銀行DXはいかに実現するのか?
メガバンクの変革から見る金融サービスの未来
銀行とは、社会インフラの一つでもある。ならばDX(デジタル・トランスフォーメーション)によって銀行が変わることは社会が変わっていくことであり、社会が変わるためには銀行も変わらなければいけないのだろう。国内有数のメガバンクとして知られる三井住友銀行(以下、SMBC)グループもまた、社会インフラを整備するためにも長年にわたって基幹システムの革新に取り組んできた。
デジタル化により銀行のあり方そのものが変わるとも言われる中で、SMBCグループはいかにその変化と向き合っていくのだろうか。NEC Visionary Weekで行われたセッション「SMBCグループが挑む銀行DX。巨大システムのモダナイゼーションから拓く未来」では、同行がDXの先に見る景色が明らかになった。
SUMMARY サマリー
つねに10年先を見据えたシステム構築
「私たちは、つねに10年先を見据えて勘定系システムの構築を進めてまいりました。現在のシステムアーキテクチャの基礎は1994年の全面刷新によってつくられたもので、その後も2002年のシステム統合や2009年の勘定系システムのオープン化実証など、新たなプラットフォームの構築に取り組んできました。今回構築する次世代勘定系システムも、今後10年のビジネスの広がりとつながっていくものだと考えています」
株式会社 三井住友フィナンシャルグループ 執行役専務 グループCIO 株式会社 三井住友銀行 取締役専務執行役員の増田正治氏はそう語り、経営戦略・業務戦略・システム戦略を三位一体として運営していることやシステムの集約化と共通化に拘って同行のシステムが刷新されてきたことを明かす。増田氏によれば、異業種の参入やデジタルシフトなどさまざまな変動が生じていく中で、SMBCグループは「ソリューションプロバイダー」「プラットフォーマー」「情報産業化」の3つを掲げ、金融グループの枠組みを超えたビジネスを実現しようとしているという。
「今後、技術革新は社会をロケーションフリー、タイムリミットフリー、デバイスフリーな世界へ変えていくのだと感じています。ARの活用によりお客様が自宅にいながら来店体験ができるような次世代チャネルを確立することで私たちの提供するソリューションも多様化しますし、ビジネスを支えるプラットフォームもますます重要になるでしょう。さらには勘定系決済データのリアルタイム分析など、従来以上に多様なデータを組み合わせて新たな価値を創出することも情報産業化の醍醐味だと考えています」
これからの銀行は従来の枠組みを超えてサービスを提供していくことになるかもしれないが、まずはその基盤が整っていなければ銀行全体が変わっていくことは難しいはずだ。SMBCグループは「DX」という言葉が注目されるよりも遥か前、20年以上前からデジタル化を進め、システムのあり方を見直し続けてきたからこそ、社会と技術の変化に柔軟に対応できる基盤をつくれたのだろう。
次世代勘定系システムに求められるもの
「私たちは今、2025年度に向けたシステム開発を進めています。ポイントは柔軟性、迅速性と効率性、安定性の3つを兼ね備えた次世代システムへ刷新することです。オープン勘定系プラットフォームの構築によって直接勘定系データを参照しながらシステム開発を行える環境を整える他、API基盤の整備によって異業種企業との共創も加速させていきます」
銀行のシステムに安定性が求められることは言うまでもないが、従来は安定性とのトレードオフとされがちだった迅速性や柔軟性も兼ね備えたアーキテクチャをつくることで、同行は銀行サービスをさらに広げようとしている。増田氏によれば、この刷新を通じて「サービス価値向上」「新たなビジネスの創造」「経営基盤の強化」「持続可能な開発」という4つの変化が実現できるという。
「たとえばサービス価値の向上においてはオンラインサービスの完全無停止化やグローバル決済の即時化・時限延長を通じ、いつでもどこでもつながる、タイムリミットフリーな銀行へと変わっていきます。他にもグループベースの統合顧客管理や全勘定系データのリアルタイム分析などを通じて、お客様基点で一人ひとりに寄り添ったソリューションを提供できるようになるはずです」
もちろん、同行における銀行DXはシステムだけに留まるものではない。増田氏が「お客様のデジタルシフトと行内業務の効率化を進めるためにUX改革に取り組んでいます」と語るように、SMBCグループは個人や法人を問わず顧客との接点のあり方も変えようとしている。たとえばSMBCダイレクトアプリのリニューアルを通じてデザインや機能の改善だけではなく店頭で顧客が利用するタブレットも統一したインタフェースに刷新し、デジタル・リアルの融合を進め、対法人においても「Web21」というインターネットバンキングサービスのリニューアルによって取引のデジタルシフトを進めているという。行内業務の効率化においては2026年度までにすべての事務手続きをゼロにすることをゴールとして据え“バックキャスティング”で行内事務のモダナイゼーションに取り組んでいく。そのためにも、顧客接点のデジタル化が重要だ。顧客のデジタルシフトが進むほど行内業務の効率化も加速するのであり、両輪の変革がUXの改善へとつながっていくだろう。
