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生成AIの活用で煩雑な生産管理業務を革新へ
~製造業の近未来を見据えた4つのユースケース~

 サプライチェーンの複雑化や生産品目の多様化に伴い、製造業における生産管理の業務負荷が増大している。その課題を解消に導く手段として注目を集めているのが、検索拡張性やタスクの自律実行など新たな機能を備えた生成AIだ。生産管理システムに蓄えられたデータを参照させることで、さまざまな業務を効率化・省力化させることが可能だ。ただし、生成AIは汎用的な技術だけに、どのような業務でどう活用することができるのか、イメージすることが難しい。そこで本稿では4つのユースケースを取り上げ、その具体的な活用を考えてみたい。

多くの日本の製造業が直面する課題とは

 かつての日本は貿易立国だったが、近年は現地生産の増加などで輸出は伸び悩んでいる。2024年の貿易収支は5兆円以上のマイナスで、4年連続の赤字となった。製造業の国内収益は長らく横ばいで、海外で得た収益を還流することで成り立っている構図がある。

 「経済産業省発表のデータによると、日系製造業全体の2021年の輸出利益は1.8兆円だったのに対し、現地法人からの受取利益は5.2兆円に上り、海外での収益が事業のメインになっていることを示します。この構造は中堅・中小の製造業においても同様です」とNECの柴崎 勝彦は指摘する。

NEC
インダストリアルDX統括部
柴崎 勝彦

 こうした変化に伴い、原材料や部品の現地調達比率と海外での現地販売比率が拡大。各国のニーズに対応するため製造品目数が増大し、サプライチェーンも複雑化している。現地法人を設立して開発・設計から生産・販売まで任せられる大手ならさほど影響を受けないが、グローバルに生産拠点や販売網を展開することが難しい中堅・中小企業はその対応に苦慮しているのが実情だ。

 「従来型の改善や改革では乗り切れない、そうした課題を解決に導く手段として注目されるようになったのが、新しい機能を備えた生成AIです」と話すのは、NECの田島 尚幸だ。

NEC
生成AI事業開発統括部
田島 尚幸

 設計デザインやプロセス制御、マネジメントなど、製造業でも幅広い領域で使われるようになった生成AIの進化はめざましい。最近はインターネット上の情報だけではなく一般公開されていない社内のデータも参照してユーザの質問に対応する「RAG(検索拡張生成)」に注目する企業も多い。これを用いれば、過去の製品開発で蓄積された大量の技術情報から適切なデータを高精度に検索することが可能になるからだ。

 加えて、特定のタスクをAIが自律的に実行する「Agentic AI」も実用化されている。これは人が細かな指示を与えなくても必要なデータを収集し、一連のアクションを実行してアウトプットを生成するもの。NECでも高度な実務に活用できる「NEC AI Agent」サービスの提供を2025年1月に開始。「今後オファリング化も推進し、製造業における生産管理の効率化にも大きく貢献していきます」と田島は話す。

 情報の抽出と要約、状況判断の示唆、情報の加工・作成なども可能な生成AIを自社の生産管理業務に適用できれば、製造業が直面する種々の問題に柔軟に対応できるようになるという。

 「サプライチェーンの複雑化や製造品目の拡大により、日本の製造業は多くの課題を抱えています『生産スケジュールをどう最適化するか』『資材調達をどう安定させるか』『日本と海外の業務プロセスをどう標準化していくか』『管理をどう効率化させるか』といったことはその一例です。このために多くの企業が業務量の増大に苦しんでいますが、これらの問題は生成AIの的確な活用によって解決可能です」と柴崎は話す。

生成AIは生産管理にまつわる多くの課題に適用でき、業務効率を速やかに向上させることが期待される

生成AIが煩雑な生産管理業務をサポート

 それでは多くの企業は、特にどのような生産管理業務で問題を抱えているのだろうか。NECが製造業の顧客にヒアリングしたところ、大きく4つの活用に対するニーズが高かったという。

 「そこでNECは、生産管理システム『EXPLANNER(エクスプランナー)/J』などに生成AIを連携させ、4つのユースケースにおける効率化の姿をシミュレーションしてみました」(柴崎)。

●ユースケース1:急激な内示・注文変動に対する影響の示唆

 まず1つ目のユースケースが「急激な内示・注文変動に対する影響の示唆」だ。

 例えば、ある製品について取引先が突然通常の2倍の数量を発注してきたと仮定しよう。従来ならば、受注した場合の影響を検討するために、関係する複数の部門の担当者が多くの時間を割いていたはずだ。しかし生成AIにその情報を与えれば、社内に蓄積された過去の生産管理データや類似事例から、「原材料調達の可否」や「ほかの顧客への影響」などの示唆を提示。それだけではなく、例えばある工程を受け持つ部署がどれだけ残業をすれば指定された納期に間に合わせられるといった具体的な策まで提示してくれる。

 つまり、対応を1から検討するのではなく「当該の部署に残業してもらうかどうか」といった意思決定の問題となるため、突発的な事態より円滑に対応できるようになるわけだ。

●ユースケース2:納品書がない納入物の識別

 次に2つ目が、調達先が現品票の添付を忘れるなどして起きる「納品書がない納入物の識別」だ。この場合、担当者はその納入物が何か目視で判断した上で、注残一覧と照合して確認して受入登録をすることになる。しかしその作業は煩雑で、誤認による登録ミスが発生しがちだ。

