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脱炭素社会へ果たすべき金融機関の使命とは――
共創の取り組みと未来像を語り合う

 環境に対する危機意識が世界的に高まるなか、規模や業種を問わずすべての企業に早急な脱炭素への対応を求められている。こうした企業の取り組みをサポートする一方で、サプライチェーンのグローバル化や地政学リスクの拡大、金利や資源価格の上昇など、金融機関には脱炭素以外の課題も山積みだ。今、金融機関に求められている役割は何か、NECはどのように寄り添っていくのか。脱炭素と金融機関の在り方について、日本を代表する識者である早稲田大学大学院の根本直子教授と、NECの稲垣将太が語り合った。

SPEAKER 話し手

根本 直子氏

早稲田大学
大学院経営管理研究科
教授

稲垣 将太

NEC
金融ソリューション事業部門
デジタルファイナンス統括部 ディレクター

非財務データを自らの価値向上と投融資の判断・評価に

稲垣:根本先生が取り組んでいらっしゃる「ESG情報が企業価値にどう影響するのか」というテーマについて、私も仕事柄とても興味を持っています。少し先の未来では、金融機関は財務情報にプラスして、非財務情報を活用した投融資先の事業性評価を行い、債務者格付けに反映するということになるのではないか。そこでNECは何ができるのかを考えているところです。

根本氏:金融機関が持つ投融資先の炭素排出量などの非財務データは、金融機関自体の開示やリスク管理のために使えるほか、投融資先の判断にも活用できます。また、投融資先が企業価値を高めるためのソリューション提供にも有用ですが、日本の金融機関における非財務データの利活用は、総じて欧米に比べて遅れていると感じています。

早稲田大学 大学院経営管理研究科 教授
根本直子氏

早稲田大学法学部卒業。シカゴ大学経営大学院(MBA)、一橋大学大学院商学研究科(商学博士)。日本銀行、S&Pグローバル・レーティング・ジャパンのマネージングディレクター、アジア開発銀行研究所エコノミストを経て現職。年金積立金管理運用独立行政法人(GPIF)の経営委員や、金融庁「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会」「カーボン・クレジット取引に関する金融インフラのあり方等に係る検討会」の座長を務める。

稲垣:規模による違いもありそうですね。大手金融機関はサステナビリティ情報開示義務がある上場企業との取引が多いので、投融資先の非財務情報の活用について前向きな議論が進んでいると感じます。対して、地域金融機関との取引が多い中小企業では、脱炭素やESGといっても売上増などにつながらなければ単なるコスト増――という認識も強く、取り組みが進んでいない現状もあります。そのため、地域金融機関では非財務情報の活用の前に、投融資先の脱炭素等に向けた取り組み促進に力を入れ始めている現状があると思います。

根本氏:そうした認識のズレのようなものは私も感じます。貸出先の企業にとって、ESGよりも目の前のインフレや資源価格の上昇、人手不足などが喫緊の課題としてあり、そこまで手が回らないということでしょう。

稲垣:「脱炭素等に向けた金融機関等の取組みに関する検討会」では、どのような議論がされたのでしょうか。

NEC 金融ソリューション事業部門 デジタルファイナンス統括部 ディレクター
稲垣将太

大学卒業後、印刷会社に入社。食品メーカー向け営業担当を経験後、金融機関向けFintechサービス企画に従事。2020年、NEC入社。金融機関向け新規事業企画や共創活動を推進する。

根本氏:検討会の目的は現状把握と今後の提案、ベストプラクティスの共有で、法的な制度変更ではありません。中小金融機関に関する議論では、金融機関がイニシアチブを取って自治体や地元の商工会議所、業界団体などを巻き込んで認知度を高め、脱炭素を進めていく必要があるだろうという話になり、そのための論点整理を行いました。

稲垣:なるほど。2023年6月に公表された検討会の報告書(*1)を読みました。金融機関と事業会社の垣根を超えてカーボンニュートラルな社会を実現していくために、CO2排出量データ整備などステークホルダーが今後の取り組みに向けてコミットする提言になれば、と思いました。

環境データの見える化が将来の機会創出に役立つ

根本氏:ある地方銀行では、取引先の中小企業に脱炭素に関するアンケートをお願いしても1割ぐらいしか返答がないといいます。回答があっても「それどころではない」「メリットがわからない」といった内容が多い。政府の補助金と紐づける、あるいは先進的な企業を融資等の条件で優遇するなど、最初の1歩を踏み出すインセンティブのような仕組みが必要かもしれません。

稲垣:それはいいですね。

根本氏:国や自治体だけでなく、資本系列のグループで支援することもひとつのアイデアです。金融機関自身も市場金利上昇への対応やマネーロンダリングの防止など多くの課題があるなかで、本部だけでなく営業店は手いっぱいです。現場職員の時間、知識が十分ではないという課題もあるようです。

稲垣:NECは、環境パフォーマンスデータ管理ソリューション「GreenGlobeX」(以下、GGX)を提供して、さまざまな環境情報の見える化を進めています。これは企業のESG関連業務の作業負荷軽減に役立つと自負しています。

 2024年2月には三井住友銀行とCO2排出量データ連携・脱炭素ソリューションの共創に向けた基本合意を締結 (*2) し、同行が提供するCO2排出量可視化サービス「Sustana(サスタナ)」とGGXの間でデータ連携が実現しました。

