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AIネイティブ時代における金融DXの可能性──「効率化」から「価値創造」へ ~FIN/SUM 2026レポート

 生成AIによってあらゆる産業の業務や構造が大きく変わっていくなか、さらなる変革を迫られている金融機関は少なくない。テクノロジーの発展はもちろんのこと、金利のある世界への回帰やサイバーリスクの高度化、金融庁のガイドライン強化など、金融機関を取り巻く環境も日々変動しているからだ。

 2026年3月6日、日本経済新聞社と金融庁が主催する国内最大級のフィンテックカンファレンス「FIN/SUM 2026」においてNECが実施したセッション「【三井住友銀行×NECが魅せる金融DX】AIネイティブ×データドリブンによる業務変革」は、まさにこうした状況における金融変革の可能性を問うものだった。かねてより金融DXに取り組んできた三井住友銀行とNECによるディスカッションからは、AIを起点とした業務変革のヒントが浮かび上がった。

今年のFIN/SUMでは本セッションに限らずAIにフォーカスしたものが多く開催された

暗黙知の可視化が競争力の源泉に

 ディスカッションの口火を切ったのは、三井住友銀行 執行役員 (当時)トランザクション・ビジネス本部 決済企画部長 益子治氏だ。益子氏は、トランザクション業務を統括する立場で、金融業務においては依然として人手を要するプロセスが残っていることを明かす。

 「国内の送金件数は年々増えており、2024年度は法人による送金だけで5.4億件発生しています。外国送金においても4,400万件ほどあり、世界情勢によってサプライチェーンの構造も変わるなか、今後ますます件数が増えていくと考えられます。一方で、外国送金業務にかかる電話対応は月間8万件、延べ3,000時間以上が費やされており、ベテランの職員がこれまで培ってきた知恵を活用しながら対応せざるを得ない状況です」

三井住友銀行 執行役員 (当時)トランザクション・ビジネス本部 決済企画部長 益子治氏

 決済の利便性向上、安心・安定なサービスの継続、そして効率性の追求──これらを同時に実現するには、デジタルとAIの活用こそが競争力の決定要因になると益子氏は強調する。益子氏の発言を受け、NEC Corporate SVP 兼 金融ソリューション事業部門長の清水一寿は、IT企業の視点から金融機関の競争力を指摘した。

 「これまで人がもっていた暗黙知をどう形式知化し、デジタルやAIの力で自動化・標準化していくか。ここが次の競争力の源泉になると考えています。金利のある世界において、いかにスピーディーにビジネスモデルを変え、システムをつくり、それを運用できる人を育てるかが問われることになるのではないでしょうか」

 こうした認識のもと、NECは2024年に立ち上げた『BluStellar金融機関向けモダナイゼーションプログラム』を大幅に強化中だ。現在は生成AIの急速な進化等を踏まえ、新たに3つの施策の導入を進めている。第一に、北米にリサーチセンターを新設し、最先端の技術動向や技術の検証・実装プロセスをタイムリーに金融機関へ提供する体制を整備。第二に、セキュリティやAI基盤の共同化スキームを拡大し、個々の金融機関が単独で対応する負担を軽減する。第三に、パートナー企業との連携を強化し、顧客とNEC、パートナーが結びつくエコシステムの形成を目指しているという。

 「わずか2年で生成AIの技術環境は激変していますし、これからは“攻め”と“守り”の価値をさらに高められるようなプログラムが重要となります」と清水が語るように、金融機関の変革を支えるためにNECは日々新たな挑戦に取り組んでいると言えるだろう。

NEC Corporate SVP 兼 金融ソリューション事業部門長 清水一寿

「ツール」だけで現場は変わらない

 急速に環境が変化するなかで、両社はこれまでどのようなデジタル・AI活用に取り組んできたのだろうか。NECのコーポレートITシステム部門長 兼 経営システム統括部長を務める中田俊彦は、NEC自身の歩みを紹介する。

 「私たちは2021年からCEO直下にコーポレート・トランスフォーメーション・オフィスを設置し、変革に取り組んできました。自らを0番目の顧客と位置づける『クライアントゼロ』戦略のもと、社内で蓄積してきたノウハウを体系化し、DXを推進しています。経営層から現場の社員までデータを共有し、データ起点でビジネスのスピードを最大化していきたいと考えています」

 現在NECグループ全体では約100種類のダッシュボードが稼働し、経営指標を可視化する「経営コックピット」を起点としてグループ全社員がデータを共有している。なかでも営業プロセスの標準化を図る取り組みでは、2年間で粗利率を5.5ポイント改善することに成功したという。

満席の会場からは、本セッションへの注目度の高さが感じられた

 さらにNECは2023年からプロセスマイニングを提供するCelonisと戦略的協業をスタートし、棚卸し業務における在庫改善や受注前プロセスの業務改善など複数の基幹業務に適用を広げている。この取り組みにより、年間約18億円の改善ポテンシャルが生まれており、例えば小規模案件の受注前プロセスでは、処理時間を約半減させる成果を上げた。

 「これまでも現場から『承認が止まっている』『時間がかかっている』という声はあがっていましたが、アナログな感覚にとどまっていました。デジタルで正確に捉えて、ここを変えればどれだけ改善されるかを可視化する。この方法は金融機関をはじめ、さまざまな業界で応用できるはずです」