 「納品物の外観や銘板の画像を生成AIに識別させれば、社内のデータから類似性のある資材の写真や資料を探し出して候補を表示し、その受入仕様書や検査仕様書がどの棚のどこにあるかまで教えてくれます」(柴崎)。

 もし納品物に製品ラベルがあるなら、記載された文字をOCR(光学文字認識)で読み取らせてデジタルデータに変換し、自動的に受入登録を行わせることもできるという。

●ユースケース3:現場部門での製造データの活用

 3つ目の「現場部門での製造データの活用」は、多くの製造業に共通したテーマの1つだといえるだろう。現場部門はIT部門に、「3Qの在庫実績を見たい」「リードタイムのバラつきを確認したい」といったデータの分析と活用に関する要望を出すことが少なくない。それを受けたIT部門はデータの抽出と分析を行うが、どのテーブルを参照すればよいかすぐにわからなかったり、大量のデータから読み取れる示唆の導出に苦労したりすることが多い。また、抽出したデータのExcelなどへの成型にも手間がかかっているのが実情だ。

 「そのため現場部門がIT部門に依頼するのを躊躇し、自分たちで無理をして分析することも少なくないようです。生成AIはそうしたデータ活用にも有用です。例えば『A部品の適切な発注を検討したいので、3Q在庫実績を出して』などと自然文によるチャット形式で入力すれば、保管区別入出庫、購入単価履歴、発注残などの各テーブルを参照して速やかにA部品のデータを抽出し、Excelデータを作成してくれます」(柴崎)。

 さらに「4Qの発注について示唆を出して」などと指示すれば、「12月のA部品の在庫は9月比で20%増えています」「11月からY社の単価が最廉価となったので4QはY社への発注に集約することでコスト減が可能です」というように即座に複数の示唆を返してくれる。

 「このように生成AIを“パーソナルコンシェルジュ”のような存在にして活用することができれば、製造現場の生産性は飛躍的に向上するはずです」と柴崎は説く。

●ユースケース4:安全在庫数量の変動対応

 最後に4つ目の「安全在庫数量の変動対応」に関しては、生産管理システム「EXPLANNER/J」と生成AIを連携させた実証実験を実施した。ここではその内容を紹介したい。

 想定したのは、夏から秋にかけて計画生産し、主に冬に出荷する石油ファンヒーターの点火プラグの安全在庫数である。前年は500個と設定していたが、厳しい寒波の影響から予想を上回るペースで出荷されて点火プラグの在庫がなくなった。

 そこで今期は1月と2月の安全在庫数を前年より増やすことを計画。「1月15日から2月15日まで、毎日200個の出庫ができるようにすること」「その期間は一週間に一度程度、200個ではなく300個の出庫ができるようにすること」「そのうえで在庫数量が最小になるようにすること」との条件を与えて安全在庫数を算出させた。すると、前年の入出庫データを根拠に900個と回答してきた。

 ちょうどそこで「次の冬は前年のような大寒波はなさそうなので生産量を2割減らす」との方針が出されたので、そのことを生成AIに伝えて再計算させると、安全在庫数は800個に修正された。

 「回答の内容は人が妥当性を検証することが不可欠ですが、このように自然文による対話で、在庫数をはじめとするさまざまな検討を手軽にさせられるのが生成AIのメリットです」と柴崎は語る。

活用のカギとなるのはデータ基盤の整備

 これらのユースケースで注目したいのは、生成AIが「意思決定の迅速化」「戦略と計画の最適化」「業務品質の向上」「生産性の向上」「データドリブン経営の推進」などに有効だという点だ。

 製造業は近年、旧来のAIやIoT、デジタルツイン技術を用いて改善のスパイラルを回している。そこに生成AIを組み入れれば、環境変化に対していっそう機動的な対応ができるようになるだろう。

従来のAIによる改善のスパイラルに生産管理システムと連携した生成AIを加えることで、意思決定が迅速化になり、環境変化への対応力も増す

 「これまでの生産管理システムには、伝票の発行や会計の仕訳作成のためのツールというイメージもありましたが、生成AIと結びつくことによって、生産現場に次々に現れる課題を速やかに解決するための情報基盤として機能することになります」(柴崎)。

 ただし、生成AIを有効活用するには用意しておくべきこともある。「生成AIを用いたデータ活用をよりスムーズに行うためには、社内のデータを利活用可能な形で管理・保存しておくこともポイントです」と田島は語る。

 こうした状況を踏まえ、NECは生産管理システムと生成AIを組み合わせて活用するPoV(価値実証)を実施する企業を募っている。生産計画や在庫の精度を高めて複雑化したサプライチェーンへの対応力を強化してもらうとともに、PoVを通じてさまざまな課題やニーズを吸い上げて提供サービスにフィードバックすることで、日本の製造業全体を活気付けるのがその狙いだ。もし興味があれば、気軽に相談していただきたい。