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安全・安心・効率・公平な社会の実現を目指して
医療の未来とICT活用を考える

 超高齢社会の到来による疾病構造の変化やテクノロジーの進歩、医療従事者の働き方改革推進など、医療機関を取り巻く環境はますます変貌しています。こうした潮流を踏まえて、NECグループは2019年2月15日、「NEC医療セミナー2019」をNEC本社ビルにて開催しました。

 今回は「医療の未来とICT活用を考える」をテーマに据え、RPAやAIといったICT技術を医療現場に取り入れた先進の取り組み・ソリューションを紹介しました。また、未来の医療サービスの方向性、およびICT活用による病院経営の革新について、倉敷中央病院 山形院長と聖マリアンナ医科大学 明石理事長にご講演いただきました。

講演1:これからの医療の方向性を考える──AIとロボット時代を迎えて

公益財団法人 大原記念倉敷中央医療機構
倉敷中央病院 院長 山形 専 氏

「現代の進んだ医療技術やITを、十分に享受できているのか?」という問いかけ

 倉敷中央病院は1923年の創設以来、「患者本位の医療」「全人医療」および「高度先進医療」の理念を掲げ、岡山県の基幹病院および災害拠点病院として地域医療の充実に注力しています。

 講演の冒頭で、山形氏は受講者にこう問いかけました。「私たちは今日の進んだ医療やITを十分に享受できているでしょうか? また、現在の国民皆保険制度の下でその享受を受け、健康寿命の延伸につながっているでしょうか?」。

 この問いに対して、山形氏は明確に「No」と発言し、その理由を脳神経外科領域の医療の進歩を例に挙げて説明しました。「かつては、脳卒中は死亡率も高く、手術が成功しても後遺症が残ってしまう疾病でした、しかし1975年頃に、画像診断におけるCTスキャン導入や血管撮影装置の改良、手術用顕微鏡の導入など、革新的な進歩がありました。そして2019年現在、画像診断においてはMRI、3次元画像診断、脳機能診断、AIによる画像診断が、手術においてもナビゲーション手術、覚醒下手術、脳血管内手術、ロボット手術の導入など、さらに大きく進歩しています。その結果、脳梗塞、脳出血、クモ膜下出血といった脳卒中のほとんどは予防可能になりました。ところが現在でも多くの患者さんが、脳卒中を発症してから病院に運ばれてきます。その中には、後遺症によって全介助(※)になってしまう患者さん、残念ながら亡くなってしまう患者さんもおられます。このような患者さんが、発症の1年前、あるいは3年、5年前に、3万円~5万円程度を負担して脳ドックを受けていれば脳卒中を予防でき、おそらく元気に一生を全うできていたのです」。

  • 生活をしていく上で必要になる動作全てを介助する必要があること

 医療技術が劇的に進歩し、予防が可能になっているにもかかわらず、「大部分の医療従事者と国民の意識は40年前とあまり変わっていない」点を、山形氏は医療における重要な課題として提示したのです。

人間にも“車検“があっていい──。予防医療を中心に据え、「病気にならない」医療を目指すべき

 では、医療従事者は今後、何をなすべきなのか…?山形氏は「目の前にいる患者の命を救ってあげることが医療機関の使命だという意識が強く、予防医療へのモチベーションは低い。私たち医療従事者はまず、この意識を変えていかねばならない」と述べ、「診断・治療の医療から予防医療の充実」への転換を図っていくことを提言しました。

 そして「なぜ、今、予防医療なのか」として、以下の3点を挙げられました。

「1.新しい進歩した医療を利用できる」
─リスクの少ない安い費用で精密な検診ができ、少ないリスクで予防治療ができる
「2.国民皆保険制度の制度疲労への対策となること」
─早期の診断・治療で医療費が軽減できる、自分の命は自分で守る(個人負担で健康維持)、医療に対する意識改革となる
「3.健康寿命の延伸を実現できる」
─働く期間を延ばせる

