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JCB×NECの共創で生まれた「BestMove」
商品企画・マーケターの「迷い」を「確信」に変えた舞台裏

 市場調査データも、消費者アンケートも揃っている。それでも施策の最終判断に「確信」が持てない――。多くの企業のマーケターが抱えるこの迷いは、単なるスキルや経験の問題ではなく、意思決定の構造そのものに原因がある。

 こうした課題に対し、NECはマーケティング施策立案ソリューション「BestMove(ベストムーブ)」を開発した。カギを握っていたのは、NECの独自AI技術だけではない。約7200万店(国内外)の加盟店と事業基盤を保有するジェーシービー(以下、JCB)との共創により、このソリューションは誕生した。なぜ両社は手を組み、どのようにしてマーケターの「迷い」を「確信」に変えるソリューションを開発できたのか。BestMoveの開発を主導したキーパーソンたちに、その舞台裏について話を聞いた。

SPEAKER 話し手

株式会社ジェーシービー

大串 昌博氏

カード事業統括部門 マーケティング部
データソリューション推進室 主幹

出居 潤也氏

カード事業統括部門 マーケティング部
データソリューション推進室 副主事

NEC

小図子 武弘

みらい価値共創部門
ビジネスイノベーション統括部
部長/ディレクター
BestMoveプロジェクト責任者

データはあるのに、なぜ決めきれないのか

──近年の企業のマーケターは、どのような課題を抱えているのでしょうか。

小図子(NEC):商品企画やプロモーションを担当する企業のマーケターは、市場調査データや消費者アンケートなど、さまざまなデータを日常的に見ています。データの種類と量は、以前とは比べものにならないほど増えました。一方で、「データはあるものの、施策の最終判断に確信が持てない」という声を、多くの現場で伺ってきました。

  • 複数の選択肢が並んだとき、「どれが一番良い施策なのか」を論理的に説明することができない。
  • 新しい施策にチャレンジしたかったはずなのに、結局、過去の成功事例に戻ってしまう。
  • データドリブンと言いながら、“最後の一押し”はベテラン社員の「経験と勘」に頼ってしまい、いつまで経ってもデータを元にした意思決定が行えない。

 これらは大変多くの企業のマーケターが共通して抱えている課題でした。

NEC
みらい価値共創部門
ビジネスイノベーション統括部
部長/ディレクター
BestMoveプロジェクト責任者
小図子 武弘

──なぜマーケターは、施策の実行判断に迷ってしまうのでしょうか。

小図子:「顧客の価値観が多様化していること」が原因だと考えています。AIが台頭してきたことにより、「やれること」が増えた分、「どれを選ぶか」が難しくなってきている。これは多くの現場で共通しています。本来であれば、複数の施策案をテストマーケティングして最善の施策を決定したい。しかしテストマーケティングには、準備、実行、集計といった工程があり、時間もコストもかかります。競合他社の動きは激しく、これまでのように時間をかけて施策内容を練っている時間はありません。「世の中に出してみないとわからないけれど、失敗しそうなものはやっぱり出せない・・・」というジレンマを抱えながら、意思決定が鈍り、最終的には過去に実施された無難な選択肢に落ち着いてしまう。この意思決定プロセス自体を変えない限り、マーケターの迷いはなくならないと感じました。

テストマーケティングを“デジタルツイン”で再現する

──そうした課題意識から生まれたのが「BestMove」なのですね。どのような思想で設計されたソリューションなのでしょうか。

小図子:BestMoveを考える上で起点にしたのは、「マーケターが確信を持って判断できる状態を、どうやってつくるのか」という点でした。分析結果をただ提示するだけでは不十分です。

 そこで私たちは、消費者たちの購買傾向データ・趣味嗜好傾向データをBestMoveに内包することで、「施策案に対する消費者たちの反応を予測すること」に重点を置きました。

 BestMoveの分析フローは、商品やサービスに反応する消費者たちを抽出し、まず潜在ニーズを分析します。そして消費者インサイトを抽出し、商品企画やプロモーション企画などの施策を立案します。

 例えば、施策Aと施策Bがある場合、BestMoveのAIアンケート機能を実行することで、どちらの施策がどれくらい市場に受け入れられそうか、「マーケットの受容度」を“定量的”にシミュレーションすることが可能です。さらに低スコアや高スコアの集合体に対してAIインタビュー機能を活用することにより、対話をしながら施策の方向性を“定性的”に検討することが可能です。

 マーケターが確信をもつためには「ターゲット顧客の反応を定量的・定性的に捉え、納得できるまで対話をすること」が必要不可欠であり、このプロセスを大幅に短縮することが、BestMoveが提供できる最大の価値だと考えました。

商品やサービスの特徴をインプットすると、ターゲット顧客の特徴・ニーズを可視化し顧客クラスターを生成。各クラスターのニーズに応じた施策の立案をサポートする。AIアンケート・AIインタビュー機能により、施策の良し悪しを事前検証することができる

NECだけでは届かなかった“現実のマーケット”

