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2022年06月30日

人に寄り添い、対話を通じて提案を行う
ウェルビーイングを高めるパートナーはAI

 心と身体と社会的な健康が満たされていること。それが充実した生活、幸せな状態の維持につながる。近年、ウェルビーイングという考え方が広がっている。2021年7月には内閣府が8省1庁を集めて「Well-beingに関する関係省庁連絡会議」を設置。ウェルビーイングに対する取り組みを推進している。企業にとっても、人々が求める働き方や生き方が変わり、従業員のウェルビーイングへの関与は重要な取り組みとなる。そうした中、興味深い研究成果が発表された。発表したのは慶應義塾大学 前野 隆司研究室とNECである。

従業員のウェルビーイングが企業の価値を向上する

 食事の量をコントロールしたり、塩分を控えめにしたりする。定期的に運動をする。最近では、スマートウォッチなどのウェアラブルデバイスを使って、自身の活動量などを計測し、トレーニングに役立てることもできる。大なり小なり、ほとんどの人が何らかの方法で自身の体調管理に取り組んでいるのではないだろうか。

 たしかに身体や体調がよい状態であることは、私たちの生活の豊かさを大きく左右する。しかし、それだけでは「健康」、そして「幸せ」とはいえないはずだ。

 では、健康や幸せは、それ以外に何が左右しているのだろうか。「ウェルビーイング」という言葉を聞いたことはあるだろうか。厚生労働省は、この言葉を「個人の権利や自己実現が保障され、身体的、精神的、社会的に良好な状態にあることを意味する概念」と定義している。つまり、充実した生活、幸せな状態を維持するには、心身と社会的な健康が満たされていることが必要というわけだ。

 個人の働き方や生き方に対する考え方が大きく変わり、それに応じて企業も自身の存在意義を大きく見直す中、働き方改革や健康経営と同様に、このウェルビーイングに注目する企業が増えてきている。

 「従業員のウェルビーイングに取り組むことは、これからの企業の成功要因といわれています。生産性や効率を優先し、短期的な成果だけが評価され、個人やその家族の幸せは本人任せ、という、従業員の幸せに無関心な企業を選ぶ人は、これからどんどん少なくなっていくでしょう。一方、ウェルビーイングを経営に取り込み、従業員の幸せに取り組む企業では、多くの人が“働きたい”と考えるようになります。幸福度が高い人は創造性、生産性が高く、ミスも少ない、という調査結果もあります。経営の観点では、企業価値の持続的な成長を実現し、優秀な人材の確保(人的資本)につながります。人事の観点で見れば、採用コストの削減、休職者・退職者の減少、につながります」とNECの青木 勝は言う。

NEC
AI・アナリティクス事業統括部
プロフェッショナル
青木 勝

健康に気をつかうように、幸せに気をつかおう

 とはいえウェルビーイング経営に取り組むといってもどのようにすればよいのか。決められた制度、実績のある方法などはまだない。

 そうした中、先駆的な取り組みを行っているのが慶應義塾大学 前野 隆司研究室とNEC である。前野教授は、日本の「幸福学」、ウェルビーイング研究の第一人者。両者は「健康に気をつかうように、幸せに気をつかおう」という共同メッセージを掲げ、先ごろ、共同研究の成果を発表した(図1)。

図1 慶應義塾大学 前野研究室とNECの共同メッセージ
図1 慶應義塾大学 前野研究室とNECの共同メッセージ
「健康に気をつかうように、幸せに気をつかおう」を掲げて両者は共同研究に取り組んだ
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 具体的に両者はNECグループで働く従業員のウェルビーイングの向上に取り組み、それを計測した。

 共同研究のベースとなっているのは、前野教授の幸福学に基づく幸せの定義だ。前野教授は、幸せとはどんな状態か、どんな状態にある人が幸せを感じているかを調査して、幸せを「やってみよう!」「ありがとう!」「なんとかなる!」「ありのままに!」という4つの因子で可視化している。

 ポイントは4つの因子が「上司や同僚に褒められた」など他人の行動や発言のように、コントロールできないものではなく、「相手に感謝を伝えた」「経験のないことに挑戦した」など、自分自身でコントロール可能なものだということ。つまり、これらの行動を自然に行っている人はウェルビーイングが高く、このような行動を起こすことで、人はウェルビーイングを向上させることができる。そこで両者は「チームの誰かを助けてみよう」「今日は、チーム外の人に話しかけてみよう」「これまで学んできたことを振り返ってみよう」など、日々の行動を変容する提案を行い、それを実施した場合にウェルビーイングがどう変化するか、を計測した。これが共同研究の基本的な枠組みである(図2)。

図2 前野教授の幸せの4つの因子を基に共同研究を実施
図2 前野教授の幸せの4つの因子を基に共同研究を実施
AIチャットボットが行動変容提案を行い、ウェルビーイングがどう変化するかを計測した
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行動変容を提案する最適なパートナーはAI

 行動変容提案を行う上で議論になったのが「誰が」提案するのかということだ。

 「仮に上司が行ったら、少なからず指示や指導に近い意味が含まれてしまう。では、同僚ならどうか。そうなると、せっかくのアドバイスを実践しなかった、という場合に、罪悪感のような感情が芽生えるかもしれない。多くの人の話を聞く中で、人が行動提案を行うことは互いに負担が大きいということがわかってきました」と青木は言う。

 また、行動変容提案を行うには、前提として、その人がどんな時に幸福を感じるか「幸福度のタイプ」を把握しておく必要がある。NEC内でのヒアリングでは、そのためのアンケート調査に対しても「あまりいい気持ちがしない」「定期的に回答するのは大変」など否定的な意見が多かった上、そもそもアンケート調査に回答者の本音が本当に反映されるか疑問があった。