また、データ利活用の高度化もSMBCグループとして注力している領域となる。増田氏は「データの量・種類の増加と共に、SMBCグループの利活用領域も、従来の金融ビジネスに留まらず、情報銀行や広告ビジネスなど非金融ビジネスへと拡大しています」と語り、同行も機械学習を自動で行なう「dotData」やデータ情報を可視化する「Tableau」といったサービスを使うことでデータ利活用の高度化を進めていることを明かす。銀行には価値の高い情報が集まり易いからこそ、データ利活用においても大きな可能性が広がっているはずだ。
金融サービスは遍在する
SMBCグループの次世代勘定系システムの構築ベンダを務めるNECは、システム本体やAPI基盤をはじめ、さまざまな面で同行の変革を支えてきた。eKYCやAIなど新たな技術の開発も進めていく中で、NECはSMBCグループとの共創を進めていくうえでも「Embedded Finance(埋込み型金融)」に注目しているという。本セッションで進行を務めたNEC エンタープライズビジネスユニット 執行役員(金融領域担当)の木村哲彦は、次のように語る。
「低金利政策の長期化によって従来型サービスの成長が鈍化する一方で、規制改革に伴うAPIの広がりやデジタル技術の発展により、金融サービスは今まさに大きく変わろうとしています。ソフトウェア活用によるSaaSの発展やデータ活用と外部連携による共創など新たな動きは生まれていますが、私たちは金融以外のサービスに金融機能を組み込むEmbedded Financeが最も重要だと考えています」
木村によれば、Embedded Financeには顧客接点をもつ「Brand」と企業と金融機関をつなぐ「Enabler」、金融ライセンスをもち金融商品を提供する「License Holder」という3つの役割が存在すると言われているという。既に欧米を中心に海外では多くのサービスが生まれており、アメリカの著名ベンチャーキャピタルであるAndreessen Horowitzが「Every Company will be a Fintech Company(すべての企業はFintech企業になる)」と発表するなど、業種や業態の垣根を超えて金融サービスが遍在する世界が到来しつつある。3つの中でもNECは「NEC Digital Finance デジタルパワーで金融サービスをあらゆる人と産業へ」というキャッチフレーズを掲げ、Enablerとしてビジネスを拡大させる戦略を展開し、AvaloqやBanqsoftなど欧州のBaaS企業を買収してオファリングメニューの強化を図っていく予定だ。
一方、SMBCグループでもEmbedded Financeは進んでおり「TOYOTA Wallet」や「UNIQLO Pay」など業種を問わず多くの事業者と連携することで、個々のサービスに合わせた多様な決済サービスの提供を行っている。木村が「SMBC様はまさにソリューションプロバイダー、プラットフォーマー、情報産業化の実現を、いろいろな業種・業態のプレイヤーと共に実践されていますね」と語るように、SMBCグループの取り組みにおいても、Embedded Financeは今後ますます進展していくことが予想されるだろう。
銀行が変わると、社会全体が変わる
Embedded Financeを始めとする銀行の広がりは、ビジネス領域に限られたものではない。たとえば世界に先んじて電子政府を実現したエストニアの仕組みも、もとは銀行システムから拡張したものだと言われている。銀行のデジタル化は行政システムにもつながっていくものなのだ。
「将来的にはビジョンを共有しながら、私たちもSMBC様をはじめ金融機関の皆さまと社会のデジタル化が広がるようなサービスを提供していきたいと考えています」と木村は語る。コロナ禍においてもマイナンバーと銀行口座の紐づけや給付金受け取りのシステムが話題となったように、金融と行政は密接する領域でもある。銀行という社会インフラが率先して変わっていくことで、社会全体が変わっていくことは間違いないだろう。
このように銀行は従来の枠組みを超えて社会全体へと広がろうとしているが、その変革は容易ではない。単にテクノロジーを発展させれば自動的にデジタル化が進むわけではないだろう。だからこそSMBCグループは「人」の育成に注力していくのだと増田氏は語る。
「金融の枠を超えてDXへの挑戦を成功させるためには、全従業員がデジタルの価値を理解していなければいけません。私たちは知識のみならずマインドセット変革を重視した学習プログラムをベースに、自ら顧客接点のデジタルソリューションやデジタルビジネスを提案できる従業員を増やそうとしています。全国のお客様がデジタルの力でビジネスを変革したいと考えているからこそ、専門職に限らずすべての従業員がデジタルの価値を理解しなければDXは進んでいかないのだと考えています」
同行は新たな法人デジタルプラットフォームや次世代決済端末など、新たなサービスやプロダクトの開発にも取り組んでいる一方で、同時にそれらを支える調査研究やラボ、協議会の整備も重要だと増田氏は続ける。既にシリコンバレーのラボを通じてAllganaize社のAlliというAIエンジンを採用したチャットボットの開発を進めるほか、量子技術による新産業創出協議会の設立、大手IT企業のCTOとともに行うテクノロジーアドバイザリーミーティングなど、狭義の「金融」や「銀行」に囚われない取り組みを水面下で進めているのだという。
これからの銀行は、単に従来の産業単位やテクノロジーだけでは変革を起こすことが難しくなっていく。だからこそSMBCグループは人や他業種との連携に注力するのだろう。そんな共創の先にこそ、銀行DXが実現する未来が待っているのかもしれない。