「リアル×デジタル」の共存に向けた未来都市のシナリオ
コンピュテーショナル・デザインやコモングラウンドなど、デジタルテクノロジーを取り入れた手法で、建築業界に新しい潮流を起こしている建築家の豊田啓介氏。そんな豊田氏が考える未来の都市や環境とは、どういったものなのか。
長年にわたり研究開発してきた生体認証や画像認識などの先端技術を活用し、スマートシティなど都市づくりに関するさまざまなソリューションを提供しているNECとの鼎談から考察する。
SPEAKER 話し手
建築家
豊田 啓介 氏
ノイズ パートナー
グルーオン パートナー
建築家。東京大学工学部建築学科卒業。1996-2000年安藤忠雄建築研究所。2002年コロンビア大学建築学部修士課程修了(ADD)。2002-2006年SHoP Architects(New York)。2007年より東京と台北をベースに、蔡佳萱と共同でnoizを主宰(2016年より酒井康介もパートナー)。建築を軸にデジタル技術を応用したデザイン、インスタレーション、コンサルティングなどを国内外で行う。2017年より建築・都市文脈でのテクノロジーベースのコンサルティングプラットフォームgluonを金田充弘氏、黒田哲氏と共同主宰。東京大学生産技術研究所客員教授。EXPO OSAKA/KAN-SAI 2025 招致会場計画アドバイザーなどを務める。
NEC
山本 啓一朗
東京オリンピック・パラリンピック推進本部
集まろうぜ。グループ部長
1976年、福岡県生まれ。1999年日本電気株式会社入社後、システムエンジニアを10年経験した後、2009年より経営企画部で組織開発/インナープランディングに従事。2012年、復興庁(宮城県)に赴任。2014年、日本電気株式会社に復帰した後は、TOKYO2020を担当。2015年2月にゴールドパートナーとして契約を締結し、TOKYO2020などを契機とした事業・NECブランド推進(アウター/インナー)を通じた企業価値向上に従事。
今岡 仁
NECフェロー
1997年、大阪大学大学院工学研究科応用物理学専攻 博士課程修了。博士(工学)取得。1997年、NEC入社。基礎研究所にて、脳視覚情報処理に関する研究開発に従事。2002年、NECマルチメディア研究所に移動。顔認証技術に関する研究開発に従事。NECの顔認証製品「Neo-Face」の事業化に貢献。2009年、研究開発チームリーダーとして、顔認証技術に関する米国国立標準技術研究所が実施したベンチマークテストで5回トップ獲得(2009年、2010年、2013年、2017年、2019年)。現在、NECフェロー。
「境界線」のない世界
──豊田さんがイメージしている未来の都市について聞かせてください。
豊田氏:少し抽象的な話ですが、私が想像する未来の都市は、次のようなものです。
ある都市にいながらもビジュアルだけを瞬間移動させ、別の場所に飛んでいる。同じくアバターも、別の都市で動いている。
人やものが持つ属性を情報的に編集可能にし、かつ、別の場所に移動させることもできる。つまり、リアル空間とサイバー空間が融合している世界。未来では、都市や建築は物理領域にとどまっていないと思います。
山本:私は復興庁に出向していた関係で、東日本大震災で被災された地域の皆さんと今でも交流があるのですが、たとえば石巻市などはコロナ禍の影響で一部が活気づいていると伺っています。
東京のオフィスで働いていた方や首都圏の大学生などが石巻市にIターンやUターンで入ってきて、東京をはじめとする首都圏とのやり取りをリモートで行う方が出てきているそうです。物理的な場所や距離は本当に関係なくなってきていますよね。
今岡:コロナ禍により、私も長い間、リモートワーク中で、今回の鼎談も遠隔地から参加しています。豊田さんがおっしゃるように、リアルとデジタルが融合して、これまで以上に制約を受けない働き方や取り組みができるようになってきた。この動きはポジティブに捉えていいと思います。
「離散化」が進み垣根がなくなる
──コロナ禍により、地方に移住した人も多いと聞きます。
豊田氏:地方と都市部に限らず、自宅とオフィスの関係性も変わりましたよね。リモートワークすることにより、オフィスが否応なく家庭に入ってきた。同じ空間の中で、プライベートとビジネスが入り乱れるようになりました。
