

「スマートシティ」から「スーパーシティ」へ。日本が目指す都市づくり
~「 Super City Smart City Forum 2019 」レポート~
エネルギーや交通、防災など、日本でもさまざまな分野で進みつつあるスマートシティプロジェクト。内閣府 地方創生チームではこれをさらに推し進め、IoTやAI、ビッグデータなどを活用した先進的サービスを実装する「スーパーシティ」構想を推進している。では海外のスマートシティへの取り組みはどのように進んでいるのか。そしてこれに対して日本の状況はどのように位置付けられるのか。ここではG20大阪サミットに併設して開催された「Super City Smart City Forum(スーパーシティ スマートシティフォーラム)2019」から主要なセッションを取り上げ、スマートシティに関する国内外の最新動向を紹介したい。
デジタル化を積極的に推進し、スマートシティからスーパーシティへ
日本でスマートシティへの取り組みが始まったのは、2000年代の初めにまでさかのぼる。内閣府特命担当大臣の片山 さつき氏は、「わが国では小泉政権の時代から、主に省エネ、節エネ、さらに経済の規制改革の観点で、スマート化をほぼあらゆる分野で取り入れています。最近ではAIやビッグデータ、ロボティクスによる革命的な変化も生まれつつあることから、2000年初頭から使っていた『スマートシティ』という呼称を『スーパーシティ』へと変更しました」と語る。

女性活躍担当 まち・ひと・しごと創生担当
片山 さつき 氏
スーパーシティを実現する上で、日本政府が特に注目しているのがデータの積極的な活用だ。
「安倍首相も話しているように、第4次産業革命が世界的に進展する中で、データこそが次の時代の成長を生むエンジンであり、これを原動力としたSociety 5.0の実現を、国際連携のもとでいまこそしっかりと支えていかなければなりません。そのためにはData Free Flow with Trust(信頼ある自由なデータ流通)の体制を築き、消費者や企業活動が生み出す膨大なデータを国をまたいで活用できる必要がでてくるでしょう」(片山氏)。
G20でも大阪宣言の中で「スマートシティの開発に向けた都市間のネットワーク化と経験共有を奨励する」と採択されており、その流れが加速しつつある。日本政府もAIやビッグデータを安心して活用できるようなデータ連携基盤に関する法整備や包括的な規制改革を進めており、SDGs(Sustainable Development Goals/国連がまとめた持続可能な開発目標)のモデル都市の選定などを推進している状況だ。
世界各国におけるスマートシティの取り組み
それでは、世界各国におけるスマートシティの取り組みはどうなっているのだろうか。
まず、米国・ニューヨーク市におけるこれまでの取り組みを紹介したのは、世界経済フォーラム、第4次産業革命センター、グローバルネットワーク長のMurat Sönmez氏だ。
同市は何年にもわたってスマートシティの活動を推進しており、IoTとWi-Fiを活用した無線での水道メーター自動検針システム、リアルタイムでの発砲検知装置による治安向上、市バスにセンサーを搭載することによるバス優先交通、クラウドを活用した「311」ヘルプ番号の運用、水道の水源における水質モニタリングなどが実現されているという。
「このようにニューヨーク市ではさまざまなデジタル技術を実装しており、テクノロジーガバナンスアライアンスにも参加しています。しかし技術はゴールではなく、あくまでも手段です。ニューヨーク市にはOneNYC 2050という戦略的な計画があり、そこでは、生活コストや経済不安、格差、気候変動、インフラ劣化などに備えていかなければならないと明記しています。こうした目標に沿った技術の活用が大きなポイントです」とSönmez氏は語る。

Murat Sönme 氏
官民双方で推進する中国のスマートシティ
次に、発展著しい中国でも、既にスマートシティに関する多様な取り組みが広がっている。
「発展改革委員会や情報部が1兆元(15兆~16兆円)近くの投資規模でさまざまなプロジェクトを進めている一方、ファーウェイやハイアールといった民間企業による取り組みも行われています。また各地でも多様な取り組みが進んでおり、都市の指揮系統にも変化が生まれています」と中国都市・小城鎮改革発展センター チーフエコノミストの李 鉄氏は語る。

