日本や海外で検討が進む中央銀行デジタル通貨(CBDC)とは
「デジタル円」や「中央銀行デジタル通貨」(CBDC)という言葉を見かけることが多くなりました。日本でも民間企業を交えたパイロット実験が進められています。
この記事では、CBDCの概要やメリット、導入にあたっての課題、各国の検討状況について紹介します。
1.CBDCとは
世界各国でCBDC(中央銀行デジタル通貨:Central Bank Digital Currency)の検討が加速している。国際決済銀行(BIS)によれば世界の中央銀行の93%が中央銀行デジタル通貨について何らかの検討をしており1、日本銀行も2021年4月から実証実験を開始している。
CBDCについて日本銀行は、「中央銀行発行デジタル通貨とは、次の3つを満たすもの」と説明している。
- デジタル化されていること
- 円などの法定通貨建てであること
- 中央銀行の債務として発行されること
各国でCBDCの発行の検討が活発に行われるようになったのは2016年頃からであり、それには以下のような要因がある。
- ・ ビットコインに代表される民間発行の仮想通貨(暗号資産)の台頭
- ・ 仮想通貨の基盤となる分散型台帳技術(ブロックチェーンなど)への期待
- ・ モバイルペイメント等の電子マネーの普及
- ・ キャッシュレス経済の進展に伴い排除される人々の金融包摂
- ・ 現金の発行や流通・保管にかかるコストの削減
さらに、2019年にフェイスブック(現メタ)が公表したリブラ構想(その後断念)や、中国のデジタル人民元の動きが、各国のCBDC検討に更なる拍車をかけることとなった。
いまなぜCBDCを導入するのか:CBDCのメリット
CBDC発行のメリットは、その国の抱える社会課題や金融環境によって異なるが、国内外で以下のようなメリットが挙げられている。
・ユーザーの利便性向上、国際決済の効率性の改善
CBDCが普及すれば、消費者にとっては現金を持ち歩くことのセキュリティコストや、店舗での決済時に小銭を出すことのハンドリングコストを減らすことができる。
また、現状では国際銀行間通信協会(SWIFT)を通じた国際送金に多額の手数料がかかるが、CBDCによる国際送金の低額化・効率化も発行メリットの1つとして挙げられる。
・現金発行・輸送・保管のコスト削減
現金は物理媒体(紙)であるため、発行や輸送、保管などに様々なコストがかかる。銀行や企業などの民間部門にとっても、銀行支店やコンビニでのATM網の維持、店舗での現金管理・売上管理に要する人件費、警備の費用など、様々なコストがかかる。CBDCの発行により、これら現金の発行・輸送・保管にかかるコストの削減が期待される。
・現金減少への対応、金融包摂の推進
スウェーデンなど一部の先進国では、現金流通の減少への対応や金融包摂の推進を目的として、CBDCを検討している。また途上国においても、金融包摂の推進がCBDC発行目的の1つとして挙げられることが多い。
・民間企業による決済手段の寡占化への対抗
従来からのクレジットカードやデビットカードに加えて、モバイル送金、バーコード/QRコード決済など民間企業が提供するキャッシュレス決済手段が普及する中、CBDCの発行は民間企業(特に米国などのグローバル企業)による決済手段(および決済情報)の寡占化を防ぐことにもつながる。
・キャッシュレス経済の推進
日本ではCBDCの導入のメリットとして、キャッシュレス経済の推進への寄与が挙げられることがある。すなわち、日本は諸外国に比べてキャッシュレス決済の比率が低いと言われ、スマホによるバーコード決済についても多数のサービスが乱立して使い勝手が悪い状況であり、諸外国のようにキャッシュレス経済を推進するためには、バーコード決済等の電子マネーとの相互運用性を考慮したCBDCを発行することでキャッシュレス決済手段の利便性を高めるべき、といった論点である。
・犯罪・脱税・マネーロンダリングの防止
現金は匿名性を持つために、麻薬取引、誘拐(身代金)、人身売買、偽札、脱税、マネーロンダリングなどの犯罪行為に用いられる恐れがあるが、CBDCは取引情報(いつ、誰から、誰に、いくらの金額が移動したか)を記録できるため、一定額以上の決済にCBDCの利用を義務付けることで、このような犯罪の抑止につなげることができる。中国人民銀行は、デジタル人民元の導入目的の1つに脱税防止を挙げている。
・金融政策(物価、景気のコントロール)の有効性確保