 そう中田が語るように、まさに三井住友銀行もNECが取り組むプロセスマイニングを外国送金業務へ適用している。外国送金業務では取引量の増加に伴い、アンチマネーロンダリングの観点からも複数のプロセスが発生し、やり直しも生じやすい。従来は現場の経験則に頼っていたが、プロセスマイニングを適用することで、どの工程でどのようなオペレーションが行われ、何分かかっているかをイベントログとして正確に可視化されるようになったという。

 「従来は課題の可視化が現場の声や経験則に依存していました。プロセスマイニングの導入後は、ここにこれだけの時間がかかっているというデータが出てくるので、施策を選定する際にROI(投資対効果)が合うかどうか計算できるようになります。施策の選定が恣意的でなくなり、効果検証も定量的に行えるようになった。課題の可視化と効果検証が圧倒的に説得力をもって行えるようになったことが大きな違いです」

 益子氏はそう語り、データの可視化によって現場に納得感が生まれたことで業務変革が加速したと続ける。

 「Celonisはあくまでもツールです。ツールで現状を正しく捉え、データアナリストが仮説をきちんと立て、金融業務の知見をもつ人間が施策を判断する三位一体が重要となっていくのでしょう」と清水が補足するように、「ツール」があればDXが実現するわけではないのだろう。

NEC コーポレートITシステム部門長 兼 経営システム統括部長 中田俊彦

これからの金融機関に求められる攻めと守り

 さまざまな施策が現在進行形で進んでいくなか、金融機関がさらに変わっていくために考えなければならないのが「攻め」と「守り」の両軸での取り組みだ。

 まず攻めの施策として清水が挙げたのは、AgenticAIの活用だ。現時点では間接業務の効率化が中心となっているが、NECは融資稟議書の作成や法人向け営業提案書の自動作成など、金融業務の本質的な領域に切り込む事例を積み上げている。

 「クライアントゼロの考えのもとで、さまざまな経験を積んできたからこそ、こうした施策を実現できているのだと感じます。AgenticAIは絵空事ではなく、現実のものとなっています。だからこそ、ファクトに向き合ってどういう効果を生み出すか考えなければいけません」

 NEC自身もAI活用の最前線で実践に取り組んでおり、今年度はCEO直下でAIを徹底的に活用する取り組みを進めている。「DXからAX(AIトランスフォーメーション)へ。AIを前提とした働き方に変わることで人や組織、文化までも変わっていきます」と中田が語るように、経営マネジメント領域からバックオフィスに至るまで、AIを導入しながら幅広い業務の効率化を進めているという。

 他方で、守りの施策として清水が警鐘を鳴らすのはサイバーセキュリティの問題だ。2023年時点では世界中で飛び交う不審メールのうち日本語のものは約4%程度だったが、2025年にはその割合が80%を超えたという。生成AIの悪用によって自然な日本語の詐欺メールが急増しており、日本が標的にされている実態が浮かび上がる。こうした問題に対しては、協調が重要だと清水は指摘した。

 「一つの金融機関だけでサイバーセキュリティを強化するのは困難です。セキュリティは競争ではなく協調する領域であり、共同で企業を守るスキームをつくり、コストを下げながら人材育成も含めて取り組んでいけるアプローチを採用しています」

AIネイティブ時代に求められるDXの姿勢

 三井住友銀行とNEC、両社のフィールドは交差しながら、今後はさらなる挑戦が広がっていく予定だ。益子氏は、プロセスマイニングで得られたデータを効率化だけでなく、より広い戦略に活かしていく意志を明かす。

 「定点観測していけば、どういった取引が増えているのかがわかりますし、コストがかかっているのであればそれも含めたプライシングを考えることにもつながります。第一歩としてプロセスマイニングを実施しましたが、NECのみなさんにはさまざまな武器があると思うので、いろんなディスカッションをしながら、SMBCグループとしてよりよいサービスをお客様に届けられたらと考えています」

 他方のNECは、自らが「AIネイティブカンパニーのフロントランナー」を目指す姿勢を改めて示し、クライアントゼロとして積極的にAIを使ったトランスフォーメーションを推進していくと語った。その姿勢は、AIネイティブ時代におけるDXのヒントを指し示すものでもあるだろう。清水は次のように語ってセッションを締めくくった。

 「AIネイティブと言われる議論の多くが、ツール論に陥りやすいと感じます。ツールの話になった瞬間に、本当の目的は達成できなくなってしまうと思うのです。私たちがSMBCグループのみなさまをはじめ、お客様と本当に取り組みたいのは、一緒に新しい価値をつくることです。そのためにこれからも一緒に仮説を出し合いながら大きな課題に取り組んでいきたいと思います」

 ChatGPTやClaude Code、OpenClaw……現在のAIを巡る議論は、清水が指摘するとおり「ツール」の話になりがちだ。しかし、企業にとって重要なのは新しいツールを導入することではない。本セッションは現在進行系で進んでいるAIによる業務変革の実践を示すものであると同時に、私たちがAIとどう向き合うべきか教えてくれるものでもあっただろう。AIネイティブ時代の金融DXは、テクノロジーの導入ではなく、人・組織・データの変革から始まるのである。