李 鉄 氏
例えば河北省のある県では、携帯端末でほぼすべての行政サービスを受けることができ、交通や治安の管理もネットワーク化されている。民間の例としては、配車アプリによるシェアカーやシェアサイクル、出前サービス、スマートパーキングなどが挙げられる。
「中国では非常に多くの人がスマート化されたサービスを利用しており、決済もアリペイやWeChatをはじめとしたスマホアプリで行うキャッシュレスが当たり前になっています。現在40の都市で5Gの利用がスタートしていますが、こうした高速・大容量の通信が整備されれば、スマートシティはさらに加速していくはずです」(李氏)
プロアクティブな対応へ舵を切るヘルシンキ
スマートシティの概念が早くから浸透した欧州でも、さまざまな形でデジタル化が進展している。なかでも、欧州の中でスマートシティのベンチマークで2位となったヘルシンキ(フィンランド)は、リアクティブ(事後対応)からプロアクティブ(事前対応)をキーワードに積極的な対応を進めている。
「例えば、以前はいろいろな文書を税務署に送らなければなりませんでした。しかし現在は税務署のほうから電子的に、個別に納税提案を納税者に送り、内容が正しければ、納税者は何もしなくて構いません」とヘルシンキでチーフデジタルオフィサーを務めるMikko Rusama氏は語る。

Mikko Rusama 氏
また、図書館ではAIを使った管理システムを導入し、子どもが多くいる地域の図書館であれば、多くの子ども用の本を設けるという仕組みを整備している。さらに返却するときも、ロボットが自動的に正しい本棚に収めてくれるという。
「これからも、ヘルシンキはリアクティブな都市からプロアクティブな都市へと変換していきます」とRusama氏は述べる。
大規模なスマートシティ開発が勃興するインド
都市化が急速に進むインドでも大規模なスマートシティ開発のプロジェクトが進められている。既に2015年から5000以上のプロジェクトが手掛けられており、投資金額も約3兆円に上っている。投資の45%は政府からのものだが、民間からの投資も増えつつある。
「住宅都市開発省の主導のもとで推進されています。廃棄物処理や衛生、上下水道など、都市生活に関係あるものをすべてカバーしており、4年前から100の都市を選び、IoTなどのデジタル技術を活用しながら、持続可能なモデルを作っています」とインド大使館のCounsellor、Brahma Kumar氏は話す。

Brahma Kumar 氏
現在では自治体と共に、人口10万人以上の500の都市を対象に、衛生と上下水道の整備を推進。最終的に目指しているのは、4300に上る国内すべての街をカバーすることだ。「もちろん技術やインフラは手段に過ぎません。大切なのは人々の幸せであり、それをもとにプロジェクトを評価すべきだと考えています」(Kumar氏)。
このように、各国におけるスマートシティへの取り組みは、かなり積極的に進められている。なぜ、このような取り組みが可能になっているのか。これを支えているのが、「デジタルインフラの整備」と「標準的なアーキテクチャ」という2つのキーワードだ。
12億人が登録しているインドのデジタルID
まず1つ目の「デジタルインフラの整備」として取り上げたいのは、インドで実現されている生体認証国民IDのケースだ。これはAadhaar(アドハー)と呼ばれるデジタルIDインフラであり、既に12億人がデジタルIDを取得している。インドではFinTech分野での急成長が進んでいるが、その背景にはアドハーの存在がある。
「インドでは広大な国土に、多様な世帯収入の人々が生活しています。ここで公平な経済成長を実現するには、デジタルインフラが欠かせません」と説明するのは、NEC デジタルインテグレーション本部 ディレクターの岩田 太地だ。

