2018年12月28日
織田 浩一 北米トレンド
アメリカ製造業に広がるEコマースの浸透
~米国工場内に普及が進む自動販売機ビジネスとは?~
9月に公開した記事「業界の垣根を超えて広がるxTech最前線」では、金融、広告、旅行、人材(HR)などの順で、テクノロジーが業界を変革し、医療、製造業が後に続いている様子について書いた。今回は製造業でのEコマースなどの浸透状況について解説したい。
製造業でも消耗材・間接品がEコマースへ
製造業での企業間の売買は、従来、ほとんどの製造企業に導入されているERPを介してEDIを利用して行われていた。直接材の取引の場合、規格や品質などから選定された特定のサプライヤーから提供されるものがほとんどだ。そのため、サプライヤーを選定するのに長い期間が必要になる場合が多く、発注管理がEDIなどで行われていることがほとんどで、まだまだEコマースが普及するのが難しいのが現状である。
だが、間接材、消耗品の分野ではEコマースが広く普及している。英語で、MRO(Maintenance, Repair and Operations:メンテナンス、修繕、運営の意味)を示す商品群で、コンプレッサーやポンプ、清掃用品やラボなどで使用されるもの、潤滑油、工場ラインの修繕のためのツールなどを含めたもので、購買頻度が比較的高いものが多い。
間接材販売におけるアメリカのトッププレーヤーは、日本では商社と呼ばれるような企業群のディストリビューターであるGrainger、Fastenal、McMaster-Carr、MSCなどである。ほとんどの企業が、大型店舗をアメリカの中西部や南部、北東部などの地域に持つ。その場でも購買可能であるが、厚さが10cmもあるような商品カタログを用意し、対面、電話での注文も受け付けている。当然、顧客ごとに営業チームがおり、在庫はディストリビューター側に置きながら、毎月、あるいは四半期、年間での予定にしたがって、自動的に納品することも行なっている。
いずれも90年代後半から、Eコマース事業を始めており、今ではそれぞれかなりの売上をEコマースからあげている。B2B事業であるので、当然のことながら各社多数の営業チームを抱えており、顧客との口座の設定や購買金額に連動した割引率などの設定、契約などは直接行われているものの、その後の各製品などの注文、必要部署からの承認、納品管理、請求書管理などはオンラインで可能になっている。また契約日や毎年の予算などが自社の調達部門と事前に調整されているため、部署や工場で発注できるようになっていることが一般的である。
まずはGraingerとMSCの紹介と、各社の売上に対してEコマースの売上が占める割合を見てみよう。
W.W. Grainger, Inc
1927年米シカゴで設立、90年以上の歴史を持つMROディストリビューターのトッププレーヤー。2万7500人の従業員が在籍しており、北米で375の店舗を展開し、2017年の売上は104億ドルである。世界で300万の顧客があるという。
1996年からGrainger.comでオンラインカタログを公開し、Eコマースに参入している。2000年に、住友商事とのジョイントベンチャーであるモノタロウや、2011年からアメリカでの中小企業向けの新たなEコマースブランドZoro、2014年からドイツでZoro Europe、イギリスでCromwellなど、同様のオンラインビジネスの地域展開を行なっている。
これらの施策により、2015年には米市場でのEコマース売上が41%、2016年には60%、2017年に69%、そしてCEOが昨年発表した予測によると2022年までに80%に上るとしている。
MSC
1941年、ニューヨークで工具を販売する店舗として設立。北米・イギリスで6500人の従業員と12の販売・配送センター、93拠点を持ち、2017年の売上29億ドル。
同社の2017年売上でEコマース売上が60.1%を占め、対前年比58.2%上昇していると公開している。
工場内自動販売機の普及
ここまでEコマース売上という言葉を、明確には定義してこなかった。企業によって内訳が若干異なるが、実はEコマース売上の大部分は工場に導入した自動販売機によるものが多い。
自動販売機は、2000年代半ばぐらいから工場への導入が始まった。今ではこれらの間接材ディストリビューターの販売チャネルとしてなくてはならないものになっている。自動販売機には、よく使われる間接材在庫を入れておき、工場などでの担当者が自分のIDカードや認証番号などで購買できるようになっている。これらのデータが工場内のPCターミナル、企業での集計、そしてディストリビューターのサーバへ送られ、在庫補填のためにも使われる。利用金額にもよるが、ディストリビューター側で自動販売機を所有し、工場側へは事前に同意した価格で購買した金額とソフトウェアの利用料を支払えば良い形になっていることが多い。購買データは基本的に利用企業側のものになっているが、ディストリビューター側のサービス効率化、改善のためにも使われている。
自動販売機の工場への導入メリットは下記のような点だ。
- 在庫の削減:間接材は購買されるまでディストリビューター側が持っていることになるため、在庫圧縮を可能にし、財務状況の向上に役立つ。
- 在庫を取りに行く時間、配送される時間の短縮:工場内に設置することで、短い時間で在庫を得ることができる。