 そこでNECが注目したのがAIチャットボットである。

 当初からNECは幸福度が高い人の働き方を学習し、最適な業務スケジュールや生活スタイルを提案してみてはどうかなど、ウェルビーイング向上にAIを役立てられないかと構想していた。AIチャットボットなら、そうした学習・解析の面だけでなく、負担のない距離感で寄り添い、会話を通じて、その人の幸福度のタイプを把握したり、無理強いすることなく前向きな気持ちを起こさせたり、ウェルビーイング向上の最適なパートナーを務められる。NECは、そう考えたのである。

 この仮説のもと、NECは幸福度と働き方を相関分析して、幸福度のタイプを大きく6つに分類。さらに対話と行動変容提案のロジックを構築して、AIチャットボットソリューション「NEC Digital Assistant」に実装した。そうして生まれたのが、ウェルビーイングを維持・向上させるため、対話形式のコミュニケーションを通じて、行動変容を提案する「Digital Well-being Assistant」である(図3)。

図3 NEC Digital Assistant
図3 NEC Digital Assistant
NEC Digital Assistant は、AIとの自然な会話のやり取りでさまざまな悩み事を解決する
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 「例えばAIチャットボットから『1日の最後に今日の行動を振り返ってみませんか?』と提案が届きます。やってみようと思ったら『やってみる』、気が乗らないなら『やめておく』とワンクリックで返答する。相手が人だと、あまり素っ気なくは返せないし、本音をいえない場合もありますが、AIとのチャットなので身構えずに気軽に答えられる。しかも、自分だけに話しかけてくれているという、まさに親友のような安心感もある。多くのモニター従業員がそう感じたようです」(青木)

行動変容提案のロジックを開発したNECのデータサイエンティスト

行動提案の実践度合いによってウェルビーイング向上に大きな差

 NECは、このDigital Well-being AssistantをまずNECグループのモニター従業員に展開。AIチャットボットとのやり取りを継続してもらい、最終的にウェルビーイングがどれくらい向上するかを計測した。

 結果は図4の通り。もちろん行動を起こすかどうかは任意。提案を積極的に実施した人と、あまり実施しなかった人では、ウェルビーイングの維持・向上にはっきりと差が出ている。AIチャットボットをパートナーに据えて、幸せの因子に基づく行動変容を提案するという方法の有効性を証明したといえよう。

 この実証結果は学会へ論文投稿も予定されている。また、ウェルビーイングの向上にAIチャットボットを使うモデルは慶應義塾大学と特許共同出願中(2022年6月現在)だ。

図4 NEC従業員をモニターにした検証結果
図4 NEC従業員をモニターにした検証結果
行動変容提案の実施率の上位と下位では、幸福度の維持・向上効果にはっきりと差が出た
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 「AIチャットボットを使った行動変容提案がウェルビーイングの維持・向上に効果がある、ということがわかっただけでなく、検証を通じてほかにもさまざまなことがわかりました。どんなタイミングでAIに返信するか、といった行動パターンの違い、AIがどんな呼びかけをすると実施率が高まるか、また、AIチャットボットのインターフェースはどんなキャラクターだったらより話しやすいか、などです。これらのデータや意見を分析したり、参考にしたりしながらDigital Well-being Assistantの改善を図っていきます」と青木は言う。

 改善したDigital Well-being Assistantの次の目標はNECグループ全体への展開、そして、顧客向けトライアルサービスの開始だ。「モニターを対象にした実証を経て、この方法が、従業員のウェルビーイングに関与していく企業にとって有効なサービスとなる、と確信しています。現在、Digital Well-being Assistantに実装しているのは、あくまでもNECの業務や働き方をベースにした『NEC版行動提案モデル』ですが、お客様の文化、業種や業務、考え方によってモデルは変わってくるはずです。トライアルサービスの実現に向けては、そうしたモデルの汎用性やカスタマイズ性をどのように高めていくかなど、さまざまな検討を行っています」と青木は続ける。

Digital Well-being Assistantの本格展開に取り組むプロジェクトメンバーたち

 このNECの計画に対しては、共同研究のパートナーである前野教授も大きな期待を寄せている。

 「2022年度には、2021年度に引き続き、NECと慶應義塾大学 前野研究室は共同研究を行いました。共同研究の結果、チャットボットの活用が幸福度向上に結びつくことや、非公開予定を多く記入している者は幸福度が高い傾向があること、チャットボット経由のアンケートには一定の傾向があることなど、興味深い萌芽的な結果を得ることが出来ました。私は、企業体やコミュニティーに属する様々な人々の幸福度向上を行うチャットボットとその関連項目は、極めて市場規模が大きく有望な市場であると考えています。この分野で他社に先駆けてNECと慶應義塾大学とが第一歩を歩めたことをたいへん光栄に思います。ぜひ、今後は、NEC全社の強みを生かしたり、日本的な良さを実装したり、多様なトライアルと分析を繰り返したりすることによって、アドバンテージをさらに広げていっていただきたいと思っています」(前野教授)

慶應義塾大学 SDM研究科
教授 前野 隆司氏

 「人に寄り添い心躍る暮らしを支える~Well-being 心身の良好な状態~」とNECは2025中期経営計画の中にもウェルビーイングを取り込むことを重視している。また、AIのあり方についても「人の能力を引き出し、高める」ことこそがAIの役割と位置付け、その考えに沿ったソリューション開発を続けている。ウェルビーイング向上にAIで貢献する。今回の共同研究は、そうしたNECの考えやビジョンを体現するプロジェクト。今後の進展に大いに期待したい。

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