デジタルインテグレーション本部
ディレクター
岩田 太地
NECは、インド30万拠点でサービスを提供するCSC e-Governance Services社と戦略的なアライアンスを締結。CSCの特別目的事業体と各村におけるCSCフランチャイズ店舗が中心になり、住民が住んでいる村でデジタルIDをフィナンシャルインクルージョン(金融包摂:貧困や難民など身分に関わらず、誰もが金融サービスへのアクセスでき、その恩恵を受けられるようにすること)の実現に向け、銀行取引を活用できる仕組みを確立した。
NECは指紋・顔・虹彩を組み合わせたマルチモーダル生体認証システムを提供。これをベースにすることで「広い国土に分散して住むすべての国民、特に貧困層に政府の補助金をきちんと届ける」ことをデジタルで実現できるようになった。
「生体認証にひも付いた銀行口座への補助金直接支給も進んでおり、ユーザーは銀行の代理人役割を務めるエージェントの拠点で現金を引き出せます。これによって広大な農村地域に現金流通網を構築することなくデジタルインフラによって補助金支給を効率化、国民生活の向上と自立発展の推進が容易になったのです」(岩田)
スマートシティを加速する「標準的なアーキテクチャ」
2つ目のキーワード、「標準的なアーキテクチャ」を積極的に推進しているのが欧州だ。
この概要について、OASC(Open & Agile Smart Cities)イニシアティブで議長を務めるMartin Brynskov氏は、次のように説明する。

Martin Brynskov 氏
「OASC(Open & Agile Smart Cities)は29カ国の140都市をカバーするグローバルなネットワークです。利用者側の視点を中心に置き、相互運用性を育むことで、デジタルシングルマーケットの実現を目指しています。我々が進めているアーキテクチャはMIMs(Minimal Interoperability Mechanisms)と呼ばれるもので、IoTやAIといったデジタル技術活用したサービスを、地域をまたいだ形で利用可能にするための強固なモデルです。ミニマル(最小限)であること、デマンド側(利用する側)を中心に置いていること、高い信頼性を確保できることという3つの特長があり、ベンダーロックインを回避しながら、地域ごとのイノベーションをグローバルに拡大することを可能にします」
具体的には大きく3つのレイヤで構成されており、既存システムの上に位置する「MIM 1」はコンテキスト情報管理を担い、その上の「MIM 2」が共通データモデルを提供。そしてさらに上位の「MIM 3」がエコシステム全体のトランザクション管理を司るという。
こうした標準アーキテクチャがさまざまな国が集まる欧州で浸透するのは、国や地域を超えた連携が図られているからだ。例えば「European Innovation Partnership on Smart Cities & Communities」というイノベーションパートナーシップはその1つだ。
「欧州では、Horizon 2020という多国間にまたがった研究・イノベーション枠組みのもと、様々な取り組みを推進しています。2014年から2020年の7年にわたり、総額800億ユーロの予算を投下し、科学、社会科学、人文学、イノベーションに関わるすべての分野で研究を助成してきました。さらにこれはHorizon Europeに継承され、1000億ユーロの予算を計上。デジタル関連のプロジェクトだけでも、120億ユーロを投資する予定です。もちろん、これは欧州に閉じず、世界に広く門戸が開かれているので、世界各国の研究者、大学、企業、その他の組織からの参加を歓迎します」と駐日欧州連合代表部でFirst Counsellorを務めるStefan KRAMER氏は話す。