 さらに、健康保険制度のトラップ(罠)として、次のように述べられました。
 「自動車と同様に、人間にも“車検”があっていいと思いませんか? もし、医療費の負担率がもっと高ければ、ほとんどの人は疾病を予防するために、積極的に検診を受けようとするはずです。しかし、日本は皆保険制度のもと、人々は『症状が出てから病院を訪れる』という行動をとりがちです。その結果、手遅れになる人が増加すれば、国の財政も圧迫され続けます。
 医療従事者は国民に対して、『現代の進歩した医療技術を活用すれば、ほとんどの病気は防げる』という情報を周知していく必要があります。現状は、こうした啓蒙活動があまりにも不足しています。
 『自分の命は自分で守る』、つまり、検診などの個人負担を少し増やすことで病気にならず健康が維持できるという意識改革が広がれば、それは国民皆保険制度の制度疲労への対策にもなるのです」。

 講演の後半では、「自分の未来のいのちを見よう」をコンセプトに、倉敷中央病院が6月オープンする「予防医療プラザ」での予防医療に向けた取り組みを紹介しました。倉敷中央病院が蓄積してきた過去の膨大な定期健診データを、NECの異種混合学習技術を用いて分析し、現状の生活を続けた場合の将来予測、あるいは好ましくない生活習慣を見直した場合の将来予測を導き出すシミュレーションシステムの活用例を説明しました。「“将来の自分はどうなるのか“ “どうすれば改善するのか“をデータで見せることで、その人の行動変容が起きること、指導者も一人ひとりにより適切なアドバイスができることを期待している」と、山形氏は語りました。

 続いて山形氏は、岡山県倉敷地区の複数の医療機関が協力し、地域住民の病気予防・健康維持などを目的とした医療サポーターを養成する「わが街健康プロジェクト」という活動を紹介しました。

「わが街健康プロジェクト」で実施している活動のひとつ「サポーターズミーティング」の模様。
地域の医療サポーターが5名程度のグループに分かれて、意見交換を行う。

 山形氏は講演のまとめとして、これからの医療業界が変革すべき4つの要点をスライドで提示。また、新たな医療のあり方を踏まえて、IT活用の推進などを目的とした組織改革の必要性にも言及しました。

医療業界の革命

講演2:ICTイノベーションで大学病院を変える

学校法人 聖マリアンナ医科大学
理事長 明石 勝也 氏

「やっちゃえIT」を合言葉に、従来のやり方や慣習にとらわれないイノベーションに着手

 聖マリアンナ医科大学は、キリスト教的人類愛に根ざした人財育成を理念に掲げ、数多くの医師を養成している教育機関です。また、診療活動では3つの附属病院に加えて、川崎市立多摩病院の運営を指定管理者として受託。川崎・横浜の両市を中心に、合計約2000床の病床数を有しています。

 同学は2016年度より、世界医学教育連盟のグローバルスタンダードに準拠した新たなカリキュラムを実施しており、臨床実習教育の充実を最優先すべき課題に掲げています。もうひとつの最優先課題として明石氏が重視するのが、働き方改革です。聖マリアンナ医科大学の医師たちは、医学教育・診療・研究という3つの職域を兼ねており、看護師をはじめ病院スタッフの日常も多忙を極め、働き方改革が求められていました。

 こうした課題が顕在化していたにもかかわらず、同学および大学病院では主に紙ベースで情報が共有されるなど、煩雑なワークスタイルが多く残っていました。また、院内のWi-Fi可能エリアは限定され、スマートフォンの利用も禁止されていました。「大学教育も医療現場も、いわばガラパゴス状態。ICTへの漠然とした不安や、過去からの慣習を変えることへの強い抵抗感が、学内・院内のあちこちに見られたのです」と、明石氏は2015年当時を振り返りました。

 こうした状況を打開すべく、同学は2016年に外部からICT専門人材を登用。続いて法人組織の中枢にIT戦略部門を設置し、医学教育の充実と働き方改革の実現に向けた取り組みをスタートさせました。「『やっちゃえIT』を合言葉に、トップマネジメント層が率先してICTを活用し始めました。全員がノートPCを携行し、まず会議をペーパーレス化しました。学内データはクラウドに格納して、添付資料を撲滅しました。効果が見込めそうな施策は、従来の慣習にとらわれずにどんどん実行に移すことにしたのです。小さな活動でもよいので、ICT化で得られた確かな“成果“や“便利さ“を、徐々に学内と院内へ浸透させていきました」と、明石氏は述べました。