これまで自宅はプライベートな空間であり、逆に、オフィスは仕事場。このようなゼロイチ思考であったのが「離散化」したわけです。コロナ禍が急に来たので当初は大変でしたが、個人的にはおもしろい世の中になったと私もポジティブに捉えていますし、このような社会の変化は、必要でもあったとも捉えています。
──豊田さんにとってどのあたりが“おもしろい”のでしょうか。
豊田氏:境界線がなくなったことで、新しいライフスタイルや個人の価値が、これまでの制約を越えてより細かい単位で生じうるからです。これまで人というのは、ひとつの体に縛られていました。しかし未来の世界では、アバターやバーチャル空間での化身のように、複数の自己が同時に存在することが可能になります。つまり、個人の「量子化」です。
その結果、同じ場所にいながら、たとえば同時に1日を60%は仕事、30%は家族との時間、10%は自身の趣味の空間といったかたちでバーチャルに自分の行為や存在価値を離散化できるようになります。そしてこのようなライフスタイルが認められる社会になっていくと考えています。
今岡:私もそう思っています。今後の都市や働き方の在り方について、私の研究テーマも絡めて考えると、これまでの仕事はオフィスに通勤して働くことが前提であったな、と。そしてこの前提をもとに、セキュリティはオフィスを中心に構築されていました。このような常識が、この先は変わっていくだろうと考えています。
リアルとデジタルの融合で効果を発揮
──つまり、社会や企業、ビジネスパーソンが考えなければいけないセキュリティの範囲が広がる、と?
今岡:はい。そこで重要になってくるのが、「利便性と安全性」です。これまでは、とにかく安全性を重視していました。その結果、オフィスではICカードを配布し、パソコンにログインする際にはパスワードを入力し、定期的にパスワードを変更するなどのセキュリティ対策が当たり前でした。
ところがこのようなやり方は、はっきりと言って面倒くさいですよね。そうではなく、安全性を十分に担保した上で利便性も高い認証システムが、これからの未来ではますます求められるだろうと。
リアルな場からオンラインでのワークが増えるにつれ、サイバー空間(仮想空間)の自分とフィジカル空間(現実空間)の自分とを利便性を損なわず正確に結びつけることが求められるようになるでしょう。
まさに豊田さんがおっしゃられたような未来です。そしてその際に、利便性と安全性を併せ持つ生体認証が力を発揮すると考えています。
研究開発に約50年。世界約70の国と地域に導入
豊田氏:社会や都市、暮らしがデジタル化されることによってより便利になる一方で、利便性を損なわせずに強固な安全・安心な基盤をつくることは必要不可欠ですし、おそらくこれまでのセキュリティの構造とは異なる考え方を導入せざるを得ないと考えています。その点、今岡さんの追求されている利便性と高度なセキュリティの両立は非常に価値があると思います。
NECは生体認証に強いイメージがありますが、どんな強みや特徴があるのですか。
今岡:我々が生体認証の研究開発をスタートしたのは、今から約50年前の1971年です。
豊田氏:50年も前から取り組んでいるのですね。
今岡:そうなんです、結構歴史があるんです。指紋認証が始まりで、それ以降、顔認証、虹彩認証、指紋・掌紋認証、指紋・指静脈認証、声認証、耳音響認証と分野を広げ、現在では6つの生体認証技術を複数組み合わせることで最適なソリューションを提供する、「Bio-IDiom(バイオイディオム)」を標榜しています。
これまで、世界約70の国と地域に導入してきました。政府などの公的機関にとどまらず、空港、ホテル、レストランといったパブリックな場。さらには、流通、金融、大規模イベントといったシーンでも、特に顔認証は多く使われています。
顔認証、指紋認証、虹彩認証は米国国立標準技術研究所(NIST)による精度評価テストで、複数回首位(*)を獲得するなど、世界最高レベルの評価を何度も獲得しています。
