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ESG経営は「データ分析」と「ストーリーテリング」からはじまる
~FIN/SUM2022レポート

 いまやニュースで「SDGs」や「ESG」といった単語を見かけない日はない。それはもはやバズワードではなく、新たなスタンダードとなっているのだろう。個人の行動のみならず、企業のビジネスにおいても経営へいかにESGの視点を取り入れSDGsを達成していくかが問われている。多くの社会課題が深刻化し急速に変わりゆく社会のなかでサステナブルなビジネスと生活を実現するためには、ESG経営の実践が必要不可欠となっていくのだろう。

 社会課題やサステナビリティと言われるとしばしばCSRのような企業の非財務情報がイメージされやすいが、より長期的なESGの実践を考えるうえでは、財務情報と非財務情報を融合させることでESG経営の価値を定義しなおす必要がある。2022年3月29日に金融とテクノロジーのカンファレンス「FIN/SUM2022」で開かれたセッション「ESG経営をいかに進化させるか 〜持続可能なビジネスと暮らしに向けて〜」は、まさにこれからのESG経営の可能性を問うものだった。

「ESG経営をいかに進化させるか ~持続可能なビジネスと暮らしに向けて~」の動画を視聴する

今年のFIN/SUM2022はオンラインとオフラインのハイブリッド形式で開催された

ESG経営で企業は強くなる

 「ESGとはリスクの回避ではなく、企業を強くすることです。たとえばいまの学生は、給与や福利厚生よりも社会貢献の有無によって企業の価値を判断していますし、SDGsの達成に取り組む企業の社員は愛社精神が高く離職率も低い傾向があるとされています。ビジネスにおいても企業へESGを求める声は今後もっと大きくなっていくでしょう」

 そう語るのは、講談社 『FRaU』編集長兼プロデューサーの関龍彦氏だ。『FRaU』は関氏による編集の下で積極的にSDGsを特集テーマとして取り上げるようになり、2018年から刊行されている『FRaU SDGs』は1冊まるごとSDGsを特集した初の女性誌として注目された。同社はこれまで「OCEAN」や「FOOD」、「MONEY」などさまざまなテーマのMOOKを含む10冊の『FRaU SDGs』を刊行しており、SDGsのゴールである2030年まで刊行を続けていく予定だという。同誌の登場によりビジネスパーソンのみならず多くの人々にSDGsの重要性が伝わったことは間違いないだろう。

講談社『FRaU』編集長兼プロデューサー 関 龍彦 氏

 関氏の発言を受け、バリューブックス 取締役の鳥居希氏は次のように語る。
「ESG経営に取り組む上で使える手段のひとつが『B Corp™️(B Corporation)』です。これは社会や環境へのベネフィットを重視する営利企業の認証制度とムーブメントです。弊社も同認証の取得プロセスを進めているほか、同制度の入門書といえる『The B Corp Handbook』の翻訳版刊行にも取り組んでいるのですが、こうした認証制度を活用し会社の情報に透明性をもたせていくことも重要です」

 バリューブックスは古本の買取と販売を主たる事業としているが、書籍のよりよい循環を目指し買取サービスの変革によるビジネス、環境両面での負荷の削減や古紙回収予定の紙をアップサイクルしたプロダクトの企画・販売などさまざまな取り組みを進めるなかで、より良いビジネスの指針を確立するためにも「B Corp™️」の取得を決意したのだという。鳥居氏によれば現在世界で4,800社以上の企業がB Corp™️認証を受けているが、そのうち日本の企業はわずか10社しかない(登壇日時点)。SDGsやESGといってもその切り口は多様だが、B Corpのような認証制度が日本でも普及すればよりよい企業の形が見えやすくなるだろう。

