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2016年12月05日

地方創生現場を徹底取材「IT風土記」

北海道発 海のビッグデータ操る「マリンIT」、漁業活性化の切り札

 北海道函館市は、函館山から眺める美しい夜景や歴史的景観である五稜郭など豊富な観光資源を持ち、北海道新幹線の開通でさらに魅力ある街として脚光を浴びる。しかし、その注目度の高さとは裏腹に、若年層の都市への流出や高齢化などで毎年約3000人という急速な人口減少に悩まされている。地域の活性化の切り札として期待されているのがICT(情報通信技術)の導入だ。なかでも、これまで地域を支えてきた漁業のIT化を進める「マリンIT」への期待が高まっている。

ITの人材を育成し、若者に魅力ある街へ

 「定住人口の減少は日本全体の傾向で、函館市だけでこの流れを止めるのは難しい。しかし、若者に魅力のある街にする努力はできる」。工藤壽樹・函館市長は、仕事を求めて都会に出て行った若者たちを函館に呼び戻そうという取り組みに力を入れている。函館市の人口は、平成27(2015)年の国勢調査では、約26万6000人にまで減少している。年3000人のハイペースの減少の3分の1は若者たちだ。

ICTを活用した雇用対策を熱く語る函館市工藤市長

 民間調査会社のブランド総合研究所による「最も魅力的な市区町村」の調査では、函館市は3年連続トップに選ばれている。豊富な観光資源を生かした交流人口の底上げは、北海道新幹線開通効果による国内の観光客増加や、インバウンド(訪日外国人客)の増加という形で実現している。工藤市長は「函館には函館山から望む素晴らしい夜景があり、観光客が1泊してくれる街だ。交流人口が1日1万人増えれば、定住人口が1万人増えた以上の経済効果が期待できる」と手ごたえを感じている。

 ただ、日本全体が人口減少の渦に巻き込まれつつある中で、函館だけ定住人口を増やそうというのは難しい課題といえる。しかし、行政が手をこまねいているわけにはいかない。若者の流出先は首都圏や北海道の札幌などの大都市だ。工藤市長は「若者が吸収される大都市が、過密化により子育て環境が悪化し、少子化が進む」と述べ、日本が人口減の悪循環に陥っている現状を指摘する。確かに、函館市の高齢化率は32.8%にまで上昇しており、3人に1人が65歳以上の高齢者になりつつある。

 工藤市長が若者を呼び戻すために力を入れているのが、ITを軸にした街づくりだ。人手不足に陥っている大都市圏では、IT技術者の確保が難しくなってきている。IT企業に優遇制度を設け、誘致に力を入れる一方で、地元の公立はこだて未来大学の学生や企業の社員が先生役となり、子供たちにプログラミング教育を提供する。工藤市長は「函館市は子育てや介護などの問題にも対処しやすい環境を提供できる」といい、ワークライフバランスを重視する若者世代にアピールする。

イカの街に異変、海の変化をつかめるか

 函館の港は、全国でもいち早く開港した貿易港であり、北の玄関口として発展してきた。イカ釣りを中心とする漁船漁業と、コンブ、アワビ、ウニなどを対象にした沿岸漁業が盛んだ。とりわけ、イカ釣りは有名で、シーズン中は、水揚げされたばかりの新鮮なイカが市場に並び、朝にはイカを売り歩く行商の売り声が街に響き渡る。夜の沖に浮かぶイカ釣り漁船の漁火の幻想的な風景は、函館の夏の風物詩となっている。

 しかし、そのイカの街に異変が起きている。イカの漁獲量が減る一方で、ブリやフグなどこれまで獲れなかった魚種が水揚げされるようになったのだ。今年のスルメイカの不漁は、10年に一度の規模と、地元のニュースは伝えている。工藤市長は「イカを楽しみにしている観光客にイカを出せないと、イメージダウンは大きい」と動揺を隠さない。塩辛やスルメの加工業者など、すそ野の産業に与える影響も深刻だ。

 近年の海の激変は、地球温暖化に伴う水温上昇が原因とする指摘が多いが、科学的に解明されているわけではない。海の変化の兆候をいち早く把握し、対応を考えられる体制づくりが、街づくりの新たな課題として浮上している。

 函館市は豊富な水産資源に恵まれ、水産・海洋分野の学術研究機関や関連産業が集まっている。「函館国際水産・海洋都市構想」と名付けたプロジェクトは、学術試験研究機関や民間企業が一堂に入居できる研究室を備えた「函館市国際水産・海洋総合研究センター」を核に産官学が連携し、マリンサイエンスの分野で世界をリードする研究成果や革新技術を生み出す狙いだ。マリンサイエンスシティの中でも、成果を上げている研究がある。公立はこだて未来大学の「マリンIT」だ。

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