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北米トレンド 織田 浩一 連載

「グリーンフィンテック2.0」へ突入した欧米の金融業界
~環境データ分析のスタートアップが市場を活性化~

 2020年代以降、欧米の多くの業界が政府の環境規制を受けて対策を推し進める中、金融業界でもグリーンフィンテックを導入し、環境対策に関わる新規市場を後押ししてきた。グリーンフィンテック市場はその後、ロシアによるウクライナ侵攻で一時的に縮小したものの、2023年以降は再び回復の動きを見せる。2024年6月に「グリーンフィンテック2.0」と称するレポートが英国金融投資グリーン化センター(UK Centre for Greening Finance and Investment)から出され、市場の回復とさらなる成長を裏付ける内容となっている。今回はグリーンフィンテックの最新状況をまとめてみたい。

織田 浩一(おりた こういち)氏

米シアトルを拠点とし、日本の広告・メディア企業、商社、調査会社に向けて、欧米での新広告手法・メディア・小売・AIテクノロジー調査・企業提携コンサルティングサービスを提供。著書には「TVCM崩壊」「リッチコンテンツマーケティングの時代」「次世代広告テクノロジー」など。現在、日本の製造業向けEコマースプラットフォーム提供企業Aperza別ウィンドウで開きますの欧米市場・テクノロジー調査担当も務める。

欧州がけん引、復活を見せるグリーン金融市場

 2015年のパリ協定採択から2020年代に入って企業の環境対策が大きく注目され、グリーン金融市場も一層の弾みが付いた。ヨーロッパ連合(EU)では2022年に企業サステナビリティ報告指令 (CSRD:Corporate Sustainability Reporting Directive)が可決され、2023年1月からEU域内の大手企業は二酸化炭素(CO2)排出量などのサステナビリティ情報を間接データも含めて開示する義務が生じている。

 アメリカでも、EUよりは若干緩い開示義務ではあるが、SEC(米国証券取引委員会)が2025年度の会計年を皮切りにスコープ1、スコープ2のCO2排出量や環境リスク、その対策、環境対策目標設定などの開示を求めている。

 金融業界はその報告義務の前線に立ち、同時に自社と顧客の環境対策も推し進める役割を担っている。ヨーロッパを中心にカーボンクレジット売買市場が立ち上がり、そこに新たな金融商品をローンチしていく動きも加速している。

 下図は世界のサステナブル金融資産の四半期ごとの推移を示す。サステナブル金融資産は企業などのESG(環境・社会・企業統治)を反映した投資資産を意味し、グリーン投資ファンド、ソーシャルファンド、企業ガバナンスファンドなどが含まれている。

 図が示すように、世界のサステナブル金融資産量は2020年から2021年にかけて倍増の勢いだったが、2022年は足踏みをした。サステナブル金融資産の80%以上はヨーロッパにあり、2022年にロシアのウクライナ侵攻により、ロシアからの石油、天然ガスに代わる短期的なエネルギー源への投資が行われたためである。だが、2022年第4四半期にはまた成長路線に乗り、2024年第2四半期にはグローバルで3.1兆ドル(約424兆円)がサステナブル金融資産となっている。

世界のサステナブル金融資産の推移を四半期ごとに示す。2022年に入って多少落ちたが、2022年第4四半期から成長軌道に戻っている。出典: Morningstar Sustainalytics: Global Sustainable Fund Flows: Q2 2024 in Review別ウィンドウで開きます

 サステナブル金融資産市場の成長と同時に、関連する支出の高まりも見られている。金融機関が社内にサステナブル対応部署を設置し、ESGデータの利用やSDGs関連のサービスを増やしているためである。

 下図は英政府機関で、グリーン金融の普及や投資を推し進める英国金融投資グリーン化センター(UK Centre for Greening Finance and Investment)のレポート「グリーンフィンテック2.0」で示されたアンケート結果である。金融ニュース企業Bloombergが2023年に調査したもので、金融機関がESG関連の支出を前年よりもどれだけ増やすかを尋ねている。それによると、10%増やすと答えた機関が40%、20%増は34%、50%以上は18%となっており、合計で92%が支出を増やすと答えている。