バリューブックス 取締役 いい会社探求 鳥居 希 氏

データ分析が非財務情報と財務情報をつなぐ

 「ESGを企業の成長へつなげるためには、非財務情報と財務情報の関係をデータで可視化することが重要です。NECでは人的資本や社会関係資本など非財務の取り組みを分析したところ、25個の指標が財務指標のひとつであるPBR(株価純資産倍率)の向上にも貢献していることが明らかとなりました。さらに現在はNECのAI技術を使って、どんな取り組みが財務指標にどう影響を及ぼすのか、相関関係だけでなく因果関係を分析することで、企業の方々のデータ活用を支援したいと考えています」

 そう語るのは、NEC デジタルインテグレーション本部 本部長の岩田太地だ。岩田によれば、特に人的資本へのアプローチは企業価値の向上ともつながりやすく、たとえば従業員一人あたりの研修日数を1%増やすことで5年後のPBRが7.24%向上する見込みであることが明らかになったという。こうしたNECの取り組みは、アビームコンサルティングとの連携の下で実現したものだ。同社デジタルプロセスビジネスユニット FMCセクター シニアマネージャーの今野愛美氏は、次のように語る。

NEC デジタルインテグレーション本部 本部長 岩田 太地

 「わたしたちは『Digital ESG』というコンセプトを打ち出し、データを使ってESGに関する活動がどんな成果を生んだのか可視化できるサービスを提供しています。単にインプットとアウトプットを明らかにするだけでなく、マルチステークホルダー視点での価値連鎖を捉えられることで、取り組み同士がつながっているのかいないのか、今後どんな取り組みに注力すべきなのか明確になる。それは企業のESGへの意志をはっきりと示していくことにもつながるはずです」

 先端的なテクノロジーを活用しながらESG経営に取り組む2社の実践からは、ESGが企業イメージ向上のための「大義名分」などではなく、さまざまな点においてビジネスと関わった視点であることが浮き彫りになってくる。これまでESGの領域に関する取り組みはCSRといった枠組みと関連づけられることも多く、「非財務情報」という分類が象徴するように企業の売上とは直接的につながらないものだと思われやすかったが、これからはむしろESGの視点なしにビジネスを成長させることの方が難しくなっていくのかもしれない。鳥居氏が紹介したB Corpのような認証制度とともにNECやアビームコンサルティングのデータ分析が広まれば、一つひとつの企業が自社に合ったアプローチを考えていけるはずだ。

NECとアビームコンサルティングの技術によりデータを活かしたESG経営が実現する

データを分析することとストーリーを描くこと

 もちろん、データ分析によってただ情報を可視化すればいいわけではない。関氏が「SDGsに向けた企業の行動指針を定めるSDGコンパスでも報告とコミュニケーションが重視されているように、社外にも取り組みを伝えることが重要です」と語るとおり、データを分析して満足するだけではなく取り組みの成果や価値を社会へ伝えることで、その影響力はさらに大きくなっていくはずだ。その上で「ストーリー」を語ることが大事なのだと関氏は続ける。

 「その企業がどういう理念をもちなぜこの取り組みを進め、どんな夢を描いているのか。データでは表現できない部分をストーリーとして伝える必要があります。センスのいいビジュアルや面白い表現など、メディアがもつエンターテインメントの力を使うことで、より本質的なストーリーを伝えられる。わたしたちもメディアという立場から企業のESG経営をお手伝いできたらと考えています」

 ESG経営をさらに広げていくうえでは、さまざまな領域と金融をつなげていく必要がある。モデレーターを務めた日本経済新聞社 論説委員会 論説委員の小平龍四郎氏が「銀行の中に環境問題や人権の専門家がいるわけではないため、ESG投資を考えようとすると自然に金融とは異なる分野の人々と協力する必要が生じます」と指摘するように、ESG経営を進めることとは、越境し協働することにもつながっていくのだろう。