聖マリアンナ医科大学(大学病院)における、ICTイノベーションへの取り組み実績
◎…聖マリアンナ医科大学オリジナルのしくみとして構築したもの
〇…既存の製品やシステムをカスタマイズして活用したもの

 講演では直近2年半の活動の中から、学生への生涯アカウントの付与による高度医療人財データベースの構築への取り組み、日本初の「本格的電子ポートフォリオ(※)」導入による医学教育方法の充実、情報活用のコツをわかりやすく紹介するマリナンナポータルによる情報共有/業務効率化への取り組みなどが、詳しく紹介されました。

  • リポートや授業のメモ、プリント、教師や同僚のコメント、サークルや課外活動など、学生の「学び」に関わるあらゆる記録をデジタル化して残すシステム
聖マリアンナ医科大学病院で2018年12月16日から2019年1月11日に検体・薬搬送の実証実験を行った自立走行型デリバリーロボット「Relay」(NECネッツエスアイ)。
セミナー当日、展示会場で元気に動き回り、来場者の関心を集めていました。

NECとICT戦略パートナー包括協定を締結。教育、研究、医療サービスのさらなる質的向上を目指す

 2021年に、聖マリアンナ医科大学は創立50周年を迎えます。これを機に、教育、高度医療、業務効率化などのテーマに沿ったICTの強化を計画しています。また、現在建て替え中の新たな大学病院が、この年に完成します。「新病院の重要な目標として、地域中核病院としての急性期医療の強化、特定機能病院としての役割の強化、医育機関としての教育機能の強化、災害医療拠点病院としての役割の強化を掲げています」と明石氏は語りました。

 さらなるICT活用に向けた仕掛けとして、同学では教員・職員の業務量を定量的にとらえ、働き方改革と業務のいっそうの効率化につなげようとしています。まず、看護師の業務を10分単位でモニタリングして詳細に分析。その結果、入退院記録などの記録作成にかなりの時間をとられていたことが判明しました。この記録業務を抜本的に見直すため、キーボードによる入力を廃止し、スマートフォンによる音声入力で看護記録を作成するしくみを、いくつかの病棟で試験的に導入しました。残業の削減効果は著しく、「看護師からもたいへん好評です。ワークライフバランスの向上につながっていると確信しています」と、明石氏は強調しました。

 「これからの時代、医学部はバイオ分野の研究だけをしていればよいのでしょうか?」。講演の終盤、明石氏は受講者に向けてこう問いかけました。そして「医学部にとって、今後はデジタルの技術も大きな研究分野になる」と述べました。この考えに基づいて、同学は2018年に大学院講座を開設。今後必要となる医療ICTや、サービス創出による知財化を推進中です。また、職種・職位に関係なく人財を招集し、デジタル技術を活用した新しい病院のあり方を意見交換する「未来型病院構想検討チーム」を発足させています。

 「大学院講座や検討チームのメンバーが発想するユニークなアイデアを実現するには、信頼できるICTパートナーが不可欠」と、明石氏は述べます。そして2019年1月31日に同学はNECと戦略的パートナーシップを締結。世界レベルの医療ICTモデル大学を目指しています。「私たちの掲げるコンセプトに賛同いただき、共に協力いただける企業を募ったところ、NECが最も強い関心を示され、かつ、AIなどの先進技術を多く保有していることから、包括協定を結びました。両者が力を合わせることで、斬新な教育・研究の方式や新しい医療サービスを創出していきます」(明石氏)。

 「ここ数年の医療機関の悩みは、経費率の上昇です。病院の収益が縮小していく中で、業務の効率化をさらに推進しなければ、病院は生き残れません。たとえば、捺印が必要な各種稟議書の電子化などを進め、学内・院内の効率化を加速しようとしています。今後はNECの協力を得ながら、ヒアラブル(「耳」を通じた新たなコミュニケーションスタイル)デバイスや顔認証技術の活用も検討していきます。」「小さな成功の積み上げで、大きな改革エネルギーを創り出せる」──。大学/医療機関のマネジメント層にとって多くのヒントが詰まった講演を、明石氏はこの言葉で締めくくりました。