民間発行の電子マネーや仮想通貨が取引に占める割合が増えると、中銀発行通貨の発行量を通じた金融政策が利きにくくなるが、CBDCの発行により民間発行マネーの拡大を抑えることで、金融政策の有効性を確保しようとするものである。
気にしないといけない点は:CBDCのリスク
CBDC導入に当たっては、もちろんリスクも存在する。代表的なリスクは以下の3つである。
・個人情報/プライバシーの保護
個人による少額決済も含めCBDCを用いたあらゆる取引の情報(いつ、誰から、誰に、いくらの金額が移動したか)を中央銀行や民間銀行が保有するような制度設計とした場合、それを税務当局などの行政機関が閲覧するか否かにかかわらず、国民のプライバシー権の侵害につながりかねない。CBDCの取引情報がなるべく一元管理されないようにすること、各エンティティが取引情報にアクセスできる条件を厳密に定めること、またCBDCに現金と同様な匿名性をある程度まで保証することが、重要な課題となる。
・強靭性とセキュリティ
停電時や通信障害時に、CBDCを用いた決済が不能となるリスクがあり、オフラインでも利用できる機能が重要な課題となる。
また、CBDCシステムに対する大規模なサイバー攻撃が想定される。CBDCシステムに関与するエンティティ数が増えるほど、システムの全体的セキュリティ水準は最も脆弱な参加エンティティに依存するため、大きな課題となりうる。CBDCの偽造などの不正利用に対するセキュリティ対策もCBDCへの信頼を高めるために重要である。
・金融システム安定上のリスク
CBDC口座がユーザーにとって使い勝手の良いものである場合、民間銀行の預金口座からCBDC口座に資金シフトが多かれ少なかれ起こる。また、民間銀行の信用不安が高まると、預金者は銀行預金を安全なCBDC口座に移動しようとする 。銀行預金からCBDCへの大規模な資金シフトが起こると、民間銀行の信用創造機能(金融仲介機能)が失われる恐れがある。このような問題を防ぐために、EUのデジタルユーロ規則案などでは、個人が持てるCBDC保有額に上限額を設けることとしている。
2.各国の検討状況
EUでは発行準備が進む:米国では慎重論も
EUでは欧州中央銀行(ECB)が、早期からCBDCに関する調査研究や検討を行っており、発行に対して前向きな姿勢を見せている。2021年4月の「デジタルユーロに関するパブリックコンサルテーション報告書」では、パブコメ回答者の43%が、デジタルユーロの最も重要な側面として「プライバシー」を選択しており(他はセキュリティ (18%)、ユーロ圏全体での使いやすさ(11%)等)、これを受けてECBは「プライバシーはデジタルユーロの最も重要な設計上の特徴の 1 つ」2と表明している。ECBは2021年10月にデジタルユーロプロジェクトの調査フェーズ(2年間)を開始し、2023年6月には欧州委員会から「デジタルユーロ規則案」が公表された。
2023年10月の調査フェーズ終了時に、次の準備フェーズに移行することが発表された。そこでは、デジタルユーロ発行の最終決定は、デジタルユーロ規則が制定されるのを待ってから、ECB政策理事会が判断するものとしているが、発行はほぼ既定路線と見られる。実際の発行は2028年頃3とも言われている。
2023年11月から2年間の準備フェーズではルールブックの最終決定や、プラットフォームやインフラを開発するプロバイダーの選択が行われる。デジタルユーロはオンライン決済とオフライン決済の両方で利用可能であり、オフライン決済機能においては、現金と同等レベルのプライバシーを実現するものとされている。また、EUで2023年11月に暫定合意に至った欧州デジタルID規則案(いわゆるeIDAS II)では、市民が様々な官民サービスを簡便に利用できる欧州デジタルIDウォレットの提供を EU各国に義務付けているが、デジタルユーロの機能もこのウォレットに統合される計画であり(デジタルユーロ規則案で規定されている)、ウォレットとCBDCの相乗効果が期待される4。
なお、今後デジタルユーロが発行されることとなった場合、その運営コストを誰が負担するかについては、「Eurosystemがデジタルユーロ制度の管理や決済処理に関連するコストを含め、自らのコストを負担する」5とされている。Eurosystemとは、ECBとユーロ圏の中央銀行から構成される組織である。
米国は既存のドル一極の国際通貨体制において莫大なメリット(通貨発行益、金融制裁手段など)を得ているため、当初は新たなCBDC(デジタルドル)の検討には慎重であったが、中国がデジタル人民元発行に向けた動きを加速させるにつれ、次第に関心を見せるようになった。