──こうした発想や仕組みは、NEC単独でも実現できたのでしょうか。

小図子:正直に言うと、NEC単独では難しかったと思います。反応予測や施策シミュレーションを行うには、現実のマーケットを反映した高い解像度のデータが不可欠だからです。AI技術だけではなく、実際の購買行動に基づくデータがなければ、机上の推論になってしまいます。そこで重要になったのが、外部パートナーとの共創でした。

──そこで、JCBとNECが共創することになったわけですね。それぞれパートナーとして選択された理由はどこにあったのでしょうか。

小図子:理由は大きく3つあります。

 1つ目は、日本発唯一の国際カードブランド運営会社として、長年にわたり築いてきた信頼と実績です。購買傾向データを扱う以上、安全・安心を最優先に考える姿勢は不可欠でした。また日本市場だけではなく、グローバル市場をカバーされている点も大変魅力的でした。

 2つ目は、データを活用して新しい価値を生み出そうという方向性が一致していたことです。JCBはデータビジネスに本気で取り組もうとしていましたし、NECもAI技術を社会実装したいと考えていました。同じ方向を向いていれば、多少の困難があっても前に進める。そういう確信がありました。

 3つ目は、JCB大串さんの存在です。共創には、組織の論理や制約を乗り越える覚悟が必要です。その中心に立って、チャレンジをドライブしてくれる人がいるかどうかは非常に大きかったですね。

大串氏(JCB):私の立場からしても、小図子さんの人となりが大きかったですね。他社からも提案は受けていましたが、多くは最初からビジネスありきでした。「この条件ならできます」「ここまでが範囲です」という形です。その点、小図子さんは違っていて、「それ、面白そうですね。じゃあ一緒に考えましょう」というスタンスだった。できること、できないことの判断も早い。技術的な背景も隠さず説明してくれる。そうしたキャッチボールを重ねる中で、「この人たちとなら、本気の共創ができる」と思いました。

 もう1つ大きかったのは、「データホルダーとしてどうかかわるか」を最初から一緒に考えてくれたこと。JCBとしては、データを持っているからといって、自由に使えるわけではありません。安全・安心、信頼を損なわないことが大前提です。その制約を真摯に受け止め、一緒に解を探そうとしてくれた。そこに、本気度を感じました。

株式会社ジェーシービー
カード事業統括部門 マーケティング部
データソリューション推進室 主幹
大串 昌博氏

分析はできても、次に何をするかが示せなかった

──そもそも、両社が一緒に取り組むことになった「最初のきっかけ」は何だったのでしょうか。

大串氏:発端は、JCBが抱えていたデータ活用の課題でした。弊社は膨大な購買傾向データを保有しており、日本の人口構成に近いデータという意味では、非常に価値の高い資産だと自負しております。しかし、データをそのまま使えるわけではありません。プライバシー保護と秘匿性の観点から、安全・安心、信頼を損なわないために、必ず個人・店舗が特定できないように統計加工処理を施すなど、データの取り扱いには非常に注意を払っております。

 購買傾向の統計加工データそのものの活用はマーケターにとっても価値が高いものと考えております。でも、マーケターの意思決定まで届けきれていない。「これだけのデータがあって、なぜ最後の一歩まで踏み込めないのか」という自問は、正直ずっと抱えていました。

出居氏(JCB):お客様からは、「分析結果はわかった。では、次に何をすべきか」という相談をよくいただいていました。年代や性別、利用金額といった切り口では一定の示唆は出せますが、「誰に、どんなメッセージを、どう届けるか」という施策レベルまで踏み込むのは難しかったのです。分析はできるが、施策立案までは踏み込めていない。そこが大きな課題でした。

株式会社ジェーシービー
カード事業統括部門 マーケティング部
データソリューション推進室 副主事
出居 潤也氏
クライアントに対して分析やプロモーション支援は行っているが、購買傾向データだけでは顧客理解に限界があり、施策立案まで踏み込めない。購買傾向データからライフスタイルを推論し、顧客理解に基づく施策立案を実現したいと考えていた。

大串氏:そうした状況で小図子さんに相談したところ、「NECの研究所技術なら、解決できると思います」と即答してくれた。正直、そのスピード感と自信には驚きましたが、だからこそ「一度一緒にやってみよう」と腹を決めました。

小図子:当時、NECでは「高秘匿連合学習」という技術を研究していました。データそのものは外に出さず、学習結果のパラメーターのみを共有することで、プライバシーを守りながら価値を引き出す技術です。これなら、金融機関が求める安全・安心を損なわずに、新しいデータ活用ができる。その可能性を、JCB様との対話の中で具体的な事業として形にしていこうと考えたのが、最初の一歩でした。

 そして試行錯誤を続けていく中で、NECの「属性拡張技術」をJCBのさまざまなデータに活用していくことに活路を見出しました。

大串氏:この技術を見て感じたのは、「ようやく、顧客を“属性”ではなく“文脈”で見られるようになる」ということです。年代や性別といった切り口ではなく、“どういう価値観で選んでいるのか”が見えてくる。これは、JCBのデータビジネスにとっても、大きな転換点になると感じました。

