「デジタル田園都市国家構想」を支える官民連携とAPIエコノミーの実践
~API Economy Initiative Forumレポート~
NECが主催する産業横断のイノベーション研究会「API Economy Initiative」によるフォーラムが今年も開催された。第6回を迎える今年は「デジタル田園都市国家構想」をテーマに、4つのセッションを実施。デジタル庁の村上敬亮氏をはじめ業界を問わず集まった官民の識者たちが、DXや官民連携の取り組みを紹介するとともに、その先に見据える社会像を提示した。4つのセッションから浮かび上がったのは、デジタル田園都市国家構想の先にある次世代社会のエコシステムの姿だ。
オープンなビジネス環境とオープンなAPIによるエコシステム形成
「デジタル田園都市国家構想の行き着く先はスタートアップエコシステムだと考えています。そしてスタートアップが育っていくためには、オープンなAPI文化を健全に育てていかなくてはなりません」
そう語るのは、デジタル庁 国民向けサービスグループ長 デジタル統括官の村上敬亮氏だ。今年で第6回を迎えた「API Economy Initiative Forum」は、「『デジタル田園都市国家構想』から展望する日本の未来とデジタル基盤」と題された村上氏の基調講演から始まった。2022年7月28日に行われた本フォーラムは、APIを活用するさまざまな取り組みを紹介するとともにその可能性を問うものだ。村上氏のセッションは、オープンなAPIエコノミーの醸成が必要となる背景を明らかにするとともに、日本社会がめざすべきエコシステムのあり方を示すものだったといえるだろう。
まず村上氏は、日本の人口減少や産業構造の変化、労働生産性の低下について説明を進める。一見人口や産業構造はAPIと関係がないように思えるが、村上氏によればこうした背景があるからこそ産業のデジタル化とオープンなAPIエコノミーの醸成が必要不可欠なのだという。たとえばバスの運行を考えてみても、従来の人口増加期では、需要する人々がバス会社の供給に合わせてきたが、人口減少期では、逆に供給が多様な需要に合わせなければならなくなる。人手不足の中で柔軟で且つ細やかな調整を行うためには、デジタル化が必ず必要になるのだ。ただし、一社だけではデジタル基盤整備のコストを背負いきれないのも事実だ。
「複数の企業や自治体が連携できる共助の仕組みの中で投資を行うことで共通基盤のような協調領域を整備しなければ、個々の企業が自らの強みを発揮し差別化を図れる競争領域の投資も進まないでしょう。協調領域のAPIは、パブリックな資産として公開されるべきなのです。世界のスマートシティプロジェクトの多くも、コストシェアのルールづくりがボトルネックになっています。デジタル田園都市国家構想はこの状況を変えるために、共助の基盤を整備するきっかけをつくろうとしているのです。それは未来のデジタル投資を動かすことであり、サービス業の未来を切り開くことにもつながるはずです」
村上氏がそう語るように、デジタル田園都市国家構想は従来の企業や自治体が実現できなかったデジタル基盤をつくることで、産業のデジタル化を加速させ、多くの企業が多様なサービスを提供するための土台をつくっていくのだろう。こうした基盤を整備する上でも、オープンなAPIによる共助のビジネスモデルが重要だと語り、村上氏はセッションを締めくくった。
「たとえばスマートシティを考える上でも、都市を越えたデータ連携基盤がなければ広がりが生まれません。地域ごとに異なる基盤をつくってしまうとその分コストもかかってしまいますし、良質なサービスが生まれても広がりが生まれづらいでしょう。オープンなビジネス環境とオープンなAPIが整備されていることで、企業の参画が進みソーシャルビジネスも育っていく。データ連携基盤は競争領域ではなく協調領域です。その協調基盤があることではじめて、さまざまなサービスが生まれ競争も起き、投資の好循環が生み出されるようになる。人口減少という必然的な変化があるからこそ、APIはゲームチェンジャーになっていくはずです」
協調領域を加速させるために必要な役割意識の変革
続くセッションでは村上氏とNEC 主席ビジネスプロデューサー 岩田太地の対談が行われた。村上氏の講演を受け、岩田は日本で協調領域を広げていく可能性について次のように語る。
「海外の状況を見てみると、たとえばEUでは各国がグリーン×デジタルの成長戦略を共有していて、デジタルインフラの共助が動き出していると感じます。近年は資本市場においてもこれまで非財務領域と考えられてきたESGが評価されるようになっていますし、日本においても共助の活動がもつ社会へのインパクトをもっと意識すべきかもしれませんね」
世界中の企業がSDGsやESGのような領域へ注力していることからもわかるように、ソーシャルインパクトを生み出すことは社会課題を解決すると同時にこれまでの経済とは異なる資本の流れを生み出すことでもある。しかし、北欧やインドといった海外諸国と比べて日本のデジタルインフラ整備が進んでいないことも事実だろう。