ICTで支援する「医療従事者の働き方改革」
~医療スタッフの定型業務を自動化するデジタルレイバー『RPA』を紹介~

医療現場における、人とロボットの理想的な協働で本来の業務に集中できる環境を提供する

 2024年度より施行される医師への時間外労働上限規制などを背景に、医療現場の働き方改革が大きなテーマとなっています。

 現在、医師や看護師は勤務時間の一定割合を、複数の院内システムへの定型的な登録業務など、事務作業に費やさざるを得ない状況にあり、時間外労働の主な要因のひとつとなっています。そこで注目されているのが、定型的なパソコン操作などをソフトウェアのロボットによって自動化する「RPA(Robotic Process Automation)」です。

 今回の展示では、パターン化できる入力・登録業務は「NEC Software Robot Solution」が代行し、電子カルテや学会向け登録内容としての最終承認は医療従事者自らが行う、といったデモにより、診療現場の効率化を提案しました。

大規模災害時の事後の情報入力を少ない負担で遂行するために

 日本列島のどこかで、毎年のように発生する大規模災害。医療機関には被災による怪我などで多数の患者様が来院され、また、現地では長時間の停電や通信障害も頻発します。こうした状況下では、数百人分の診療内容を手書きで記録するケースが多く見られます。電力が復旧した後には、大量の診療記録を電子カルテシステムへ入力しなければなりません。NECではこのような局面を想定し、電子カルテシステムと「NEC Software Robot Solution」をExcelで連携させたデモを会場で実施しました。

 このRPAと電子カルテシステムの連携ソリューションは、災害時以外だけでなく多様なシーンで活用できます。たとえば在宅診療の現場では、インターネットを介した電子カルテシステムへのアクセスは情報セキュリティの観点から行えない場合があります。そこでタブレットなどのモバイル端末でExcelを起動させ、現地で診療データを入力します。医師は院内に戻ってから「NEC Software Robot Solution」を起動させ、電子カルテシステムへ自動転記し、内容確認のみを行うという活用形態です。

 来場者の皆様には、RPAと電子カルテシステムの両方を開発・製品化しているNECだからこそ、医療現場の実態に即した働き方改革をサポートできることも、併せて説明しました。これからも、多忙な医療従事者の負担を軽減し、本質的な業務に集中できる環境を提供していきます。

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レポート管理の「在るべき姿」の実現を目指す
~重要レポート見落とし防止に向けた電子カルテの新たな機能を紹介~

未読/既読管理の一歩先=「未説明」を放置しないために

 日々大量に発生する画像診断・病理診断レポートの未読、重要情報の見落としにより、患者様の治療が遅延してしまうケースが報告されています。また、近年は既読/未読の管理に加えて、インフォームドコンセントの進捗管理も求められています。

 NECの電子カルテシステムでは、レポートの未読/既読管理に留まらず、患者様への確実な説明実施までを支援する「レポート確認説明管理機能」の開発に取り組んでいます。また、複数の医師の関与や担当医が変更になるケースでは、管理者によるレポートの横断チェックも重要になります。この点を踏まえて、未読・未説明レポートを検査種横断で一括してチェックできる機能や、進捗の更新による絞り込み検索機能を付加します。

 重要情報の見落としを発生させる各ポイントでチェックするしくみを作り、多面的に防止する。これらの機能は今後、電子カルテシステムの標準機能として組み込んでいく計画です。
 医療現場の最前線を担う皆様の負担をなるべく少なく、かつ、見落とされるレポートを一件たりとも発生させないために、NECでは引き続きこうした機能の開発に取り組み、レポート管理の「在るべき姿」を実現していきます。

NECの電子カルテシステムで機能を予定している「レポート確認説明管理機能」(開発中)

 会場では他にも、AIを活用した現場改革や健康増進の取り組みなども紹介しました。

AIを活用して医療現場の改革を支える、先進の取り組み
~「デジタルホスピタル(※)」の実現に向けた医療法人社団KNIとNECによる共創~

  • デジタルホスピタル:さまざまなセンサーやAI技術により自動化された病院の概念。AIによって適切な診断や治療の提供が支援されることにより、医療の質の向上と業務の効率化が可能となる

AIを活用した健康増進への取り組み~将来の健康状態を可視化し、健康寿命を延伸~