【宮田裕章×NEC】「The Great Reset」の今、デジタル人材になるための思考法
データを活用した新しい社会のあり方を提唱し続ける慶應義塾大学医学部教授の宮田裕章氏のセッションで幕を開けたのは、NECがこのほど開いた「DX推進のカギ」をテーマにしたビジネストレンドセミナーだ。
DXの大きなうねりの中で、企業はどのような変革ストーリーを描けばいいか。セッションを通じて見えてきたカギは「人材育成」の重要性だ。宮田教授の講演による「今の時代を捉える視点」、NECと宮田教授のクロストークによる「人材育成論」、そしてNECの「デジタル人材の育て方」。合計3セッションのレポートから、変革期の今をどのように捉え、どんなDX戦略を立案し、人材を育成するべきなのかを探った。
Part1 慶應義塾大学医学部教授 宮田裕章 講演
The Great ResetとDX
今、世界の状況は大きく変わりつつあります。過去の常識では考えられない事象が起きている。コロナ禍や、ロシアのウクライナ侵攻はその代表例でしょう。今、社会で何が起こっているのかを、まず丁寧に受け止める必要があります。
とくにコロナ禍は、社会の根本的な部分を大きく変えました。日本では「新しい資本主義」がよく叫ばれていますけれど、その背景には全世界的なThe Great Resetがあります。産業革命以降を動かしてきた、経済合理性を軸としてきたこれまでの考え方を見直そうとする変化は、コロナ禍前から始まっていました。例えば、環境問題であり、Black Lives Matterです。
Black Lives Matter:アフリカ系アメリカ人に対する警察の残虐行動に端を発した、人種差別抗議運動
コロナ禍に関しては、アフリカ系アメリカンの死亡率は2倍以上。その背景には、感染して診断を受けてから治療を受けるまでのタイムラグ、あるいはエッセンシャルワーカーとして働かざるを得ない状況がありました。
また、そもそも重症化しやすい肥満や喫煙者の割合も高かったのですが、すべて自己責任かというと、そうではない。例えば、肥満の家庭に生まれたお子さんは、提供される料理が同じなので、肥満でない状況を維持するのは非常に難しい。自己責任ではなくて、社会であり、環境であり、周囲のサポートの中で解決しなくてはいけない問題です。
このような状況の中で、The Great Resetとは何なのか。一言でいえば、経済ではない多様な軸が共有できるようになってきたということ。その軸とは命であり、人権であり、自由であり、平等であり、環境であり、教育です。
実際に人々の認識は変わったことが、世界中のさまざまなデータで明らかになっています。コロナ禍を経て、「世界が持続可能で公平な方向に転換することを希望」する人が10人中9人になっています。(Ipsos調査 2020年9月発表)
今まで我々は、GDPやいかにモノを持っているかで物事を見てきました。しかし、古くは三種の神器と呼ばれた洗濯機、冷蔵庫、テレビを持っていても幸せになれないことは、みなさんもすでにご存じのことかと思います。ただ、長らくそれに代わる指標がなかった。
それが今、Well-Being、心の豊かさではないかということになってきた。ノーベル経済学賞のジョセフ・スティグリッツとアマルティア・センによって掲げられたもので、去年から日本でもGross Domestic Well-Beingを共有しようという活動が始まっています。
企業でいえば働く人たちの豊かさであり、国でいえばそこにいる人たちの豊かさ。平均値ではなくて、多様な中ですべての人がいかに豊かであるか。こんなことを考えていかなくてはいけないという、大きなシフトが始まっているわけです。
これは、「きれいごと」ではなくなっています。企業活動は経済合理性で評価されていたのが、コロナ禍以前からESGやSDGs経営の重要性が言われるようになりましたが、この局面においていよいよ重要になってきました。
例えばESGは、環境破壊を前提としてビジネスを行う企業に関しては、もはや社会的にも許容できない、投資の対象にならないということにもつながっている。
去年、日本のいくつかの企業では、人権問題を軽視した発言をしたと捉えられた瞬間に不買運動が起きました。売り上げを上げることだけではなくて、社会の中でいかに持続可能な未来につながっていくのか。そんなことも考えなくてはいけませんし、取り組みが一定レベルに達しないと、もはやビジネスそのものも成立しないような局面になってきました。
時を同じくして、データやデジタルによって社会構造も徹底的に変わっている。いわゆるデジタル革命、DXです。いろいろな解釈があるでしょうが、当初はデジタル化による業務効率化だと捉えられることが多かった。
さまざまな具体例が積み上がる中で、産業構造そのものを大きく変えるものになってきました。さらに終盤には、産業を超えて大きな変化を生む。自分の関わっている企業、業界の発想だけで向き合うと、大きな間違いを犯してしまう。デジタル革命そのものの定義が、今どんどん変わってきているということに、まず注意していただきたいと思います。
