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マネロン対策の高度化に向けたAI活用を巡る期待と課題
公平性の確保などのポイントを押さえて「共助」にもつなげよ

 金融庁「マネー・ローンダリング及びテロ資金供与対策に関するガイドライン」(以下、ガイドライン)への対応をはじめ、金融機関等に求められるマネロン・テロ資金供与対策(AML/CFT)の要求水準が高まっている。AML/CFTにおいては、顧客の理解を得ながら規制に対応するとともに、金融機関等の負荷を極力抑えたかたちで対策レベルを維持・向上させる必要がある。本稿では、その有効な対応の一つとして、AIをはじめとしたテクノロジーの活用について論じたい。

杉山 洋平(すぎやま ようへい)

NEC デジタルファイナンス統括部 ディレクター。
入社以来、金融機関向け業務アプリケーションの企画・開発・運用やAI等の技術軸での事業開発を担当。19年からビジネスデザイン職として、AML等のリスクテックやAI・データ分析等を起点とした事業開発に従事。

態勢整備が進む中で利用者の協力が不可欠

 IMF(国際通貨基金)の推計では、世界のマネー・ローンダリング額はGDPの2~5%に相当するという。これを現在のGDPに当てはめるとおよそ年間200兆~500兆円になる。マネロンに関わる取引が世界的に増加を続けるなか、AML/CFTは、国際社会が取り組むべき重要テーマに位置付けられている。

 国内でも、マネロンに関わる取引の通報件数(疑わしい取引の届け出件数)や、マネロン事犯の検挙件数が増加傾向にある。金融機関等に求められるAML/CFTの水準は高まっている。

 こうしたなか、金融庁は金融機関に対し、24年3月末までにガイドラインで求めている対応を完了するよう要請した。期限が間近に迫っていることから、各金融機関において態勢整備が進んでいる。

 一方、高度化・複雑化するマネロン手口に対して、限られた人材や予算の中で継続的に対策していくことに苦慮している金融機関等も多く、対策レベルにはバラつきがあるのも事実だ。取引時の本人確認や顧客情報の継続的な収集など、AML/CFTは利用者の理解や協力なしには成り立たない側面があることが、より一層難易度を高めている。

 AML/CFTにおいては、顧客利便性に配慮し顧客の理解を得ながら規制に対応するとともに、対応する金融機関等の負荷を極力抑えたかたちで対策レベルを維持・向上させる必要がある。そのため、いかに工夫を凝らして効率的・効果的に取り組んでいくかが課題となる。

AI活用で実現できる対策の効率化と品質向上

 有効な対策の一つとして、テクノロジーの活用が考えられる。特に機械学習などのAIは一部の大手金融機関等を中心に活用が始まっており、その効果も認められつつある。

 AIを活用する利点は、主に次の3点が考えられる。

 1点目は、単純な白黒判定ではなく怪しさの度合いを数値化できることである。例えば、取引モニタリングにおける従来のシナリオによる検知では、抽出されたアラート一件一件のリスクの高さを即座に把握することは難しい。しかし、AIは怪しさの度合いを数値化できるため、非常に怪しいアラートなのか、それほど怪しくないアラートなのかを一目で把握できる。

 2点目は、多角的な判断が可能なことである。AIは、人や従来のシステムと比べて多くの情報を用いることができるため、それらの情報を総合的に勘案してリスク度合いを判断できる。

 3点目は、人の思い込みを排除できることである。人の経験則やノウハウはAML/CFT業務において重要かつ有効だが、一方で属人的な思い込みが入ってしまうリスクもはらんでいる。また、人の経験則やノウハウに基づく判定は、マネロン手口や取引傾向等の変化に合わせたアップデートが難しい側面がある。これに対してAIは、データ分析の結果をもとに判断するため、正しい答えを出し続けることが可能だ。

 以上の特徴をうまく生かすことで、業務の効率化や品質向上はもちろん、顧客への不要な確認作業を減らすことも可能になり、顧客の負担軽減も期待できる。

取引モニタリングやリスク格付けにおける活用

 次に、AML/CFT業務におけるAIの活用方法の例を紹介する。

 まず取引モニタリングの高度化について、主に二つが考えられる。一つ目は、従来の取引モニタリングシステムから出力されるアラートに対して、AIでアラートごとのリスク度合いに応じたスコアを付与する方法だ。スコアの値に応じて、人が審査する優先順序や審査の深度を変えること等が可能となるため、作業の効率化が期待できる。

 二つ目は、従来の取引モニタリングシステムでは検知できていない取引の中から不正リスクがある取引を発見する方法だ。いわゆるピアプロファイリング(特定のグループごとの特性との比較による異常検知)やヒストリカルプロファイリング(個人ごとの特性との比較による異常検知)の手法を、AIを用いて実現するイメージである。人が特定の項目に着目する場合と比較して、より多くの項目や項目同士の関係性等も加味したプロファイル(特徴を表すメタデータ)を作成できるため、人には検知できなかった不正をAIで検知できる可能性がある。

 続いて顧客リスク格付けの高度化である。一般的には、顧客の属性情報や疑わしい取引の届け出実績の有無等といった限られた情報をもとに格付けすることが多い。だが本来的には、その顧客の取引傾向やその変化等も踏まえてリスクを判断することが望ましい。

