MBA)を設けている例が多いが、こうした大学や大学院が海外の教育機関など提携して卒業生とその周辺を対象に「遊学」を企画している場合もある。

 期間は短いものは2泊3日、長いものは10日~2週間ぐらいまであるが、日本が目的地の場合、5日~1週間程度が多い。仮に全行程を1週間とすると、うち2日間ほどを日本の企業人や研究者などによる講義、2日間を企業や店舗、工場などの訪問、残りの時間は観光や買い物、自由行動などに充てるのが普通である。費用はツアーの内容や参加メンバーの役職などにもよるが、1人あたり日本円30~80万円程度である。

日本「遊学」のウェブ広告

人気企業には訪問依頼が殺到

 日本でどのような内容の講義を聴き、どんな企業を訪問するかは、参加者の構成による。しかし、中国経済自身が、輸出牽引の「世界の工場」から内需中心の方向に転換しつつある流れもあり、日本への「遊学」には、どちらかと言えば小売や飲食、サービス業などの企業の関心が高い。こうした業界は、ブランドのコンセプトや商品、店舗などのデザイン、商品開発、接客など、まさに「百聞は一見にしかず」で、現場を実際に見て、関係者の話を聞くだけで短期間でも大きな収穫を得やすい。

 特に近年、中国国内でも積極的に店舗展開し、大きく成長しているユニクロや無印良品、ニトリ、丸亀製麺といった中国でも知名度の高いブランド、またドンキホーテや蔦屋書店、ホテル・旅館業の星野リゾートなど独自の経営手法を持つ企業は人気が高く、講師派遣や訪問希望が殺到していると聞く。

 加えて日本「遊学」が歓迎される大きな原因の一つに距離的な近さがある。欧米はもちろん魅力的な行き先だが、遠いので一週間程度の日程では厳しい。参加者は企業の幹部クラスが中心で、長くは抜けにくい。その点、日本なら出発日の午後には現地で活動が可能だし、週末をからめて4~5日程度で一定のプランは組める。費用も安い。それから参加者が口々に言うのが、食事がおいしいことである。これは中国人にとっては冗談でなく重要な要因で、欧米の「肉とイモばかりの食事にはほとほと参った」という人が多い。

「日本人は、なぜこんなことができるのか」

 私自身、昔からのさまざまな縁で、こうした「遊学」の中国企業人たちに講義をする機会が最近、とみに増えている。話す内容は、日本企業と中国企業の考え方の違い、例えばこのwisdomの過去の連載でも触れた「インダストリー型(日本)」と「トレード型(中国)」の発想がどのように現実の企業行動に表れているか、また、前回の連載「中国のシェア自転車はなぜ失速したのか~投資偏重「中国的経営」の限界」でも書いたように、大胆な投資で短期のリターンを得ようとする傾向が強い中国の経営と、コツコツとした仕事の蓄積で長期的に価値を出そうとする日本的な発想、両者の長所と短所、なぜそのような行動の違いが発生するのか、その文化的背景──といったような話を望まれ、また実際にすることが多い。

 参加者の日本企業や文化に対する興味、関心は非常に強い。そこには日本の街で出会うさまざまな商品やサービス、デザインなどに直接的な商売のヒントが山盛りであるという現実的な面もあるが、それにも増して参加者が知りたがるのは、「なぜ日本人にこういうことができるのか」、裏を返せば、なぜ中国では実現できないのか、この差は何に由来するのか──ということである。

創業100年超の企業が3万社

 この手の「日本のユニークさ」を強調する話題は昨今、中国国内のメディアでも頻繁に取り上げられている。例えば、中国のビジネスニュースサイト「華爾街見聞」2018年8月30日付は「伝承的力量:日本長寿企業的風雨滄桑(受け継ぐ力:日本の長寿企業の歴史的変遷 ※訳は筆者)」と題する人気ブロガー執筆の記事を掲載している。

 それによれば、日本には2016年現在、創業100年超の企業が3万3069社あり、2012年の調査から5000社以上も増えた。創業1000年超の企業も7社あって、最も古い「金剛組」はすでに1439年の歴史がある世界最古の企業である。1300年以上の歴史を持つ旅館が今も営業していたりする。

 一方、中国では最古の企業とされるのは1538年創業の漬物店「六必居」(北京市)で、それに次ぐのが1600年創業の薬品店「陳李済」(広東省広州市)、1663年創業の刃物店「張小泉」(浙江省杭州市)といったあたり(創業年代には異説もある)で、信頼できる記録で100年以上の歴史がある老舗は数えるほどだという。同記事によれば、中国の中小企業の平均寿命は約2.5年、一定規模以上の企業でも7~8年に過ぎない。これは2017年に倒産した日本企業の平均寿命の23.5年(東京商工リサーチ調べ)と比べて圧倒的に短い。

 社会の歴史的背景が違うから、数字の単純な比較は難しいが、少なくとも中国のそれなりに意識の高いビジネスパーソンたちがこうした観点に注目し、このあたりに日本の強みの秘密がありそうだと感じていることは間違いない。

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