DXはテック企業だけのものではありません。いわゆる古くからある企業だからこそ、その社是であり本質、顧客に何を提供したいか問いかけることから、新しい可能性が始まる。
例えば保険は、契約をうまく取るビジネスになってしまいがちですが、本来は人々がより豊かに生きる、病めるときも健やかなるときも支えることが本質なのではないか。
そうであれば、むしろ契約後が本番のはず。そのことに気づいた中国の平安保険は、デジタルの力で事業を再設計し、ヘルスケアや不動産事業などに業容を広げることで、世界最大の生命保険会社になりました。
つまり、デジタルをその企業の変革の本質に位置づけながら、いかに大胆に変化するか。これがDXで非常に重要なのです。
From Oil to Dataの勝者になるために
デジタルによって、世界を駆動する資源も変わってきました。産業革命を経た20世紀は、石炭や石油で動いてきたわけですが、今では時価総額のトップ集団が石油関連企業からGAFAへと様変わりしました。
GAFA4社の時価総額だけでも、東証一部上場企業すべてを足しても及ばない状況です。この30年間、日本は「失われた」と言われていますが、アメリカと日本の差は何なのでしょうか。
アメリカのGAFA4社にNetflix、Tesla、Microsoftなどを足したテックジャイアント9社を除けば、実はアメリカと日本の経済成長は同じぐらいです。
ただ、9社分で大きな成長を遂げた。まさにこの時代の転換点、テクノロジーが大きな変化に差し掛かるときに、既存の業態の中で成長するということがいかに困難であるかを示している。
こうした中で日本は、デジタルにおいて、マインドセットや環境でも課題があることが明らかになっています。例えばコロナ禍でのテレワーク。テレワークをしたいという人の割合は日米で同じぐらいでしたが、経験してみて「生産性がコロナ禍以前の方が良かった」とする人はアメリカで15%に過ぎない。
一方の日本は8割以上、企業側の視点だと9割にのぼります。もちろん業務の業態のバランスは異なるため単純比較はできないが、それにしても圧倒的な差が生まれてしまっているのです。
その原因は現場だけでなく環境にもあることが、OECDにおける教育の評価で示されています。日常的にITを使っている国のトップはデンマークで、9割です。日本は31カ国中31位で15%。教育現場において、どうしても「邪魔をするもの」として遠ざけてしまったことは、非常に大きな課題でした。
その中でも、コロナ禍までは「デジタルかアナログか」というような議論をしがちだったんです。でも教育の現場で今話しているのは、デジタルを前提に、どう新しい教育をするかです。
例えば、3密の空間に子供たちを詰め込んで、詰め込み教育を行っていました。これでは、レベルの高い子に合わせると、低い子はわからない。低い子に合わせすぎると、高い子は時間を無駄にしてしまう。しかし、アプリなどの教材を使えば、1人ひとりの学習の進捗に合わせながら、プロセスを提示していくような教育は可能です。
だったら教師が要らなくなるかというと、そうではない。教育の本質は何か。DXと同じように、本質を問うということが重要です。教育の本質とは、1人ひとりが豊かに生きる力を身につけることではないか。
それであれば、何を学べば豊かに生きる力が身につくのか、あるいはどういう選択肢があれば将来を切り開くことができるのかといった、対人だからこそできるコーチングが、教師のこれからの重要な役割になるのではないでしょうか。
宮田教授×NEC 孝忠大輔氏 Cross Talk
デジタル人材には3パターンある
2つ目のセッションは、宮田教授とNECでAI・アナリティクス事業統括部 上席データサイエンティスト/NECアカデミー for AI 学長を務める孝忠大輔氏による対談セッション。ここではメインとなった「デジタル人材教育・育成」について紹介する。
孝忠氏は冒頭、日本のデジタル人材を取り巻く状況について説明。「総務省の調べによれば、企業がDXを進める際の一番の課題は「人材不足」。こうした状況を踏まえ、日本政府は2022年度から5年間で230万人の社会人のデジタル人材を育成する計画を示しています。ここ数年、各企業が進めている人材育成がさらに加速するでしょう」
孝忠氏は「デジタル人材とは主に3種類に分けて考えられる」と展開した。
「1つ目は、データサイエンスやAIなどの専門知識を有するDX専門人材。2つ目はテクノロジーを活用して新たなビジネスを創出したり、効率化を図ったりするための戦略を立案・実行できるDX推進人材。
そして最後はすべてのビジネスパーソン。どんな業種・業界、どんな職種でもテクノロジーの活用は不可避です。その中でテクノロジーがもたらす価値を理解し、積極的に活用していく姿勢はすべてのビジネスパーソンに求められます」
これに対し宮田教授も賛同。「DXで失敗する企業の共通点は、ある特定の人や部門にDX戦略を丸投げしてしまうこと。そうではなくて、経営陣はDXが会社の未来を左右するという気概を持ってリーダーシップを発揮し、全社員がDXを自分ごと化して取り組むことが重要」と語った。