「日本は既存のアナログなインフラが便利なことが弱点にもなっていますが、共助の領域が動かず身動きがとれなくなっていると感じる人は確実に増えています。今後基盤の整備を進めるためには、コミュニティの視点が重要になるはずです。市民を一方的にお客様とみなすのではなく、事業者も市民も一緒に基盤をつくっていく文化が育たなければいけない。いいコミュニティができれば、いいデジタル基盤もつくられるはずです」
村上氏の発言を受け、岩田も「役割の認識をみんなでちょっとずつ変えていくことが共助につながるわけですね」と語る。デジタル基盤のような協調領域を育てるためには、「官」と「民」といった立場に囚われすぎないことが重要なのだろう。さらには村上氏が「サービス対象が自治体で分断されるとスケールしませんし市民が損をするわけで、自治体を越えたデータ連携基盤をつくらなければいけません」と続けるように、地域を考えるうえでも垣根を越えた取り組みが求められていくのだろう。
セッションの最後に岩田がこれからのテクノロジー企業に求めることを問うと、村上氏は「企業が都市を押さえようとするのはこれからの時代に合いません。データ連携基盤はすべてオープンソースでいいと思うのです」と語った。都市ごとに独自の優れた基盤をつくれるかではなく、共通の基盤の上でいかなる連携を生み出せるか。これからの企業に求められるのは、より豊かな連携を加速させることなのだろう。
スマートシティを支える官民連携と都市OS
では、企業は実際にどうやってAPIエコノミーや官民連携のエコシステムを生み出そうとしているのだろうか。続くセッション「官民データ連携によるスマートシティ社会実装への取り組み」では、NEC 執行役員 クロスインダストリーユニット ユニット長の受川裕が、NECがスマートシティの領域でどのように官民連携に取り組んでいるのか明らかにした。
「NECは『世界に誇れる「地域らしい」まちの進化』をスマートシティのビジョンとして掲げています。さらにこのビジョンを達成するために『経済基盤の活性化』『住む人・集まる人のQOL向上』『地域特有課題の解決』という3つの柱で取り組んでいます。」
受川はそう語り、これら3つの柱を好循環させていくためにデジタルサービスの展開や官民連携を進めているという。まず「経済基盤の活性化」を行うためにはデータを活用して効果検証を行うための都市経営サービスの実装を進めており、「住む人・集まる人のQOL向上」においては行政や事業者を巻き込み住民中心の共創プロセスを設計、「地域特有課題の解決」においては欧州発のグローバル標準であるデータ利活用基盤「FIWARE」を活用し、分野を越えたデータ連携・利活用を可能にするNEC都市OSの実装に取り組んでいる。
「共通の都市OSを使うことでいろいろなサービスを乗せられるので、ヨーロッパでは広域かつ多様なスマートシティサービスが生まれています。マーケットプレイスのような形で自治体が必要に応じてサービスを導入できるわけです。日本でもNECが共同発起人として立ち上げたコンソーシアムを通じてそのような環境を実現したいと考えています」
NECのスマートシティへの取り組みは国内外に広がっている。スペインにおけるゴミ収集効率化やインドの市中マネジメント、宇都宮でのLINEアプリを使った観光DX、奈良県でのローカル5Gによる新たなエンタメ体験の創出──観光やエンタメ、防災など、その領域もさまざまだ。今後さらにサービスを実装展開していく上で日本にまだ足りていないのは産官学連携を加速させるエコシステムだと受川は語り、次のようにセッションを締めくくった。
「官民連携でスマートシティサービスの開発・実装を進めるべく、NECはスマートシティ社会実装コンソーシアムを立ち上げ、さらにはアジア初となるFIWARE普及展開の拠点『iHubs』も開設しました。民間協調や地域間連携の枠組みをつくり、スマートシティの社会実装と民間共創市場の創出を推進していきます。これはNEC単体でできることではありません。さまざまな事業者や自治体、アカデミアなどが相互に連携しながら、新たなエコシステムをつくってまいります。」
既存インフラをアップデートする「再耕」の姿勢
スマートシティやDXと言うと新たなインフラの整備が想起されやすいが、既存のインフラやリソースとデジタル技術をかけ合わせることも重要だ。続くセッション「大和ハウス工業のDXとまちの「再耕」について」は、これまで住宅や商業施設だけでなく団地もつくってきた同社が既存のインフラをアップデートする可能性を提示した。
大和ハウス工業株式会社 執行役員 情報システム部門担当の松山竜蔵氏によれば、今年度から始まった新たな中期経営計画の中では、持続的成長モデルを構築するためにDXが必要不可欠だという。同社のDXはBIM(Building Information Modeling)活用によるものづくり改革からテレワーク推進に至るまで、多岐にわたっており、バリューチェーンとバックオフィスのデジタル化に取り組みつつ、オープンイノベーションを加速させるのだと松山氏は語った。