根本氏:システムの利用を通じて、金融機関だけでなく取引先の事業会社もESGに関する知識が増えていけばいいですね。

稲垣:検討会報告書のなかに「金融分野においても気候変動によって将来のリスクと機会が生まれる」という意味の指摘がありました。ですが、現状ではリスク管理が強く意識され、金融機関の負荷が増える一方になっています。新規ビジネス機会創出の意識をより高くする必要がありそうです。

根本氏:まさにそうで、機会創出の可能性は金融機関にも事業会社にもあるでしょう。例えばCO2排出量のスコープ1(*3)において、多くの事業会社は想像以上にラフに計算しているように見受けられます。炭素税拡大が進むことが予想されるなかで、今のうちから精緻に計算しておけば将来のコスト削減につながり、競争力の源泉にもなりえます。その意味でも、環境データの見える化を進めるツールは、企業のより確からしい事業性評価をするために役立つのではないでしょうか。

  • (*3) サプライチェーンにおけるGHG(温室効果ガス)排出量の捉え方。自社の直接排出を指す「スコープ1」、自社が使用するエネルギー起源の間接排出を指す「スコープ2」、取引先からの購入(上流での排出)や製品が顧客に使用されることによる下流での排出を指す「スコープ3」に分類される。いわゆる削減貢献量を「スコープ4」とすることもある。

稲垣:ありがとうございます。この領域はフラットな立場で皆さまと一緒によりよいものを目指していきたいと考えています。金融機関に限らず、社内外のさまざまなステークホルダーと対話をしながら進化させていくつもりです。

金融機関が不得意な領域をNECが協働して補完

根本氏:非財務という観点で、現代の経営課題は脱炭素だけではありません。水資源やリサイクリング、生物多様性など、数多くのテーマが残されています。見える化の可能性は、そのあたりにもありそうですね。

稲垣:生物多様性の面で、NECは2023年に国内IT業界として初めてTNFD(自然関連財務情報開示タスクフォース)レポートを発行しました。また、2024年には米国TIME誌が選ぶ「世界で最もサステナブルな企業2024」で2位に選出されました(*4)。自分たちがカーボンニュートラルや生物多様性に取り組んできた知見とノウハウをもとに、お客さまを支援する――そのような強みを持ちながら事業展開しています。

根本氏:NECには、生物多様性をはじめとしたエキスパティーズ(専門的ノウハウ)を持つ多くのリソースがあるようですね。一般に金融機関は財務データ分析に長けている人は多いですが、例えば工場のオペレーションを熟知している人は少ないでしょう。工場のGHGデータを集めるといってもピンとこないところがある。そうした視点でNECとの協働は意味のあることだと思います。

稲垣:根本先生からご覧になって、脱炭素に向けて先進的な取り組みを進めている金融機関はありますか。TCFDレポートなどを読むと、地域金融機関においては滋賀銀行がSDGsコンサルティングの提供やサステナビリティ・リンク・ローンを初めて取り扱うなど、取り組みが進んでいるように思えます。

根本氏:確かに、滋賀銀行はトップの強い意志をベースにして地に足がついた取り組みをしていることが見て取れます。職員に何度もメッセージを送って「なぜこのような取り組みを行うのか」を、繰り返し説明しています。人事評価も、預金残高だけでなく、セミナーやコンサルティングの回数などを考慮した体系になっています。

 静岡銀行は独自のGHG排出量算定ツールを提供し、地元の商工会議所と連携しながらコンサルティングにつなげようとしています。取引先に自動車関連メーカーが多いこともあって、積極的に進めているようです。また、山陰合同銀行もユニークな取り組みをしており、以前からSDGsに注力し、カーボンクレジットの販売仲介を通じて、取引先のESG経営のサポートと地域の森林資源の保全に貢献しています。

政府が目指すインパクト投資推進の起爆剤に

稲垣:話しが少し大きくなりますが、脱炭素社会実現に向けてNECに期待したいことは何でしょうか。

根本氏:NECが持つESGに関する専門的知見をぜひ、ほかの事業会社に伝えていただきたい。「ネットゼロ」や情報開示の規制は今後ますます広がっていきます。NECがハブとなって金融機関と自治体、全国大小の事業会社がつながり、面的に拡大していくことを期待しています。

 政府は今、社会課題の解決と投資リターンの両立を目指す「インパクト投資」を進めようとしていますが、そこでネックになっているのが影響度の計測です。GGXのようなシステムがもっと普及すれば、投資の裾野を広げることに貢献できるはずです。

稲垣:なるほど、株式投資の新しい付加価値にもなりえると。

根本氏:そうです。実は今、世界中の投資家は「まだ誰も注目していない非財務情報」を見つけ出すことに必死になっています。

稲垣:財務状況は健全でも、ガバナンスがまったく機能していない企業は株式市場から退場させられたこともありました。株式投資の世界でも、有用な非財務情報をいかに定量化していくか、いかに蓄積していくかが今後、より重要になっていくわけですね。

根本氏:ESGは欧州市場が中心となって進んできました。しかし、必ずしも「欧州=先進的」というわけではありません。例えば、非上場企業や地方の中小企業の脱炭素の遅れは、欧州も同じように悩んでいます。

 日本の上場企業のESG評価は、かつてはグローバル平均より低かったのですが、ここ最近は平均を上回っています。多くの点で、日本企業の技術や地道な取り組みは海外の企業を超えているのです。自社で上手くいった取り組みは、グローバル市場でも十分に競争力を持つと思います。

稲垣:その一助になれるよう、多くの金融機関と事業会社と対話を続けていきたいと思います。本日はありがとうございました。