- * NISTによる評価結果は、米国政府が特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。
──バイオメトリクス(生体認証)の中でも、今岡さんの専門分野である顔認証は、非接触です。衛生上の観点からも、今回コロナ禍でニーズが高まったのではありませんか。
今岡:これまでの認証というと、スマートフォンでのタッチのような形態が一般的でしたが、コロナ禍になってからは、タッチレスが求められるようになりました。実際ニーズは高まっていて、製品の導入に至った事例も出ています。たとえば、ハワイの空港です。
ハワイの主要5空港に、私たちが開発した生体認証ならびに映像分析技術、サーマルカメラなどを組み合わせたソリューション(*)を提供しました。体表温度が高い人物を検知したり、空港内での移動経路を見える化したりすることで、空港の安全・安心に貢献します。
- * このソリューションは、設計から導入までプライバシー保護に配慮するとともに、ハワイ州交通局と連携して、ハワイ州のプライバシー保護要件に準拠しています。
空港などの公共施設やイベントスペースでは、非接触型の認証である顔認証の導入に以前から積極的でした。ただ特に今すぐ、という状況ではなかったのが、今回のコロナ禍を受け大きく動いている状況です。
生体認証+空間認識の「感染症対策ソリューション」
──建築や都市開発において、コロナ禍は豊田さんの仕事にどんな影響を与えましたか。
豊田氏:今回のコロナ禍で、コミュニケーションは密にならないことが求められました。私の仕事でも最近相談が多いのが、オフィス空間などでのソーシャルディスタンスのデザインです。
つまり、出勤率などが制限される中、ちゃんと物理的な「距離」を確保したうえでより価値を生み得るオフィスの配置やシステム、さらに言えばそうした時代の新しい社会や都市のしくみ、または建築は何であるか、ということ。僕は建築も社会も、よりインタラクティブで動的にならざるを得ないと思っています。
密を防ぐことを考えた時、たとえばオフィスでは、単に人数のみを制限しただけでは実現が難しく、出社している従業員全員の居場所や動きを把握したり、逆に時々刻々と変わる最適配置を提案したりする必要があります。当然、デスクなどの構成も動的である必要がありますから、人だけでなく、什器、オフィスに関するデジタルデータも必要となってきますし、動的な機構をどう空間に組み込むかという発想も重要になってきます。
ただこの手のデータを取得するには、どのようなセンサーがどれだけ必要なのか。ぜひ、この分野の専門家であるNECさんに教えていただきたい。
山本:生体認証はあくまで個人を特定するものですが、いま豊田さんがご質問されたような状況を把握・実現するためには、空間認識に関する技術も必要となってきます。
そして私たちはこの両方の技術が未来の都市(づくり)では必要だと考えており、実際にスマートシティを実現するNECの取り組みやソリューションを「NEC Safer Cities」として体系化しています。
一方で、安全・安心に対する考え方に変化が見られます。これまでは危険を防ぐことが安全・安心でしたが、今はソーシャルディスタンスも安全・安心に変わりました。このような状況を受け、つい最近新たなソリューションを発表したばかりで、豊田さんのご質問の解になるかと思います。
──どのようなソリューションなのですか。
今岡:先ほど話したハワイの主要5空港に採用されたのがまさにそれで、「感染症対策ソリューション」になります。顔認証技術を活用し、まずは入館時に体表面温度を測定、感染の疑いのある方の入場を抑制します。
さらに映像分析技術を活用し、オフィス内の人数をカウントし、混雑度をモニタリング。モニタリング状況は管理者のみならず、デジタルサイネージなどでも表示。人数が多いと判断すれば、管理者などに通知することも可能です。
画像解析ではマスク着用の有無まで瞬時に検知可能ですから、未着用入場者を見つけた場合には、先と同じく管理者に通知したり、従業員であれば直接本人に連絡したりするなどして対処することもできます。
なお、このシステムは、これまでNECが培ってきた要素技術の結集であり、特段何かを新たに生み出したわけではなく、実現のスピードは速かったです。