「建設業はデジタル化が遅れていますので、ほかの産業に追いつくべくDXを進めていく必要があります。そのうえで、デジタル化を経て産業全体へディスラプティブな変化が起きていくこともありえるため、DXの先も考えなければいけないでしょう」
戸建住宅から賃貸住宅、不動産開発、土木・インフラ、さらにはホテルやリゾートなど、人・街・暮らしに関わる幅広い事業を手掛ける同社がこれからのまちづくりを求めて現在取り組んでいるのが、「リブネスタウンプロジェクト」だ。「再耕」をキーワードとして掲げるこのプロジェクトは、これまで同社が手掛けてきた「ネオポリス」と呼ばれる戸建住宅団地を再び“耕す”ことで活性化させ、新たな魅力を生み出そうとしている。
「ここで目指す街はピカピカしたスマートシティではなく、人々が住み続けながら発展していく街です。そんな街をつくるためには企業だけでなく、行政や大学はもちろんのこと、住民のみなさまと一緒に取り組む必要があります」
そう松山氏が語るとおり、このプロジェクトもまた、APIエコノミーのように官民の壁を越えた共創や連携を必要とするものだ。同社はこの再耕活動を4つのステップに分け、最終的にはまちづくりのプラットフォーム整備やFIWAREのような基盤の導入も検討しているという。
「いま多くのネオポリスは地域の現状を把握するSTEP0の段階にあります。ここからまちづくりの活動を支援するSTEP1、課題を解決するサービスの実証を行うSTEP2を経て、STEP3では複数の団地で展開されるサービスのプラットフォーム化やマネジメントシステムの確立を目指しています。住民の方々が単にサービスを享受するだけの存在になるのではなく、さまざまな取組に参画していただくことが重要です」
松山氏は、既存の街の『再耕』により街の魅力創出を図りつづけることが本プロジェクトの価値だと語る。APIエコノミーや官民連携のエコシステムとは、単に新たなサービスを生み出すものではなく、既存のインフラやシステム、地域をアップデートすることで新たな価値を再発見させるものでもあるのだろう。
次世代エコシステムはみんなでつくるもの
最後のセッション「銀行機能もシェアする時代!~銀行APIの活用と「組込型金融」エコシステムの広がりにより、すべての企業が金融機能を持つ世界~」では、APIの活用や広がりがいかにしてビジネスの構造や企業のエコシステムを変えていくのかが語られた。GMOあおぞらネット銀行株式会社 組込型金融プロダクトチーム長 岩田充弘氏はまず、組込型金融(Embedded Finance)の概念を次のように説明する。
「組込型金融は2019年に生まれた若い言葉で、銀行や金融機関がもっていた金融サービスを非金融事業者のサービスへ組み込んでいくことを意味しています。組込型金融によって金融サービスが部品化され顧客体験に溶け込んでいくことで、お客様にとって使いやすいサービスが生まれるわけです。これは金融サービスがより利用者目線になることであり、銀行がお客様に近づいていくことでもあります」
さらに岩田氏は組込型金融を構成する三大要素として「お客様基盤」「金融商品」「新しい顧客体験」を挙げ、その発展にはオープンイノベーションを促進するエコシステム設計が必要だと続ける。それは、一般的なウェブサービスと同じくらい柔軟でインクルーシブなエコシステムを金融の世界につくりあげることでもあるだろう。
「実際に当社も『かんたん組込型金融サービス』という独自のサービスを提供し、その発展に向けて、エコシステムの構築に取り組んでいます。銀行API・銀行口座・銀行サービスという3つのサービスを軸に、アクセス容易性・カスタマイズ性・組み合わせの可能性を提示し、さまざまな事業者の方々と提携しています。6月末時点で当該サービスの契約数は322契約を超えており、今後もこのエコシステムの普及に向けて取り組んでいきます」
そう岩田氏が語るように、同社がつくる組込型金融のエコシステムは着実に広がっている。その背景には、「sunabar(スナバー)GMOあおぞらネット銀行API実験場-」と題されたエンジニア向けのサンドボックス環境の整備や、新たなビジネスの創出をサポートする「ichibar(イチバー)組込型金融マーケットプレイス」のつながりで構成されるビジネスコミュニティといったさまざまなコミュニティ運営の実践がある。今年5月には組込型金融に特化したハッカソンを開催するなど、ますます活発に活動している。岩田氏は「みんなでつくる組込型金融の世界」というキーワードを提示してセッションを締めくくり、あらゆる事業者や人々が活用できるエコシステムの実現に向けて今後も同社が活動を続けていくことを明かした。
APIとは、便利なサービスを実現したりデータの利活用を促進したりするだけの概念ではない。それは柔軟な官民連携の起点となるものであり、新たなビジネスを生むスタートアップエコシステムをつないでいくものであり、来るべきデジタル社会を下支えするものでもある。デジタル田園都市国家構想へとつながるAPIエコノミーの発展を目指す「API Economy Initiative」は、官民を問わず社会をあまねくつないでいくことで、これからもさまざまな未来の可能性を提示してくれるはずだ。