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2017年05月31日

地方創生現場を徹底取材「IT風土記」

長崎発 「FinTech」は離島活性化の起爆剤となるのか 電子化された地域通貨「しまとく通貨」の挑戦

もともとは金券でスタート…高コストに耐えられない自治体も

 しまとく通貨はもともと2013年4月から金券の形で発行されていた。1枚1000円の金券6枚つづりの金券を5000円で販売。当時は五島列島、壱岐島のほか、対馬や高島などの島々の自治体も参加。現在のように期間限定ではなく、1年中利用が可能だった。

電子化されたしまとく通貨。右は電子化される前の金券

 壱岐市によると、初年度こそあまり浸透はしなかったものの、2年目以降、観光客の利用も加盟店の数も急速に拡大したという。「壱岐では、年間観光客の3分の1は夏のシーズンに集中するのですが、在庫が足りなくなるのではと心配することもありました」と壱岐市観光商工課の篠崎係長は語る。壱岐市では、大手旅行代理店などと提携し、しまとく通貨を使った壱岐ツアーを企画。広島や関西からの観光客を呼び込み、大きな経済効果をもたらした。

 だが、人気が高まるにつれて、さまざまな課題が浮き彫りになってきた。

 加盟店は、観光客から受け取った金券は裏書して発行委員会に持ち込んで現金を回収するのだが、現金化までに1カ月近くかかっていた。島から長崎にある委員会への輸送や金券の裏書のチェックなどほぼ手作業で行われていたためだ。「なかなか現金が手に入らず、資金繰りに頭を痛める加盟店も多くありました」と、しまとく通貨を運営する「しま共通地域通貨発行委員会」(事務局・長崎市)の江口義信事務局長は説明する。さらに、本来は観光客向けに発行される通貨なのだが、島内の住民が不正に購入して利用するケースもみられたほか、観光客が上限のセット数以上を購入してもチェックすることが難しかったという。

しま共通地域通貨発行委員会の江口義信事務局長

 しまとく通貨は島内では現金と同等の価値を持つため、管理も厳重にする必要があった。「金券自体も偽造防止のための印刷を施し、発行コストや島への郵送、保管のコストはばかになりませんでした。現実問題として、紙ベースでの発行は限界がきていたと思います」と江口事務局長は語った。

 しまとく通貨1セットに付与された1000円のプレミアムは自治体の負担になる。人気になればなるほど市の財政を直撃する。スタートから3年間で222万5000セット、約104億円を売り上げたが、対馬市など一部の自治体は3年で撤退することになった。

 そこで着目したのが、電子化だった。電子化によって、しまとく通貨はすべてインターネットを通じてやりとりされるようになった。金券を印刷し、島に郵送する必要がなくなった。決済もスムーズに行われ、加盟店も資金繰りに困る苦労から解放された。

電子化がもたらす新たな可能性

 しまとく通貨のように発行自治体などがプレミアム分を上乗せした地域通貨は、「プレミアム付き商品券」と呼ばれ、2014年に政府が地方創生を目的に経済対策として補助金を交付、全国の自治体に広がった。しかし、その多くは期間限定で終了している。プレミアム分の財源を確保するのが難しいからだ。電子化を受けて、発行委員会も戦略を転換。通貨の発行を観光客が減少する閑散期にしぼり込んだ。

 昨年熊本地震があったため、戦略の転換が観光客数にどれだけの影響を与えたのかは読みにくいが、加盟店の中には通年での利用を望む声が根強い。また、スマホに不慣れな高齢者が使いにくいといった課題もあるが、「確かに経済効果は大きかったが、金券で使っていた時の混乱を考えると、今の仕組みをうまく活用した方がいい」(ビューホテル壱岐の吉田繁社長)と評価する声も上がっている。

ビューホテル壱岐の吉田繁社長

 電子化によって、発行委員会はこれまで入手できなかったさまざまな情報を集めることができるようになった。利用者の性別や年齢層、個人客と団体客の利用割合、買い物や食事、宿泊費などの費目などだ。発行委員会では半年間で得られた情報を分析しながら利用者のニーズに合った観光戦略を検討する考えだと発行委員会の会長を務める壱岐市の白川博一市長は語る。

白川博一 壱岐市長。しま共通地域通貨発行委員会の会長を務める。

 白川市長は「しまとく通貨の電子化は時代の波だったのかもしれない」と振り返る。

「電子化する事のメリット・デメリットを慎重に検討した。例えば電子化する事で、観光客は窓口に立ち寄らなくてもしまとく通貨を追加購入出来るようになる。でも高齢者は活用できるのか?という心配もあった。熟慮の末、しまとく通貨の電子化を決めた。結果的に観光客にすんなりと受け入れられ、売上げも非常に伸びた。電子化に思い切って良かった」と手応えを感じている。「壱岐市はしまとく通貨を活用したツアー商品が効果を上げているが、電子化によって、これまで以上に旅行会社からの新しい提案が増えている。一方で、五島列島には五島列島のニーズがあるので、各自治体とニーズを調べながら、収集したデータを分析して観光客の呼び水となる施策を打っていきたい」と続ける。壱岐島から五島列島を旅行するような場合にしまとく通貨に特典をつけるなど離島間を横ぐしでつながるような施策や、利用動向を分析しながら、低価格の土産物でも利用しやすいように1枚当たり金額を下げるなどの施策に取り組む考えだ。「壱岐は「海と緑の癒しの島」と表現しているように、しまとく通貨をきっかけに、美しい海と豊かな自然に囲まれた古代ロマンを感じる壱岐の魅力にふれて欲しい」と白川市長は思いを込める。

 離島を抱える全国の自治体も「しまとく通貨」の取り組みを注目している。離島振興のために同様の電子地域通貨の導入を検討する自治体もあるという。「しまとく通貨の取り組みが全国の離島に広がれば、各地の離島との連携も可能になる」と白川市長は期待する。

長崎の小さな島々から始まった取り組みが全国の離島を活性化させる大きなきっかけになるかもしれない。

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