- ムダな利用の削減:誰が何をどれぐらいの頻度で購買しているかなどをトラッキングすることができ、果たしてその購買が必要なものなのかどうかを評価できるため、ムダな利用を削減できる。利用企業、工場にもよるが、自動販売機導入で取り扱い間接材の購買を30%以上減らしたというケースもあるという。
- 購買分析:企業レベル、工場レベル、部署レベル、製品レベル、特定の期間や対前年比較など、多角的な分析が可能で、間接材の利用状況の詳細を知ることができる。
- 発注書なく在庫切れを防ぐ:在庫が少なくなると自動的にディストリビューターに発注され、在庫が補充されるため、発注書などを出す必要もなく在庫切れを防ぐことができる。
これら以外にも、副次的なメリットとして、例えば24時間稼働の工場で救急医療キットが購買されると、すぐに経営陣、人事担当者などにメッセージが送信され、対応を始めることができるといったデータ利用の仕方もある。またデータ分析から、新たなディストリビューターと契約を結ぶことで、より効率的な製品購買を行うことができるということもある。
自動販売機のクライアント企業への導入は、上記の企業を含めた多数のディストリビューターで行われているが、企業戦略として積極的に導入しているのが、米業界2位のFastenalである。同社の概要と自動販売機事業の様子をまとめてみよう。
Fastenal
社名は留め金を意味するFastnerに由来する。由来の通り、主にネジやナットなどの販売から始まった企業で、1967年ミネソタ州で設立された。現在では北米、メキシコ、ヨーロッパで1万8000人あまりの従業員が2600拠点で業務し、13の配送センターを持つ企業である。製品数は今では70万種類を超えている。2017年の売上は44億ドルで、Graingerに比べれば半分以下程度ではある。
同社は特に自動販売機の導入に注力しており、2011年の導入開始から、2017年末には7万台を超える導入を行なっている。これは毎年15%の成長率である。
上図の数字は、リースされたロッカーを含めていないので、2017年の終わりには8万6000台が導入されているという報告を財務資料で行なっている。
同社では、自動販売機やその周辺で他の在庫を管理するサービスをOnsite(現場管理)として集約しているが、このOnsiteサービスが売上の20%を占めており、さらにFastenalの成長部分の40%を占めているという。戦略的に非常に重要な事業であるわけだ。
調査会社Grand View Research Incによると、グローバル市場での産業用自動販売機市場は、2016年の7億1560万米ドルから2025年に14億3千万ドルと、毎年8%の成長になると予想している。その中でも、アジア地域がこれから伸びていくと考えられている。
Amazon Businessの脅威
上記に登場する大手ディストリビューターはEコマース、自動販売機などを使って、新たな販売チャネルの構築に成功しているが、アメリカの製造業界では数百の中小ディストリビューターがあり、新しい環境に対応していけるかが懸念されている。
アメリカで2012年にAmazon Supplyとして始まったAmazon Businessは、日本でも2017年から始まっている。今はまだ中小企業向けのオフィス用品などでのニーズが主であるが、将来的に競合として脅威になる存在であると、製造業界でもディストリビューターを中心に危機感が高まっている。
ディストリビューター市場の調査分析を行うMDM(Modern Distribution Management)のアナリストが、今年初めに業界カンファレンスでAmazon Businessの業界への脅威について解説している。それによると、これから起こるのは間接材や工具、ネジなどを扱うディストリビューターが、12%という比較的低いAmazon Businessのコミッションに納得して、彼らの製品を電子調達システムなどを介してAmazon Businessのマーケットプレイスに出していくことだという。購買企業側で55日というような支払い猶予期間と2時間以内の配達という利便性を好んで購買を増やしていき、これが需要をさらに高めていく。
これがさらにディストリビューターが自社の製品を出品することを後押しし、品揃えが増えていく。同時にAmazonはAIを使って検索とのマッチング率を向上させたりAmazon EchoやAlexaなどで音声発注を可能にしたりして、さらに購買側の利便性を上げ、需要を上げていく。ある程度業界での普及が進むと、Amazonは電子調達システムやERPなどのシステムで主要なものを買収することで、ディストリビューターのロックインを行い、Amazon Businessのマーケットプレイスから離れられない状況を構築する。
だが、Amazonが成長しつつある段階ではいいものの、その成長が落ちる時には、株式市場からの圧力で、ディストリビューターのコミッションを12%から徐々に上げていき、他に販売チャネルのないディストリビューターは利益率への圧力を受けながらもAmazon Business上で販売し続けるしかない状況が生まれるという予測である。
同アナリストは、このような状況が生まれる前に、ディストリビューターはEコマースチャネルを確立させ、Amazon Business「でも」販売しているという状況を構築することが、このような状況を生み出さない方法であると解説していた。
日本では製造業商社などでAmazon Businessの脅威について話題になることはまだ少ないようであるが、業界の将来を見据え、注視していく必要があるのではないだろうか。