アビームコンサルティング デジタルプロセスビジネスユニット
FMCセクター シニアマネージャー 今野 愛美 氏

 「『The B Corp Handbook』でもDEI(Diversity, Equity & Inclusion)の重要性が説かれています。現代の社会課題はあまりにも規模が大きく、自社だけで解決に取り組むことは難しいですから。多様な人々と意思決定を行っていくことはときに時間もかかるし大変ではありますが、新たな視点を取り入れなければイノベーションも起こせないでしょう」

 鳥居氏がそう語るように、企業がサステナブルな体制をつくり社会課題を解決しながらビジネスを続けていくためには、産業や領域を越えた企業との協業が必要不可欠となるだろう。現に古本売上を出版社へ還元する仕組み『バリューブックス・エコシステム』や古本の買取代金が寄付となる『チャリボン』などは複数の企業との連携なしに生まれなかったといえる。関氏も『FRaU』のSDGs特集を通じてこれまで以上に多くの企業と接する機会が生まれたことを明かした。

 「女性誌をつくっているとファッションやビューティのクライアントとやりとりすることがほとんどですが、SDGs特集をつくり始めてからは、官公庁や教育機関、JAXAなどさまざまな方々と接する機会が得られました。SDGsのような大きな目標を達成するためには、一つひとつの企業が自分の不得意な分野でやっているフリをするのではなく、本当に得意な分野で、ほかの企業とも一緒に知恵を出し合いながら協業していく必要があります」

 ESGが表す環境と社会、ガバナンスにおいては、多様な存在がお互いに影響を与えあっている。だからこそ、ESG経営を実践するうえでも領域を越えたコラボレーションが必要不可欠となるのだろう。

日本経済新聞社 論説委員会 論説委員 小平 龍四郎 氏

ESG経営から見えるオルタナティブな未来

 「データ分析のファクトを企業のストーリーへどう活用するか考え、社外との連携や社内の啓発など、独りよがりではなくさまざまな人々と対話しながら合意形成を行っていく必要がありますね。社外連携においては、データをもった企業がどんどん多くの企業と協業していくようになるでしょうし、社内を考えてみても、いまやESGに関するトピックは多岐に渡っているので全社横断的に考えなければいけません。そのためにも、企業がきちんと意志を表示することが重要になりそうです」

 今野氏がそう語るように、今後は企業と企業の関係性も、企業の中の人々の関係性も大きく変わっていくのかもしれない。これまで企業は多くの人を取り込みながら部署や機能を増やし事業の領域を広げてきたが、これからは企業の壁を超えることでその領域を広げていく必要があるのだろう。今野氏の発言を受け、岩田も次のように語る。

 「大きな企業はタコツボ化しやすいため、NECでも2022年度から大きな組織改革を行い、ピラミッド型からプロジェクト型の組織へと移行を進めていきます。社内の縦割りを排除するとともに、社外の連携ももちろん進めなければいけないでしょう。特に金融機関の方々はこれまでさまざまな企業の情報を扱ってきた存在でもあるので、わたしたちにとっても重量なコラボレーターとなると考えています。NECはデジタルテクノロジーのプロとして基盤を整備し、金融機関のみなさまと企業の変革に取り組んでいきたいですね。そんなコラボレーションを通じて、データを使って嘘をつかずに多くの人をインスパイアできるストーリーづくりにも取り組んでいかなければいけません」

 企業の大小を問わずESG経営は重要だが、企業の規模が大きければ大きいほど変革へのハードルが高くなるのも事実だろう。NECのような企業が率先して変わっていくことは、日本のさまざまな企業が変わっていくきっかけにもなるかもしれない。

 ESG経営とは、単に環境と社会、ガバナンスについてさまざまな取り組みを進めながら企業を経営することではない。これまで当たり前のものと思われていた「会社」や「産業」といった枠組みを問いなおすことであり、これまでとは異なる社会のあり方を想像することなのだ。ESGに関する実践をしっかりビジネスへと組み込みながら、持続可能でオルタナティブなビジネスを構想していくこと。デジタルテクノロジーは両者を支える変革のインフラへとなっていくのだろう。