2022年3月にはバイデン大統領は「デジタル資産の責任ある開発に関する大統領令」に署名し、連邦政府や連邦準備制度理事会(FRB)にデジタルドル発行のメリットとデメリットを分析するように求めた。FRBはそれに先立つ2022年1月にディスカッションペーパー6を発行しており、その中で、仮にデジタルドルが発行されることとなった場合の要件として、「プライバシーが保護されたCBDC」「民間仲介型(間接型)のCBDC」「譲渡可能なCBDC」「利用者のアイデンティティが確認されたCBDC」の4つを挙げている。FRBはこのペーパーに基づきパブリックコンサルテーションを行ったりしている。ただし、共和党の一部議員からはプライバシー等の観点からデジタルドルに対する批判や反対法案が出されている7。
- 出典:ECBおよびEurosystem「デジタルユーロの調査フェーズの進捗状況」(2022年9月)
- 出典:日本経済新聞「デジタル通貨、先進国も 欧州中銀が来月から準備」(2023年10月20日)
- 欧州デジタルID規則案やデジタルIDウォレットについては、 https://www.i-ise.com/jp/information/report/2023/231117.pdfも参照のこと。
- 出典:ECBおよびEurosystem「Eurosystem proceeds to next phase of digital euro project」(2023年10月)
- FRB「Money and Payments: The U.S. Dollar in the Age of Digital Transformation」(2022年1月)
- 出典:日本経済新聞「デジタルドル、驚異の処理速度 政治の壁越えられるか」(2023年10月24日)
日本は民間企業を交えた実証実験中:途上国は先行的に導入
日本銀行もまた、ECBと2017年より分散型台帳技術が金融市場インフラにもたらしうる利点や課題について共同調査を行うなど、早期からCBDCの検討を行ってきた。2021年4月にはCBDCの概念実証を開始し、2023年4月からはパイロット実験を始めるとともに、民間企業が参加する「CBDCフォーラム」を設置している。同フォーラムでは「CBDCシステムと外部インフラ・システム等との接続」「追加サービスとCBDCエコシステム」「KYCとユーザー認証・認可」という3テーマのワーキンググループで制度設計の議論を深めており、現時点ではCBDCの発行計画はないものの、今後の環境変化に対応できるように着々と準備が進められている。
中国のデジタル人民元は、当初は2022年北京オリンピックでの本格導入が目指され、日米欧においてCBDCの検討が進む一因となっていた。2023年10月時点では17 の省・26 の地域における試験運用となっているが、徐々に利用が拡大している模様である8。
既にCBDCを正式発行している国は、カンボジア、バハマ、ナイジェリアといった新興国である。このような新興国では、銀行口座を持たない国民への金融包摂を進めたり、ドルへの過剰依存から脱却して自国通貨の通貨主権を確保することが、いち早い発行のモチベーションとなっている。
3.今後の見通し
仮に今後、日本でCBDC(デジタル円)が発行される運びとなった場合、上述のプライバシーや強靭性の観点から、EUのデジタルユーロと同様、日本でもオンライン決済機能とオフライン決済機能の両方が提供されることとなるのではないか(オフライン機能の提供時期は後になるかもしれないが)。
またCBDC発行に当たっては、国際送金などクロスボーダーでの相互運用性が求められる。日銀やECB、FRBを含む世界の主要中央銀行7行がグループを形成し、定期的に共同報告書を出していることからも、これらの中央銀行が足並みを揃えて同時期にCBDCを発行することも考えられるシナリオである。
小泉 雄介(こいずみ ゆうすけ)
国際社会経済研究所 調査研究部 主幹研究員
新しい技術の導入が人間社会にもたらす影響という観点から、プライバシー/個人情報保護、国民ID/マイナンバー制度、海外デジタル政策等についての調査研究に長年従事している。
(主な所属団体)
- 電子情報技術産業協会(JEITA)個人データ保護専門委員会 客員
- 日本セキュリティ・マネジメント学会 編集部会員
(主な著書・論文)
- 『国民 ID 導入に向けた取り組み』(共著)
- 『現代人のプライバシー』(共著)
- 「中央銀行デジタル通貨における個人情報保護と日本での発行モデル」
- 「『国民IDの原則』の素描:選択の自由を手放さないために」