政治・経済の視点から紐解く製造業のサプライチェーン
〜MIRAI LAB PALETTE×住友商事グローバルリサーチ×NECイベントレポート〜
近年、デジタルテクノロジーの発展に伴い従来の産業構造やビジネスモデルが急速に変化するなかで、企業や産業の壁を超えたデータ連携やコラボレーションの重要性も高まっている。NECが2018年に発足した「API Economy Initiative」(以下、API EI)は、こうした時代の変化を踏まえて企業間の安全なデータ連携を実現する、オープンAPIを活用した産業横断イノベーションを目指すプロジェクトだ。
これまでAPI EIは全国の金融機関を巻き込みながらフィンテックの領域を中心にさまざまな取り組みを進めてきたが、金融以外の領域でも企業間連携が重要となることは言うまでもない。9月19日に東京・大手町のMIRAI LAB PALETTEで行われたイベント「SC Kaleidoscope×NEC 政治経済の視点から紐解く製造業のサプライチェーン」は、API EIの活動をさらに製造業へ拡げていくもの。NECはサプライチェーンに関する製造部門の事業創出の取り組みを明かすとともに、住友商事グローバルリサーチ(以下、SCGR)と製造業の未来について語った。
NECが取り組む次世代のサプライチェーン構築
本イベントは住友商事のオープンイノベーション・ラボ「MIRAI LAB PALETTE」とSCGR、NECの3社が共同で開催したものだ。互いに事業コミュニティを運営し、業界の垣根を超えたボーダレスなエコシステムを形成し、事業化を検討するために今回のコラボレーションが実現した。API EIの運営責任者でもあり今回モデレーターを務めたNEC事業共創推進グループディレクターの酒井良之はまず、本イベントの開催意図を説明する。
「昨今、経済安全保障やサプライチェーンの強靭化が論じられる機会が増え、世界的に見てもサプライチェーンの構造そのものが変わりつつあります。今回はグローバルな知見をもつ住友商事グローバルリサーチのみなさんと、これからのサプライチェーンのあり方について議論できたらと思います」
今年4月に米『TIME』誌で最もサステナブルな企業ランキング2位に選ばれたNECは、長年サステナブルなサプライチェーンの構築に取り組んできたことで知られている。
「NECは1960年代からパソコンやサーバー、プリンターのリサイクルに取り組んでおり、重量比で90%以上のリサイクルを達成しています。銀行ATMについてもセブン銀行と連携し、累計1万3,000台以上の再利用に取り組んできました」
そう語るのは、NEC エンタープライズコンサルティング統括部上席プロフェッショナルの橋本訓だ。
「従来の製造業は、顧客が求めるものをより安く、より良い品質で提供することに邁進してきましたが、社会的責任を果たせなければ市場に受け入れられない時代が到来しています。また、コロナ禍やさまざまな国際情勢によりサプライチェーンは分断し、多くの製造業が大きなダメージを受けました。さらに情報化が進む中、サイバー攻撃による供給の途絶も、現実のものとなっており、今後、社会の不確実性は高まり、低下することはないと思われます」
こうした社会の変化を受け、今後は企業間連携がさらに重要となると橋本は指摘する。
「そんな中、サステナビリティやサプライチェーン強靭化の実現には、自社だけでなくサプライヤーとの連携が重要であり、従来のQCDに加えて環境負荷、人権問題、地政学からセキュリティまで、対処すべき課題が増え続けるなか、ただそれをサプライヤーに押しつけても問題は解決しないので新たな関係性構築が必要だと感じています」
続けて、NECの次世代事業戦略グループディレクターの金村仁美は、NECがサプライヤーとの共創のために、ファイナンスの観点からもアプローチしていることを明かす。
「従来、製造業はサプライヤーを管理監督しQCDを担保することが第―でしたが、社会的責任を果たしつつサプライチェーンのレジリエンスを高めるためには、サプライヤーと共に取り組んでいかなければなりません。単に対応できないサプライヤーを切り捨てるのではなく、ノウハウや資金面などの支援により、共創型のサプライチェーンマネジメントにシフトする必要があると考えています」
