領域横断的にイノベーションを生み出すDXの現在地とこれからの社会像:FIT2022(金融国際情報技術展)レポート
近年、DX(デジタル・トランスフォーメーション)の重要性はますます高まっている。領域を問わずさまざまな産業で多くの取り組みが進んでいるが、なかでも注目すべきは金融の領域だろう。狭義のFintechにとどまらず金融を軸にすることで、まだ見ぬDXの可能性も見えてくるはずだ。
これからのDXを考えるためには、いまどんな領域でどのような実践が行われているのか知らなければならない。果たしてDXの“現在地”はどこにあるのだろうか? 11月10日に行われたFIT2022(Financial Information Technology、金融国際情報技術展 主催:日本金融通信社)では、金融を中心とした複数の領域におけるDXの可能性と、イノベーションを後押しするNECの取り組みが紹介された。
ウェルスマネジメントは多様化していく
まず1つめのセッション「日本市場でのウェルスマネジメントビジネス成功の鍵:顧客本位の業務運営とデジタル化」で紹介されたのは、ウェルスマネジメントという領域に秘められた新たな可能性だ。
「これまで欧米を中心に広がっていたウェルスマネジメントビジネスは、今後日本でも本格化していくでしょう。今年5月にロンドンで岸田首相が行なった講演でも言及されていたように、日本が有する約2,000兆円の個人資産はその多くが貯蓄されたままであり、活用されるポテンシャルを秘めています」
NEC グローバルビジネスユニット コーポレートエグゼクティブ デジタルファイナンス統括部長の久保知樹はそう語る。NECは2010年代後半からデジタルファイナンスに注力しており、2020年にはスイスの大手金融ソフトウェア企業Avaloqを傘下に置くなど、ウェルスマネジメントビジネスにも積極的に取り組んでいくという。
久保によれば、日本では終身雇用制度や年金制度のように雇用と福祉が安定しているため欧米とは異なり資産運用の需要が高まらず、むしろバブル崩壊やリーマンショックのようなリスクばかりが注目されてしまっていた。しかし近年社会構造の変化や資産運用のグローバル化が進んだことで、これからは日本でも資産運用の重要性が高まっていくだろう。
ウェルスマネジメントというと少数の富裕層を対象としたサービスが想起されやすいが、近年は世界的に「マスアフルエント」と呼ばれる準富裕層の資産運用ニーズが高まってきており、特にマスアフルエント層の人口が多い日本ではデジタルテクノロジーの活用を行わなければ多くの人々にサービスを提供することが難しくなっていく。ウェルスマネジメントを多くの人々へ開いていくためにも、DXは必要不可欠なのだ。
「これからはテクノロジーありきでビジネスを考えるのではなく、顧客のみなさまの多様なニーズに対応するためのシステムを構築していく必要があります。ウェルスマネジメントの大衆化を進めていくためには、技術の革新とオペレーションの標準化、顧客サービスの個別化という3つの方向からアプローチしなければいけないでしょう」
そう久保が語るように、ウェルスマネジメントにおいては顧客中心のアプローチが必要不可欠となっていくだろう。実際にNECは顧客のウェルスマネジメントビジネスの成熟度やニーズに応じて「オペレーション」「セールス」「エンゲージメント」など複数の観点からAvaloq Core、Wealth、Engageといったソリューションを使い分け、顧客とのコミュニケーションはもちろんのこと、バックオフィスにいたるまで広範な領域の業務をカバーしていくという。単なる自動化・効率だけではなく顧客との関係性を深めることに重きを置くアプローチは、ウェルスマネジメントのみならずDX全般に適用できる重要な姿勢と言えるかもしれない。
これからの街づくりに求められる“ご利益”
続くセッション「『デジタル田園都市国家構想』の実現を加速する官民連携のエコシステム創出」では、DXがいかに都市や街づくりを変えていくのか明かされた。NECはかねてよりスマートシティの実現に取り組んでおり、単にデジタルテクノロジーを使った効率化や最適化ではなく「世界に誇れる地域らしい街の進化」をビジョンに掲げるなど、国内外の都市ですでに多くのプロジェクトが進行中だ。
「国が発表したデジタル田園都市国家構想を実現するためには、1つの組織だけがデジタルの力を活用するのではなく、企業や自治体、大学それぞれが取り組み、お互いに連携していく必要があります。近年は一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアムや、技術者コミュニティのiHub Baseを立ち上げるなど、スマートシティの社会実装に向けたエコシステムの創出に取り組んでいます」
NEC スマートシティ事業推進部門 ディレクターの幸田拓也がそう語るように、とりわけ都市のようにさまざまなプレーヤーが存在するフィールドにおいては共創が重要になるのだろう。幸田の発言を受け、一般社団法人スマートシティ社会実装コンソーシアム 事務局長の永野善之氏は次のように語る。
「現在は自治体の方々に地域ごとの課題をヒアリングしフィールドを提供いただきながら事例をつくろうとしていますが、持続可能性を考えるならやはり地元の企業や銀行とエコシステムを創っていかなければいけません。単にベンダーが自前のアセットを地域へ持ち込むのではなく、地域と一緒になって課題に取り組むことが重要でしょう」
永野氏によれば、単発の実証実験を超えて社会実装まで進んだ事例は日本でもまだ少ないのだという。たとえば監視カメラやセンサーを使った加古川市の防犯システムや豊岡市・小布施町における観光のための施策など、日本で成功している事例から明らかになるのは、自治体中心で進めることの重要性だ。