顧客を「属性」ではなく「文脈」でとらえるという転換

──顧客理解の解像度を高めるために、「属性拡張技術」を核としたアプローチを取られたそうですね。どのような発想から生まれた技術なのでしょうか。

小図子:スタート地点は、「今あるデータだけでは、顧客を立体的に理解できない」という問題意識でした。クレジットカードの購買傾向データは非常に価値がありますが、統計加工という前提がある以上、「誰が、どこで、何を買ったか」をそのまま扱うことはできません。制約のあるデータから、どうやって顧客の姿を浮かび上がらせるか。そこで考えたのが、データそのものを細かくするのではなく、「意味」を拡張するアプローチでした。

 具体的には、統計加工された購買傾向データに、複数のAI技術を組み合わせて推論を重ね、店舗や消費者に「タグ」を付けていきます。店舗であれば、「どのような商品を扱っているのか」「専門性が高いのか、日常利用なのか」といった分類。消費者であれば、「高級志向」「健康志向」といった情報です。

大串氏:同じチェーン店でも、店舗ごとにタグを付けている点は特徴的だと思います。都市部と郊外では来店する人も違えば、売れ筋も違う。そこまで含めてタグ付けをすることで、データの見え方が大きく変わりました。購買傾向データ単体では平面的だった顧客像が、立体的に見えるようになった感覚があります。

──この技術によって、BestMoveではテストマーケティングのシミュレーションまで可能になりました。この点は、どのような意味を持つのでしょうか。

小図子:マーケターにとって一番難しいのは、「施策の効果をチーム内で説明すること」だと思っています。「良さそうだから」では通らない。しかし、実際にテストマーケティングをするには時間もコストもかかる。その間を埋める存在として、「AIペルソナによるシミュレーション」が必要でした。

 属性拡張によって導き出されたAIペルソナに対して、A案とB案の施策を当て、反応率をスコアとして見る。なぜその評価になるのか、どこを改善すればよいのかもAIが返してくれる。BestMove上で、テストマーケティングの“予行演習”ができる。これによって、意思決定の場に「納得感」を持ち込めるようになります。

AIペルソナが施策のA/Bテストに回答する。AIペルソナはターゲット顧客の特徴を有しており、それぞれの視点から評価する。大勢のモニターにアンケートやインタビューを行うのと同様の反応を得られる。AIペルソナは高評価・低評価の理由まで教えてくれる

共創がもたらした“想定外の価値”とその先

──実際にBestMoveを導入した企業からは、どのような反応がありましたか。

小図子:現在、十数社のお客様にご利用いただいています。経営層には「事業性評価の判断」に、現場担当者には「新商品企画・プロモーション企画・営業販促企画・モニター調査の代替」として活用されるケースが増えています。

 なかでも象徴的なのが、伊藤園様の事例です。国内でのプロモーションに加え、海外進出の事前調査にもBestMoveを活用いただきました。

 例えばモンゴルへの進出を検討した際には、お〜いお茶に合わせる施策として「手巻き寿司」と「現地のモンゴル料理」を比較しました。BestMove上では、脂っこいモンゴル料理の方が高スコアとなり、その理由や改善ポイントも提示されました。現在、さまざまな国に進出する際に事前調査ツールとして活用いただいています。

──共創の過程で、想定していなかった価値や波及効果はありましたか。

大串氏:想定外だったのは、JCB内部の施策にも応用できたことです。例えば、一般カードからゴールドカードへの切り替え案内では、これまで年齢や利用金額といった単純な属性でターゲットを決めていました。ところが、属性拡張によるタグ情報を使うと、これまでとはまったく違う顧客像が浮かび上がってきた。自社のマーケティングを見直す視点としても、大きな示唆がありました。

──最後に、BestMoveを今後どのように活用・進化させていくお考えでしょうか。

出居氏:JCBとしても、BestMoveを軸に顧客分析、施策立案、効果予測、さらに実行までを含めた伴走型の支援を構想しています。NECと共に、マーケティングを「当てずっぽう」ではなく、「納得して決められるもの」にしていきたいですね。

大串氏:社会課題を解決し、それを社会価値の創造につなげる。この考え方はNECとJCBで共通しています。共創を進化させながら、一緒にBestMoveをより良いサービスに育てていきたいと思います。

小図子:NEC独自の「属性拡張技術」は素晴らしい技術であり、あらゆる種類のデータを翻訳 & 解釈する機能を有しています。現在はクレジットカードデータに活用していますが、ID POSデータや、お客様がお持ちの1st Party Data(各種調査・アンケート・広告画像・動画など)、あらゆるデータの解像度を向上させることができます。

 「AIペルソナと対話しながら方向性を決めていく世界観」は、NECが切り開いていく新しいイノベーション領域だと考えていますので、引き続き、挑戦し続けていこうと思います。