金村によれば、海外と日本では取り組みに差が生まれてしまっているという。
「海外では、金融機関と連携してサプライヤーのCO2削減を促進するファイナンスプログラムを提供し、サプライチェーン全体の環境対策を実効性のあるものにしていこうという取り組みも始まっています。一方、日本ではESGファイナンスは拡大していますが、まだ個別の投融資が相対で行われているのが現状です」
そこでNECが取り組むのが、サプライチェーンへのアプローチだ。
「そこで私たちは、サプライチェーンファイナンスのプラットフォーム化にチャレンジしています。製造業と金融機関を繋ぎ、データに基づいてサプライヤーのESGやリスクへの対応レベルを評価し、それに応じて有利な条件での早期支払いなどのインセンティブを提供します。これにより、サプライヤーを資金面で支援しながらサプライチェーン全体のレベルアップを図ることができると考えています」
加えてNECは、デジタル技術を活用して減災効果を予測分析し、投資家に提供する「適応ファイナンスコンソーシアム」も立ち上げている。企業が社会的責任を果たしていくためには、自然災害や気候変動、国際的な紛争といったリスクを統合的に評価し、データに基づいて対処していくことが求められるはずだ。
欧米で進むサプライチェーンにおける規制の背景には政治的思惑が
NECの取り組みを受けて、SCGRはサプライチェーンを巡る世界の動向を紹介していく。SCGR戦略調査部長の菅史人氏はまず、2023年に欧州で施行されたバッテリー規制の実態を明かす。
「欧州ではバッテリー製品の原材料調達から設計、生産プロセス、再利用、リサイクルに至るライフサイクル全体を規定するバッテリー規制が施行されました。カーボンフットプリントや原材料の原産地、リサイクル済み原材料の使用割合の申告を義務づけるこの規制はサプライチェーンの可視化と強靭化を行うものであり、2027年からはブロックチェーンも導入しながらこうしたデータの提供が義務づけられるとされています」
こうしたデータ連携はサステナブルなサプライチェーンの実現に寄与する一方で、欧州外の企業にとっては参入障壁となる可能性があると菅氏は指摘する。バッテリー以外の製品にもこうした動きが広がる可能性があることを踏まえると、データ連携と規制の動きは今後も注視していく必要があるだろう。
他方でSCGR国際部長/シニアアナリストの浅野貴昭氏は、アメリカでもサプライチェーンを巡る取り組みが進んでいることを明かす。
「アメリカはインド太平洋経済枠組みを立ち上げています。先週行われた会議では半導体や化学品、バッテリーなどに関する行動計画が定められ、参加国が協働でサプライチェーンが途絶した際の対応やボトルネックの特定を進めることが決められました。こうした動きの背景には、各国の政治的な思惑があります。産業政策や競争力強化を狙う国もあれば、経済安全保障の観点から特定の国を排除したいと考える国もありますし、政府のサプライチェーン関与は今後も進んでいくはずです」
グローバル化が生み出した新たなリスク
グローバル化は自由なサプライチェーンの構築に寄与した一方で、複雑化をもたらしてもいる。SCGR経済部担当部長/チーフエコノミストの本間隆行氏は、企業が向き合うべき変化を指摘する。
「既存製品の製造を考えると、サプライチェーンが長くなることで金利のコストが増加しています。さらに欧州が先行するCO2排出量の計算や炭素税の導入により、環境に対するコストも上昇しているでしょう。製品提供の全体的なコストが増加しており、サプライチェーン全体のベネフィット分配が新たな課題として顕在化しています」
日本の製造業にとっても、競争力の維持は喫緊の課題と言える。
「日本企業が優先的に取り組むべき課題や注視すべき大きなインパクトはどんなところにあるのでしょうか」
そう橋本がSCGRに尋ねると、本間氏は自社の位置付けを理解する重要性を説く。
「サステナビリティやESGに関するコストが増加することは確実です。サプライチェーンの流れが変わることで新たなプレイヤーが登場する可能性もありますし、サプライチェーンのなかで自社がどんな役割を果たしていくか考えていかなければいけません」