金融機関のESG関連投資の予算増加率の調査では、92%が予算を増やすという結果が出ている。出典:UK Center for Greening Finance and Investment:Green Fintech 2.0別ウィンドウで開きます

 レポートでは、金融機関はESGデータ利用において既に洗練された先進的存在である一方で、大手金融データプロバイダーやコンサルティング企業などがESGデータ強化のための買収に積極的であることを紹介している。例えば、2021年の企業戦略コンサルティング企業マッキンゼーによる、サステナビリティやマクロ経済分野での戦略コンサルティングを行うVivid Economicsの買収や、2023年の債権信用格付会社のMoody’sが気候・自然リスク評価会社RMSの買収などである。サステナビリティ関連のデータ・分析のスタートアップ企業への注目が集まっていると言えるだろう。

国際機関も注目するスタートアップ群

 このような状況の中、ヨーロッパを中心にグリーンフィンテックへの投資に加速が付いている。英国金融投資グリーン化センターのレポートでは、企業のESGデータの信頼性が担保され詳細なデータ分析も可能になったとして、グリーンフィンテックは“2.0”の段階に入っているとしており、イギリスのグリーンフィンテック分野だけで6億3200万英ポンド(約1160億円)の投資が行われていることを強調している。

 投資先については、直近の2020-2023年では「デジタルESGデータと分析ソリューション」が最も多く、前の同年期よりも伸びており、「グリーン規制ソリューション」分野の伸びがそれに続いている。

イギリスでのグリーンフィンテック投資案件の分野別分析。出典:UK Center for Greening Finance and Investment:Green Fintech 2.0別ウィンドウで開きます

 下図はグリーンフィンテック2.0のスタートアップの分類を示す構成図である。このうち、トップ分野である「デジタルESGデータと分析ソリューション」はチャート右側の青色の領域で、「炭素会計」「自然資本会計」「サステイナビリティレーティング」「サステナビリティ代替データ」の分野をカバーしている。

グリーンフィンテック2.0に関わるスタートアップの分類と構成。出典:UK Center for Greening Finance and Investment:Green Fintech 2.0別ウィンドウで開きます

 例えば、この中で「自然資本会計」分野でのスタートアップPivotalは、特定の地域のバイオダイバーシティ(生物多様性)に関する詳細データを測定し、AI(人工知能)による分析プラットフォームを提供している。バイオダイバーシティは複雑なエコシステムだが、音響録音、ビデオカメラ、ドローン、DNAサンプリングなどにより計測を行う。そのAIモデルを作り、自然の変化が投資や経済に与える影響の予測を可能にした。

 セミコンダクター業界であれば工場設立地域にどれだけ水が確保されているか、農業分野であれば地域の土壌の健康度がどのようになっているかを明らかにし、ファンドマネージャーなどの投資案件分析を支援する。

 かつて、1990年代にカナダのニューファンドランドのタラ漁では、地域のタラの数量を高く見積り過ぎてタラを取り過ぎ、結果的に事業はさほど長く続かず投資の失敗と大量の失業者を生んだことがある。Pivotalのプラットフォームは同じような状況を防ぐことができる。

 2022年に英ケンブリッジで設立されたスタートアップであるが、世界経済フォーラムが主宰するアイデアコンペ「生物多様性チャレンジ」に2024年のトップイノベーターとして選出されるなど、国際機関からも注目を集めている。既に大手企業から650万ドルの投資を得ており、社員数25人までに成長している。

「自然資本会計」分野で注目を浴びるスタートアップのPivotal。出典:https://pivotal.earth/別ウィンドウで開きます

スタートアップ企業、世界トップ50の横顔

 同様に59カ国のフィンテックニュースをカバーするニュースネットワークの一部であるFintech News Switzerlandでは、グリーンフィンテックのスタートアップ企業から世界のトップ50社を選出している。

世界トップ50のグリーンフィンテックのスタートアップ群(2024年版)。Pivotalもこの1社に選ばれている。出典:Fintech News Switzerland:The Top 50 Climate Fintech Startups別ウィンドウで開きます