社会実装の要件として永野氏は「地域主体」「切実なニーズへのフォーカス」「関係者の合意形成」「コストシェア/ベネフィットシェア」などを挙げる。「着想大局着手小局と言われるように、構想はみんなが納得できるものにしながら着手はできるところから進めるのがよいでしょう。その上で、リビングラボのような形をとりながらあくまでも地元の方々が自身の住んでいる地域でご利益を体感できる仕組みをつくることがポイントとなります」と永野氏が語るように、多様なプレーヤーが集まる都市という領域だからこそ、地域の人々の声に耳を傾けることが重要になるのだろう。幸田が「“ご利益”という言葉がもつイメージのように、インクルーシブなメリットが生まれるといいですね」と語るように、これからの街づくりにおいては異なる領域を融合させるインクルージョンが大きな意味をもちそうだ。
デジタル社会の基盤となるマイナンバーカード
街づくりと同じく広範な領域へ影響を及ぼすのが行政のDXだろう。続くセッション「行政デジタル化を取り巻く社会・市場の最新動向~マイナンバーカードの民間活用が進んだ先の近未来~」は、近年普及が進んでいるマイナンバーカードの未来を描くものだ。
「デジタル社会の実現には、モダナイゼーション・データ連携・DXという3つのステップがあります。マイナンバーカードの活用は最初のモダナイゼーションに関わるもので、カードの民間活用を進めることで国全体のデータ連携も進みデジタル社会の基盤も整備されていくはずです」
NEC デジタル・ガバメント推進部門 事業支援統括部長の藤川直子はそう語り、マイナンバーカードの利活用がどう進みつつあるのか明かす。現在は保険証や運転免許証との統合が進んでいるほか、スマートフォンへの機能搭載についても開発が進んでいるところだという。こうした実装が進んでいくと、わたしたちの生活はどう変わりうるのだろうか。NEC デジタルファイナンス統括部 ビジネスプロデューサーの宮沢景子は、次のように解説する。
「カードに搭載されたICチップを通じて、今後はさまざまなサービスが提供されていきます。たとえば公的機関のみならずウェブシステムの個人認証にもマイナンバーカードが使えるようになるでしょう。なかでもマイナポータルはすでにサービスが提供されており、カードを使えば自身の情報をマイナポータルから一覧できるようになっています」
デジタル庁が提供するマイナポータルにアクセスすることですでに税・所得情報、医療・健康診断の内容が参照できるようになっており、こうした機能はAPIとして公開されている。さらに今後は、民間企業による活用も進んでいく予定だ。
「ただ、すべての事業者がAPIを活用できるわけではありませんし、実際にサービスの実装を考えるとマイナポータルとの接続は複雑になります。そこで弊社はマイナポータルと事業者をつなぐプラットフォームの提供を進めていきます」
そう宮沢が紹介するとおり、たとえAPIが公開されていてもゼロからデジタル庁と連携しながらサービスをつくるのは時間的・金銭的コストがかかることも事実だ。NECが来年から提供する本プラットフォームはマイナポータルの活用を加速させるとともに、次世代のデジタル社会のインフラを整備するものにもなっていくといえるだろう。
DXを加速させるためのシステムづくり
最後のセッション「事例から迫る!信用金庫様のDX化を加速する営業支援サービス」は、信用金庫のように地域に密着した金融機関においてDXがどのような役割を果たしうるか明らかにするものだ。東京都港区に本店を置く芝信用金庫の事務部 副部長、今釘悟志氏は2013年から同庫が営業支援システムの活用に取り組んできたことを明かす。
「本部との連携による効率的・戦略的な営業活動、渉外員の事務負荷軽減による営業活動時間の捻出、店舗事務軽量化による人材最適化をゴールに設定し、営業支援システムの導入を進めてきました。実際に使用するなかで新たな課題も見つかっており、さらなる業務の効率化に向けて、現在はNECとNextNaviというシステムの共同設計を進めています」
続けて今釘氏は、NextNaviの導入により営業支援システムをその他のシステムと連携させていきたいと語る。こうした効率化を通じて、信用金庫はより地域の人々と密着しながらサービスを提供できるようになっていくはずだ。
NECは、約30年前からこうした営業支援ソリューションを開発してきたことで知られている。NEC 第二金融ソリューション統括部 アカウントマネージャーの与田慎也が「約30年前に初代の営業支援ソリューションを提供開始して以降、融資支援の拡張やスマートフォンやタブレットといった新たなデバイスへの対応など、時代の変化に応じてわたしたちはソリューションを進化させてきました」と語るように、同社は信用金庫と二人三脚で走り続けながらシステムを改良しており、いまでは全国50超の信用金庫へサービスを提供している。
与田はこうしたソリューションの提供により信用金庫が目指している「顧客リレーションシップ強化」「地域社会の成長」「収益改善」の実現に寄与できると語る。加えて近年はオンプレミスで提供されている営業支援サービスを超える価値を提供するべく、実際に全国各地の信用金庫からアンケートを取り、意見交換を行い、「セキュリティ」「価値」「機能」「価格」という4つの面でコンセプトを設定していることを明かす。
たとえばセキュリティの面ではクラウドならではの外部攻撃対策・内部不正対策を施すほか、安全・安心な環境でデータを管理すべく、あえて国産データセンターを採用している。さらに機能の面ではオンプレミスパッケージと同じ機能を提供することに加えて、年一回のバージョンアップにより機能拡張を続ける構想だという。DXとは単に新たなシステムを開発・導入すれば終わりではなく、むしろ実装後も日々アップデートを重ねていくことにこそその価値が宿るのだろう。
この日行われた4つのセッションは金融をはじめとしたさまざまな産業・領域におけるDXの事例を紹介するとともに、それらがわたしたちの働き方や生活を大きく変えていく可能性を明らかにした。街づくりや行政は言わずもがな、共創が重要となるこれからの社会においては、既存の領域にとらわれずさまざまな取り組みを理解していくことが新たなイノベーションへとつながるのかもしれない。