日本政府は、デジタル庁が主導して社会人のデジタル人材育成だけでなく、学生のデジタル教育にも積極的に取り組んでいる。具体的には小中学生ではプログラミング教育、高校生では「情報I」、大学・高専生では数理、データサイエンス、AI教育をスタートした。
「小学生がプログラミングを学ぶ、高校生は「情報I」を学び始める、すべての大学生がデータサイエンスやAIに触れるなど、若者に対して非常に手厚いデジタル教育が進んでいます。こうした若い人たちが力を発揮できる環境づくりが企業には求められます。若い人間が積極的にアイデアや企画を出し、それを具現化するボトムアップの考え方は、DXの分野ではより一層必要でしょう」(孝忠氏)
一方、宮田教授は別の観点から持論を展開。「デジタル教育を促進することは非常に良いこと。しかし、それとともに先生の労働環境の改善も大切。OECDの調査では他にも、『教員が新しいことを学べる時間がある』という質問で「はい」と答えた先生の数は、日本は最も低い。
『生まれ変わってももう一度教師という職をやりたいか』という質問に対して、『はい』と答えた数も日本が一番少ない。デジタル教育も活発化させながら、デジタルによる業務改革も進めなければならない」
Part 3 NEC 祐成光樹氏 講演
NECが取り組むデジタル時代のDX人材育成
最後のセッションでは、NECが取り組むデジタル時代のDX人材育成について、NECでAI・アナリティクス事業統括部 シニアデータサイエンティスト/AI人材育成グループ長を務める祐成光樹氏が紹介した。
「お客さまとNECで新たな価値を継続的に創出していく場において、NECがお客さまから期待されることは2点あります。① お客さま企業の中にDX推進人材を育成すること。② DX推進パートナーとしてお客さまのビジネスや業務を変革すること。この両輪が求められています」。
DX推進において、人材育成について相談を受けることが多いという祐成氏。推進リーダーを置いてDX推進を進める企業は63%と、組織的にDX推進をする企業が徐々に増加している一方で、企業が持つ課題感の第1位が前述の通り、人材不足である。
こうした悩みに対する支援の一つが、NECのDX人材育成メソドロジーを体系化した「NECアカデミー」だ。その成り立ちについて、祐成氏が振り返る。
「NEC自身のデジタル人材の育成は、AIの黎明期に入った2013年ごろから本格化して現在に至っています。このころは研究所や開発部門に所属するテクノロジーの素養やスキルがあるメンバを中心に、データサイエンティストなどのDX人材の育成を急ピッチで進めました。
その後、デジタル市場の拡大が急速に進んでいくのに合わせて、効率的に人材の裾野を広げつつ、ボリュームを確保していくために、20日間の短期集中でデータサイエンスの基礎を習得する「データサイエンティスト養成ブートキャンプ」といった育成プログラムを開発したり、獲得したスキルを共有したり競う場としてコミュニティをつくったりコンテストを開催したりしました。
もちろん失敗もたくさんありました。こうして培ってきた育成ノウハウを、2019年からNECアカデミーとしてお客さまにもご提供するようになったのです」
人材育成において忘れてはならないのが、2つ目のセッションで孝忠氏が説明した、3階層の一番下にあたる「すべてのビジネスパーソン」の存在だ。すべてのビジネスパーソンがデジタル技術を使いこなそうとする「自分ごとのマインド」を持ち、業務で活用していくためのリテラシーを獲得することが重要だと、改めて祐成氏も指摘する。
「すべてのビジネスパーソンは、組織、業務業種、職種、年次に関係なく、さまざまな学びにチャレンジしていくことが重要です。NECアカデミーでは、デジタルのトレンドやテクノロジーの概要を理解するためのリテラシー教育を通じて、まずは全社のDX推進ベクトルを同じ方向に向けて一丸となって進めるようにすることを目指しています」
「政府の『AI戦略2019』によると、文理を問わず毎年50万人の大学生・高専生が初級レベルの数理・データサイエンス・AIを習得して産業界に入ってきます。今後我々は、こうした人材と一緒に仕事をしていくわけですから、同じようなリテラシーを獲得していくことが必要不可欠です」
このように、DXやAIリテラシーの底上げが求められていることを紹介したうえで、NECが教育支援を通じて、DX推進に貢献していく意気込みを示した。
日本は米国に比べてITエンジニアやデジタル人材が事業会社側にいなく、その多くはSIerやソフト開発会社などのITベンダーにいる。比率でいえば、事業会社側が30%、ITベンダー側が70%。
一方、米国はこの数字が逆転するという。従来もIT人材の育成が苦手だった日本が、このDXの波の中で社内のテクノロジー人材育成を怠れば、競争力を失いかねない。「DX=人材育成」といっても過言ではない。
(制作:NewsPicks Brand Design 執筆:加藤学宏 撮影:北山宏一 デザイン:月森恭助 取材・編集:木村剛士)