Stefan KRAMER 氏
日本のスマートシティは今後第2フェーズへ
世界各国がスマートシティに対する施策を推進する中、翻って現在の日本の取り組み状況はどうなっているだろうか。
これについて「日本では官民連携の取り組みが進んでおり、その水準もかなり高くなっています」と語るのは東京大学大学院 情報学環 副学環長・教授の越塚 登氏だ。
越塚氏によれば、日本の都市は十分にスマートであるにもかかわらず、多くの人はこれに無自覚だという。
「第1フェーズは既に実現されており、これからは第2フェーズに入ります。重要なのは何を作るか(What)ではなく、どう作るか(How)です。そのHowの具体的な内容を一言で表現するならば『連携』です。その中には分野間連携、都市間連携、開発時の連携が含まれます。そして連携の枠組みとして重要な役割を果たすのがアーキテクチャであり、その基盤となるのが『都市OS』なのです」(越塚氏)
既にスマートシティアーキテクチャや都市OSのグローバル競争は始まっており、その策定が進んでいるという。ただし、都市OSを策定するには、大きな課題を乗り越える必要がある。中でも重要なポイントが「異なるデータをどう共有・活用していくか」という点だ。従来のスマートシティ向けサービスは、個別の分野ごとにシステムが構築されており、その効率化に限界があった。
そこで注目を集めているのが、「FIWARE(ファイウェア)」と呼ばれるプラットフォームだ。
「FIWAREは欧州委員会の官民連携プログラムで開発/実証されたデータ活用プラットフォームです。その最大の特長は、オープンかつ標準準拠のインタフェース(Open API)をオープンソースで実装していること、つまりベンダー中立であること。更にこのため、ローカルシステムを超えたデータの連携と利活用が可能であることです。欧州では2015年ごろから市民中心のスマート化が進められてきましたが、スマートシティでのIoT活用はデータ所有者が多岐にわたり、単一のIoTシステムを実現しにくく、財政面でも大きな課題に直面していました。これらを解決するためにクロスドメインでのデータ活用を可能にしたのが、FIWAREなのです。FIWAREはOASCなどの都市ネットワークと連携することでグローバルに110都市以上で採用が進んできましたし、昨年にはEUがFIWAREの中心的機能ブロックを正式に推奨ソフトウェア(Connecting Europe Facilities)として批准し、欧州各国での共通的な使用が推奨されるようになりました。日本でも分野や組織を横断したデータ利活用によって新たなサービスや価値の創出を加速されることが期待されています」とFIWARE Foundation 理事の望月 康則氏は説明する。

理事
望月 康則 氏
日本では、産業競争力懇談会によってスマートシティ全般に関する提言が行われているが、ここで重要なポイントが3つあると、東京大学大学院 新領域創成科学研究科 教授の出口 敦氏は指摘する。
「第1は『人間中心の社会』と『サステナブルな都市』を実現すること、第2は経済的発展と社会的課題解決を両立すること、そして第3がサイバー空間とフィジカル空間(現実世界)を融合させることです。またSociety 5.0の考え方に基づく『次世代スマートシティ』を構築するには、個々の地域も"Human Resource"、"Open Platform"、"Public-Private-Academia Partnership & Governance"、"Executive Plan"という4つのカギ(H.O.P.E)を意識する必要があります」
これからの世界で重要な3つのキーワードとは
これから、日本におけるスマートシティはさらに加速していくだろう。そこに重要となる視点はいったいどのようなものなのだろうか。慶應義塾大学名誉教授であり、「スーパーシティ」構想の実現に向けた有識者懇談会座長でもある竹中 平蔵氏は次のように指摘する。
「重要なキーワードが3つあります。スマート、サステナブル、インクルーシブ(包括的)です。スマートな技術を活用することで、全員が参加できるサステナブルな社会を作らなければなりません。既に世界中で様々なスマートシティの取り組みが行われていますが、これを今後さらに進化させる必要があるのです。そのためには、実験から実装へ、個々にではなく一括して、そうした取り組みを進めなければなりません。それを包括的に実現したのがスーパーシティです。実現に向けては、現状のルールを『そもそも論』で見直しながら、官民の強いリーダーシップのもとに住民の合意形成を進め、オープンな仕組みを創り上げていかなければならないのです」

「スーパーシティ」構想の実現に向けた有識者懇談会 座長
竹中 平蔵 氏
スマートシティからスーパーシティへ──。多岐にわたる取り組みや多くの課題もあるが、それを乗り越えることで、多くの住民が安全・安心かつ活き活きと暮らせる社会が開けてくるだろう。