 AIを用いることで、例えばハイリスク顧客の取引傾向分析による特徴の可視化や、その特徴と類似する新たなハイリスク顧客の抽出などが可能だ。これらの分析結果から得られた傾向をもとに、顧客リスク格付けのルールの見直しや、リスク評価書作成の根拠とすること等が考えられる。

 さらに、急速に注目を集めているChat(チャット)GPTなど生成AIの活用も今後期待される。現時点では回答の正確性などに課題はあるものの、例えば、疑わしい取引やハイリスク顧客の審査自体のアシストに活用したり、審査理由の文書化機能として活用したりするなど、業務の効率化や品質向上につながる可能性を秘めている。

説明可能性と公平性の確保を

 今まで人の判断や経験が重視されてきたAML/CFT業務にAIを導入することに「リスクや不安を感じる」といった声があるのも確かだ。そこで、AIを安心・安全に、かつ効果的に使うための四つのポイントを紹介する。

 1点目は「説明可能性」だ。これはAIが出力した結果を説明するための根拠が分かることを意味し、AML/CFTの業務において極めて重要な要件となる。

 疑わしい取引の届け出でも顧客リスク評価でも、判断に当たっては理由が必要であり、金融機関等はそれに関して説明責任がある。近年の技術進歩により、深層学習(ディープラーニング)などの複雑なAIアルゴリズムにおいても説明可能性を実現する技術が開発されていることは、その追い風だ。

 2点目は「公平性」だ。例えば、女性と比較して常に男性は不正を働く傾向が高いと評価するなど、人種や性別等によってAIが差別的な判断を下してしまうリスクがある。AML/CFT業務においても、AIがこのような差別的判断を行わないよう十分に注意する必要がある。

 この問題については、日本を含む各国ですでに多くの議論がなされ、ガイドライン等も策定され始めている。AIサービスを提供するシステムベンダー等では、公平性を担保するためのプロセスがAI開発に組み込まれるなどさまざまな対策が取り入れられている。

 ただし、公平性の問題は、「これさえやっておけば大丈夫」という性質のものではない。利用者となる企業においてもAIがどのような情報を用いて判断しているかを把握するなど、主体的にリスクの有無をチェックする姿勢が重要である。

AIリスクや人との融合に留意

 3点目は「AIリスクのコントロール」だ。AIシステムは従来のITシステムと開発手法や運用が異なるため、発生するリスクも異なる。AI特有のリスクとして「学習に用いたデータ品質に問題があり、意図したAIモデルが構築できない」「AIの判定プロセスがブラックボックス化され、判定根拠が分からない」「いつの間にかAIモデルの精度が落ちていた」等が挙げられる。

 AML/CFT業務でAIを安心して活用するためには、このようなリスクを適切にコントロールすることが重要となる。具体的には、AIシステムの開発プロセス自体の標準化やプロセスの妥当性を検証する仕組み、AIモデルの精度劣化(またはその予兆)にいち早く気付く仕組みなど、さまざまな対策が考えられる。これらを実施することで、AIを安心・安全に利用でき、さらには正しいデータを蓄積・学習することで、継続的なAIモデルの精度向上も見込める。

 4点目は「人との融合」だ。AIにも得意・不得意がある。例えば、AIは学習した内容に即して判断することは得意だが、学習していない情報を踏まえて臨機応変に判断することはできない。

 そのため、「AIをどう使うとより効果的か」を業務フローに照らして検討し、AIに任せる部分と人が対応する部分を適切に切り分けることが重要だ。その上で、AI活用を前提とした新たな業務フローを準備することが、AIをスムーズに適用する上で有効になる。

 こういった点に気を付けさえすれば、AI活用の恩恵を受けることができる。AML/CFTのような不正検知の領域は、金融業界における多くのAI導入事例で効果が確認できており、AIとの相性が良いといえる。今後さらにAI活用は広がっていくはずだ。

共助の理念でさらなる高度化へ

 生成AIのような技術進歩に伴って、AML/CFTをはじめとしたさまざまな業務でAIの活用シーンが広がり、より高度な領域での活用も進んでいくことが想像できる。ただし、それらの技術導入を個社単独で進めていくことは、コストやスキル等の面で容易ではない。そこで筆者があらためて注目したいのが「共助」の理念である。

 金融はネットワークで成り立っており、マネロンでは対策が脆弱である事業者が狙われやすい。こうした特徴を考えると、そもそもAML/CFT自体が、業界横断で金融機関同士または官民で手を組んで取り組むべきテーマである。

 全国銀行協会の子会社である「マネー・ローンダリング対策共同機構」が提供予定のAIスコアリングサービスをはじめ、すでに共同サービスの実現に向けた複数の取り組みが開始されている。これらを含め、特にAIのような難易度が高い先進的な取り組みについては、共助の理念に基づいて共同で検討・構築を進めて行くことが一つのベストプラクティスになるのではないか。

 テクノロジーは今後さらに進化していく。その特徴を適切に理解してうまく業務適用し続けることが、AML/CFTの本質の目的である「社会インフラである金融サービスの正常な利用を保護していく」ための助けになるだろう。