 この中で例えば、Agreenaは農業企業や農家を再生型農業事業者に変えることで、農地にCO2を蓄積することを推し進めるヨーロッパ最大のプロジェクトAgreenaCarbonを展開するスタートアップである。蓄えられたCO2はクレジットとして使えるため、農業企業や農家に新たな収益がもたらされ、財務状況を改善できる。同社は衛星からのデータ収集により、農地、土の掘り起こしや反転状況、収穫作物、輪作状況などを分析するテクノロジーを提供しており、すでにヨーロッパ19カ国の1000以上の農業企業や農家がAgreenaCarbonに参加しているという。

 Agreenaは2018年にデンマークで設立されてから既に7740万ドルの投資を受け、社員数200人以上の規模に成長している。

農家を再生型農業事業者に変え、農地へのCO2蓄積を推進するスタートアップのAgreena。出典:https://agreena.com/別ウィンドウで開きます

 もう1社の例は、カーボンクレジット保険を世界で初めて提供するとしているスタートアップOkaである。カーボンクレジットの売買はヨーロッパを中心に拡大しつつあり、これからも長期的な成長が見込まれる市場である。カーボンクレジットの提供者として様々なグリーンプロジェクトが立ち上がっているが、それらが予想通りにカーボンクレジットを提供できるかどうかは課題であり、プロジェクトへの投資を遅らせる原因となっていた。そこでOkaがプロジェクト向けの保険とアドバイスを行ってプロジェクトを推し進め、結果的にカーボンクレジット売買市場をさらに大きく加速させようというのである。

 Okaは2022年に米パークシティで設立した社員数10人ほどの企業であるが、いくつものカーボンクレジット売買マーケット企業と提携を進めており、既に1700万ドルの投資を受けている。

カーボンクレジット保険で世界に先駆けるスタートアップOka。出典:https://carboninsurance.co/別ウィンドウで開きます

大手から新たなグリーン金融サービスが続々

 大手金融機関もこれらのグリーンフィンテック関連スタートアップからのデータサポートや、彼らとの共創による商品開発などにより、グリーンプロジェクトやグリーン経営を実践する企業へのビジネスローン商品、グリーン金融サービスなどを自ら展開し、積極的にグリーン関連市場を取ろうとする動きが見られる。

 例えば、イギリスのLloyds Bankが展開する「クリーン成長ファイナンス施策」は、英国内のグリーンプロジェクトや企業での電気自動車購入やリサイクル率向上などにおけるビジネスローンを対象に、利率をディスカウントする。

Lloyds Bankが展開するクリーン成長ファイナンス施策。出典:Lloyds Bank: Clean Growth Financing Initiative別ウィンドウで開きます

 Mastercardは、上記Fintech News Switzerland が選んだ世界トップ50のグリーンフィンテックスタートアップであるスウェーデンのDoconomyと提携し、Do BlackというCO2排出量制限のついたクレジットカードを消費者向けに提供している。これは、消費者がこのクレジットカードを介して購買した商品やサービスのCO2排出量を提供し、その月の上限に達すると追加の購買が出来ない仕組みとなっている。

 Doconomyは2018年ストックホルム設立のスタートアップ企業でありながら、既に5580万ドルの投資を受け、社員数も88人までに成長した。Mastercardや金融情報分析企業S&P Globalなどの大手パートナーを持つような段階に入っている。

Mastercard とスタートアップDoconomyの提携で登場した、初のCO2排出量制限付きクレジットカードDo Black。出典:Do Black別ウィンドウで開きます

 もともと企業のESGデータ分析・予測ビジネスを行ってきた金融業界において、これまで測定が不可能、もしくは難しいと考えられてきた環境や自然のデータが関連スタートアップの力を借りて取れるようになってきたことや、政府による規制の強化やカーボンクレジット売買市場の成長などを背景として、グリーンフィンテックが改めて注目されている状況である。

 金融企業にとっては新たなデータ分析・予測ビジネスとして自社の事業を拡大する上で、グリーンフィンテックは注目すべき分野と言える。スタートアップが新たな機能を続々と提供し、大手金融企業との提携や買収により、グリーンフィンテック分野はますます活況を呈することになるだろう。新たにどのようなグリーン金融サービスや商品が出てくるのか、今後の展開が注目される。