現在は環境規制の取り組みをはじめ、欧米の基準がスタンダードとして機能していることも事実だ。
「欧州が規制の面で先行するなかで、日本からQCDに縛られない関係性づくりを進めていくことは可能なのでしょうか」
酒井によるこの問いに対し、本間氏は次のように応答した。
「単に欧米の言う通りにするのではなく、どんな戦略で、どこでプレーするか考えることが重要です。たとえば政府のグリーン・トランスフォーメーション戦略もそうした取り組みの一環だと感じています」
本間氏の指摘を受け、浅野氏もアメリカの企業がサプライチェーンへの対応に苦労していることを明かした。
「サプライチェーンのすべてを把握することは難しいですし、どこまで対応すべきか判断しづらい。ルールもまだ明確ではないでしょう。こうした状況のなかで、各社が連携してルールメイキング競争が進んでもいます。日本企業にとっても心地よい仕組みをどうつくれるのか、まさに今日のような場はこうした取り組みにつながるものですよね」
ボトムアップなルールメイキングの可能性
サプライチェーンを巡る議論が深まるなかで、SCGRの浅野氏が実際に日本の企業がどんな点に悩みを抱えているのかNECに尋ねると、橋本は次のように語った。
「最近はよく可視化に関する悩みが寄せられますね。たとえばTFNDレポートのような環境関連の情報開示において何をどう可視化すればいいのか悩みを抱える企業は少なくありません。NECとしては九州大学のISGベンチャーと協力してAIを使ったビッグデータの統計解析から課題を可視化する取り組みを進めるなど、さまざまな対応を進めています」
橋本の発言を受け、浅野氏はルールメイキングの重要性を説く。
「個別の悩みや解決策が大きなルールメイキングにつながっていくといいですね。個別に対応するだけでは、大きな枠組みが変化すると一からやり直しになってしまいますから」
ルールメイキングにおいてはもちろん政策主導のトップダウン的アプローチも有効だが、業界横断的なイニシアチブの立ち上げなど、ボトムアップ的アプローチの可能性もあるだろう。
イベント終盤では、参加者からも質問が寄せられた。規制をチャンスと見て新たなリサイクル事業を立ち上げる動きはあるのかという問いに対し、本間はまだ大きなインパクトをもたらす事例が少ないのが実情だと語る。
「サーキュラーエコノミーやリサイクル事業の立ち上げを巡ってはさまざまな動きが始まっていますが、収益性を考えると難しい側面もあります。現状はPOC段階に留まるケースが多いように感じます」
そう本間氏が語ると、橋本もビジネスモデル自体の変革可能性を説く。
「NECも自社製品の再生事業に取り組んでいますが、そのためにはバリューチェーン上の各企業が共通の目的に向かって事業を進める必要があります。今後はこうした取り組みを増やしていくことが重要となりますし、ビジネスモデルも大量生産・大量消費からより少ない資源で長く使用するモデルへと変革するかもしれません」
サプライチェーンを巡る問題は、年々複雑化しているのだと本間氏は語る。
「企業が原料を開発してお客様に届ける“動脈”だけでなく“静脈”にあたるリサイクルの流れを見る必要があるものの、動脈と静脈のマーケット条件は大きく異なるでしょう。レアメタルのように生産供給が限られる資源の活用は製品の回収が重要なポイントとなりますし、そもそも所有の概念が変わっていくとサプライチェーンのあり方そのものが大きく変わる可能性もあるはずです」
製造業のサプライチェーンを巡る論点を明かした今回のイベントは、日本の企業が個社の対応を超えてグローバルなリスクを見据えた連携に取り組んでいく必要性を浮き彫りにした。API EIが生み出す企業の壁を超えたネットワークは、これからの日本の製造業を考えるうえで大きな意味をもつつながりを生み出していくのかもしれない。
今後も引き続き、SCGRとNECではサプライチェーンに関連するさまざまなテーマや論点について、事業視点と政治・経済目線での深堀りを行うイベントを継続して実施する予定だ。最終的には両社の取り組みに共感する会員を巻き込むことでコミュニティや企業の枠を超えたエコシステムの形成を目指していく。