- * このソリューションは、人権・プライバシー保護の観点から、導入するお客様が顔認証技術の利用について本人の同意を得ることを前提としています。
コモングラウンドが実現する未来
豊田氏:なるほど。これまで培ってきた技術を使われたわけですね。ただもうひとつ、先ほども申し上げましたが、未来の世界ではデスクや建物自体のデジタルデータを、人でもロボットでも建物でも、リアルタイムかつ汎用的に取得できるような環境も重要です。
さらに、人も建物も什器も含めた物理領域を、ただ単にデジタルコピーをするだけでは十分ではありません。情報領域は私たちにイメージしやすい3次元にとどまる必然性はなく、その次元は次元は容易に50次元、100次元になり得ます。
それを前提としたときに、我々は一体どういう建築やデータ構造を「デザイン」していけばいいのか。僕の最近の興味はそこにあります。とても建築領域だけでカバーできる世界ではないんですが。
──豊田さんが提唱されている、リアルとデジタルが行き交う「コモングラウンド」ですね。
豊田氏:ええ。これまで長いあいだ、都市、居住空間での主体は人だけでした。しかし未来の都市では、情報世界が日常に否応なく入ってきます。デジタルワールドでは主体、主語が拡張します。
ロボット、AR/VRでのアバター、建物を管理するデジタルエージェント(都市OSのような機能)など、どれも一つの主体として自分の体を認識し、周囲の他のエージェントやモノ、建築とのインタラクションを必要とします。人以外のいろいろなこの世界の「住人」にとっても生きやすい世界をデザインする必要が出てくるわけです。
コモングラウンドの住人にとって、建物や人も含めた他の人の行動や状態を認識するには、人と同じ認識チャンネルに限定していてはコミュニケーションが成り立ちません。デジタル世界の人にも認識可能な記述チャンネルが必要となってきます。たとえばロボットがオフィス内を通行するとき彼らにも認識可能なデジタルデータで机やいすが記述されていなければ、スムーズに進むことができないからです。
生体に対する「認識の情報量」、つまり解像度を上げるためにチャンネルが増えるように、バーチャル(デジタル)側での解像度も上がってもらいたいのです。リアル、デジタル双方からのパラレルデータの解像度が高まることで、私たちが目指している未来都市のような選択肢が拡張した世界の実現につながっていくと考えています。
街、都市、自宅、職場など、現実に存在するあらゆるものや行為がトランスファラブル(移動可能)になるとは思いませんが、データを取得できるパラメータが増えれば増えるほど、選択肢は増えるでしょう。それは同時に広大なビジネスチャンスを生むことにもなるはずです。
今岡:生体認証に関しては表情、内面のストレスなどのデータも取得できるように技術が進んでいますから、豊田さんのニーズは次第に満たされると考えています。
ただ、そこまで情報が取得できてしまうと、プライバシーへの配慮についても法律面でのサポート含め、より慎重に進めていかなければいけません。
生体認証はまだまだ進化します。現在は顔認証がメインですが、人体、人間すべてを認証することが、私の目標です。最終的にはまさに豊田さんがおっしゃられたように、ロボットやARでのアクチュエーションの体験を、生体認証技術で進化させることで、人々がより快適に暮らせる社会が実現すると考えています。
豊田氏:私たちの目指す未来に生体認証やそのほかのテクノロジー革新は欠かせない。また、ベンダー間の垣根を取り払った活動も必要だと思っています。NECさんにはぜひ未来の社会、都市づくりにおいて、生体認証をはじめとした強みのICT分野でリードしてもらいたいと思っています。
今岡:ありがとうございます。社会や都市づくりには業界の垣根を越えたコラボレーションや協業が必要になると感じています。豊田さんのようなICT以外のプロフェッショナルとも意見交換しながら、未来の社会、都市づくりに我々も貢献していきます。
(制作:NewsPicksBrandDesign 編集:木村 剛士 構成:杉山 忠義 デザイン:月森 恭助 作図:大橋 智子)
生体認証資料ダウンロード:NECの生体認証について